第11話 結構、つらかったでしょ?
「行っちまったな」
「そうだね」
沈黙が横たわる。
あれは仕方なかったと、お互いに理解はしているが、感情が追いつかない。まだ事実を受け入れられない。この傷は一生に渡って彼女を苦しめるだろう。
「俺たちも帰るか」
「一緒に?」
悠は驚いた声を出した。
「いやだってさ、荒川君ってもっと尖ったやつだと思ってたから。噂になっているよ。前の高校で同級生を半殺しにしたとか、未来の弱みを握ってカツアゲしているとか」
「それは概ね合っているな」
「そんな猛犬みたいなやつが、女子と帰るとこ見つかったら一大事だよ。特に私みたいな可憐な女の子だったら尚更だよ」
「可憐か……たしかに可憐かもしれないが、お前ガチガチに鍛えてるだろ。そんじょそこらの男子なんか相手に並んだろ」
「ふーん。やっぱりそういうところは見てるんだ。まぁいいや立ち話もあれだから一緒に帰ろう」
二人して歩き始めると、随分と日が落ちて、風もある。ビル街にあって夜空はあまり見えない。都会の空気。
「あーなんか嫌な感じするね」
そう言われれば変な感じがする。雨は降っていないのに、降りそうな感じ……動悸がする。
「これって……」
「そう、浸食が起きてる。あっちだ、行くよ」悠はランナーを彷彿とさせるような美しいフォームで走る。
今日は初日でつかれたんだが……と内心思いながらついていく。そこはお寺の庭だった。怒られないといいけど。
人型をしている敵が2体、濃い紫の煙を纏っていて、容姿などはわからない。匿名の敵。そしてやつらがいる周囲にだけ雨が降っている。
「運が良かったね。今回は大ボスいないみたい」
「大ボスって?」
「強い奴ってこと。行くよ、『領域侵犯』って大きく叫んで、傘を展開してその後に詠唱。私のことしっかり守ってよね!」
「「領域侵犯」」「トクソ・トゥ・ネルー」「アスピダ・ティス・ギス」
力がみなぎる。どっからでもかかってこいとさえ感じる。悠の攻撃の特性上、巧が前衛だろう。敵に向かって走って行くと、思ったよりもでかい。3メートルはある。
薙刀のようなもので切りつけられたがギリギリで躱す。もう一体が剣のようなものをふるってきた。こちらは避けきれないので腕でカバー。
ガシャンと固いもの同士がぶつかる音がした。痛みを感じる。さっきの練習ではそんなことはなかったのだが……本気じゃなかったのだろう。
二体の長身相手に素手は厳しい。リーチが違いすぎる。
巧は一定の場所に留まることにした。一応攻撃は躱したり、受け流しはするがその場所から動かない。仁王立ちになる。
それを察知した悠が二本の矢を放ち、敵の脳天に当たった。
「やったな、助かったぜ。おまえがいなかったら死んでたよ」
「ウチもだね。巧がいなかったら死んでた」
「お互い、ぐっしょりだな……」
「ああ。敵の領域にはいつも雨が降るんだ」
びっしょりではあるが強度の高い運動だったため、寒くはない。それにしても悠の黒いブラがスケスケだ。大きいとは言えないが、もも半分くらいだろうか。形が整っている。身体のラインも貧相ではなく、腹筋が締まっている様子さえ見える。
しかし本人は全く気が付かないようで、普通に話しかけてくる。
「早く着替えたいところだが、このままゆっくり帰るしかないね。親に濡れて居るをを見つけられると厄介なんだけど……」
「ところでなんだが……」巧が話を切り出す。
「お前、俺のことどう思ってるんだ? 正直なところ」
「メンバーだと思っている」
「いや、そうじゃなくてだな」
「言いたいことはわかるよ、でもそんなの言っても仕方ないじゃん。インベーダーに殺されると他人の記憶から完全に消える。立ち会ったウチらしか覚えてない。だから家では兄なんていなかったことになってるよ……」
涙がほろりとこぼれる。
「そうだったんだな。それでよ、俺もお前の力になりたいんだ」
「それは無理ってものだよ、確かに巧は兄貴が死んだ理由の1つかもしれない。けれど直接の原因ではない」
「そうか……俺のいた世界ではな、指詰めって文化があった」
「ほんとに存在するのか」
「で、取り返しのつかないミスをしたら指を詰めるんだ。それで水に流そうって話しさ。さすがに指を詰めるのはつらいから、俺を好きなだけ殴って欲しい」
「不器用だな」
そう悠は言ったかと思うと、右のハイキックを繰り出していた。巧は倒れこそしなかったが、かなりのダメージだ。次はジャブからのストレート。しっかり顔面に当たっている。そこからワンツーワンツのラッシュ。鼻が折れ、口の中が切れて血がしたたる。
正直、ここまでとは思っていなかった。これが弓道部か? 何かの格闘技の有段者ではないだろうか。立っているだけでやっとだ。
ボディブローを何発か入れられ嘔吐する。倒れる巧を引っ張り上げてアッパーが決め手だった。巧は後ろに倒れ込んだ。
「もう満足か?」
「まだだね」
悠は巧に馬乗りになって、顔面を連打する。最初は避けまいとしていた巧だが、さすがにこれ避けないと死んでしまう。
ギブ……ギブと言おうとしたらパンチの連打は止まっていた。
「結構、つらかったでしょ?」
「ああ……」
「なんかさ、やっぱり巧にはもやもやしてたから……なんで傘を手放したんだよとかさ、なんで未来は助かって兄貴は死んだのかなって……。
でも今回のやりとりで大分、すっきりしたよ。水に流そうって思った。もうどうしようもなかったらめちゃくちゃ殴っちゃった。ごめんね」
悠は横になって動けない巧に手を貸した。
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