第6話 私たちは遍在するのです

 巧は夢を見ていた。よく見る夢。それは見知らぬ少女が手を伸ばしてくるが、その手を掴めないのだ。掴もうとすると遠ざかってしまう、いつまでも掴めない夢。ただ今回は少し違った。手が触れあった。


 目を覚ますと手が温かい。見てみると未来が手を握っていた。慌てて離そうとすると、未来も起きたらしい。


「昨晩、うなされてましたよ」


「悪かったな」


 手を離そうとしているが手が離れない。未来が強く握っているのだ。


「痛いんだけど」


「すみません」


 朝食の時間になり未来が病院食を食べている間に、巧は食堂で朝食を済ませた。戻ってくるとスーツ姿のがたいのいい男が病室に入っている。


「おいおい、おっさん誰だよ?」


 巧は後ろから男の肩を強く引いた。男が振り返る。180センチほどはあるだろうか。身体のシルエット的に柔道かなにかをやっているのがわかる。耳をみると餃子のようになっているから柔道で間違いない。短髪で、快活そうだ。


「君こそ誰なんだ」


「俺は未来の彼氏だ。であんたは?」


「警察だよ」


「なんでポリ公がここに来るんだ? お呼びじゃねぇんだよ」


 警察にいい思い出は皆無だ。巧のように半グレにとっては敵だ。目を付けてはなんだかんだ言ってくる。自分達が正しいと勘違いしているのだ。


「君、なんだその態度はあまり酷いと公務執行妨害に当たるぞ」


「法ってのはな、お前にとって都合いい道具じゃねぇんだよ」


 そこにもう一人の男性が入ってきた。よれよれのジャケットを着てタバコ臭い中年。髪は大分後退している。


「本田。そんなわめくな。それから巧お前もだ」


「なんだ山口のおっさんか。なんの用だ?」


 山口は渋谷警察署、生活安全課の刑事だ。昔気質というか、こちらの立場も汲んだ上で事態を収拾してくれた。なんなら敵対グループにわびを入れてくれたことさえある。言い方を変えれば清濁併せ呑むヤクザな刑事。そして優乃の父親。


「香川さんが背中から刺されたと聞いてやってきた。具体的な状況を知りたくてね」


 それに未来が答える。


「そうでしたか。学校帰りにコンビニの前で刺されました」


「いつのことだね?」


「学校帰りなの19時くらいでしょうか」


「そいつの風貌は見たかね?」


「見ていません。突然のことでしたので」


 ふーむ……と山口は考え込むとそこに本田が口を挟む。


「これってやっぱりジャックですよ。見てないことと、刺し傷が一致する」


「しー!!」


 山口が大きな声で止めた。


「ジャックってなんだよ?」


「見たことか。本田、お前は直線的すぎる」


「すみません」


「で、そいつはなんなんだ」


「巧なら口が固いと思って教えるが、連続殺傷犯だ。死者も出ているが、手がかりが一切ない。一件だけ紫色の服を見たものがいるくらいだが確かな情報ではない。なにより奇妙なのは防犯カメラに写らないんだ。そこで人が刺されても犯人が映っていない。

 俺たちも捜査に行き詰まっていてな。正直猫の手も借りたい。もしお前が見つけたらすぐに連絡してくれ。だが手出しはするなよ。俺たち警察はお前みたいなチンピラでも守る義務があるんだ」


「ああ。いいぜ。ナイフを持った紫やろうだな。報酬はたっぷり寄越せよ」


「山口さん一般人にそんなこと言っていいんですか? 職務規程に反しますよ」


「じゃあ聞くが、ジャックの名前を出したのは誰だ?」


「それは……すみません」


「もっと勉強しな」と巧が本田の肩をつついて言う。


「香川さんありがとうございました。もし追加でなにか思い出されたら教えてください」


 そう言って山口はよれよれの名刺を渡す。


「本田、帰るぞ!」


「あばよ」と巧が口にすると、急に山口が襟を掴んできた。


「おいおい。なんだよ?」


「もし優乃に手を出したら俺はお前を躊躇なく逮捕するからな!」


「はいはい」


 これもいつものやりとりだ。二人が帰ったのを見送ってから未来に聞く。


「おいおい。あんな証言して調べられたらすぐにバレるぞ?」


「私たちの世界はあの時、浸食されたのです。浸食とは世界が改変されることです。つまり私たちがあの時、あの場にいたことも改変されています」


「よくわらないが……」


「そうですね。簡単に言えば世界が変わってしまったんです。屋上での戦いはなかったことになるのです」


「なるほど……そこまではわかった。じゃあなんでお前はコンビニの前に居たって嘘ついたんだよ」


「改変された私たちは遍在するのです」


「遍在? いろんな所に居るのか?」


「そうです。そして観測者がその所在を決定します」


「ってことは山口が防犯カメラを見たらそこに映ってるってことかよ? 意味分かんねぇな。でもそしたらお前を刺した犯人はどうなるんだよ?」


「うーん。どうなるのでしょう。刑事さんの話だと連続殺傷しているということでしたよね。でも防犯カメラには映らない……インベーダーのようでもあるんですよね。実体をもったインベーダー?」


「どういうことだ?」


「これもお伝えしてませんでしたが、インベーダーは雨の中で10分ほどしか現界できないんです。なのでジャックはインベーダーではないと思うのですが、カメラに写らない点などはインベーダーぽいんですよね」


「ふーむ……俺にはわからん。考えるのはお前の担当で頼む」


「そんな私からひとつお願いがあります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る