第5話 悲嘆の時

 処置が終わるまで待っているが気まずい。気まずいどころではない。新一は巧と未来を守ったとはいえ、結果的には巧たちのために命を賭したのだ。


 とはいえ、巧が未来を助け起こそうとしなけらばこんなことにはならなかった。後悔はするがあの時はああするしかなかった。悠は目の前で兄が殺された事実を突きつけられて、どんな態度でいればいいのか。


 彼女はめそめそと泣いている。そっと肩を貸したいとも思うが、彼女の身体は硬直している。それに、原因の一端を担う巧になんて肩を貸されたくないだろう。


 俺が殺したんだろうか……。


 処置室から未来がよろよろと出てきた。担架にも乗せられていないし、つらそうではあるがそこまでではないようだ。


「ご迷惑をかけました。処置は終わったのですが、今日はもう遅いですし一日は入院することになりました」


「よかった〜! ハグしたいところだけどだめだよね」


 悠はひまわりのような笑顔を浮かべた。


「病室はどこだ?」


「上の階ですね。もしよかったら少し話しませんか?」


「そうしよ!」と悠、巧は無言で頷いた。


 病室は個室だった。ここしか開いてなかったらしい。話すにはうってつけだ。巧がナースステーションから折りたたみ椅子を二脚借りてきて未来のベッドを囲うように配した。


「この度はご迷惑をおかけしました。数針縫っただけですので心配はご無用です。それにしても今日の敵は強かったですね。巧様の防御結界があったとはいえ、それを上回る火力でした」


「俺の防御結界?」


「お話ししてませんでしたね。巧様の武器は盾なのです。傘をさすことで防御結界が展開されダメージが軽減されます。ですので、今回のことは相手に隙を与えた結果ですね」


「そうだったのか……すまん」


「いえ、敵の脅威度を見誤った結果です。気に病まないでください」


「俺はなにも分かってなかったんだな……とくにお前の兄貴に関しては……殴りたければ殴れ。俺にはそれくらいしかできん」


「別に殴らないよ。兄貴はあんたたちを守ろうとしたんだから。あいつの判断だよ。それに今さらどうしようもないでしょ。終わったことだよ……そう終わったことだから……」


「すまん」


 そう言ってから悠の方をみると、涙がぽろぽろ流れている。


「ごめん。私帰るね」


 走るように病室を出て行く悠。


 巧は追いかけようかとも思ったが、かける言葉すらないのにどうしたらいいか分からず病室に残った。


「俺はどうしたらよかったんだろうな……」


「今回のことは易々と乗り越えられる問題ではないですが、悠さんならきっと乗り越えられると思います。私たち強いんですよ!」


 未来は一息ついてから続けた。


「今回の件は誰も悪くありません。全てはインベーダーの仕業です」


「インベーダーってなんなんだ?」


「この地球を侵略する存在です。彼らは私の持っている『世界侵食』という本に登場します。そして局地的に雨を降らせこの世界から場所を奪うのです。奪われた場所は世界から消えてしまいます」


「地図から消えるってことか?」


「いえ、存在ごと消えます。初めから無かったことになります。例えば今日戦ったのは学校の屋上だったので、次回に登校した際には存在が半分くらい失われていると思います。ただ、一般人はそれを認識することすらできません。今の巧様も奪われた場所には気が付かないでしょう」


「どうやったら俺も見えるようになるんだ? 借りを返したい」


 未来は不思議な表情を浮かべた。喜びとも戸惑いともいえない顔。


「それは私とキスをすれば叶います……ただ今日は汗もかきましたし、歯も磨けていないの後日にしたいです」


「そんなこと言ってる場合か! いつまた来るともわからないんだ」


「そこは心配ご無用です。インベーダーは短いスパンで出現しません。なにか理由があるのだとは思いますが……」


 嫌がる女の唇を奪うほど野暮じゃない。


「うう……」未来が呻いた。


「どうした?」


「麻酔が切れてきて、傷口が痛みます……」


「刺されるってのは痛えよな」


 そんな会話をしていたら看護師が回ってきて、巧に出て行くようにと注意をした。


「うるせー こっちはダチ一人が刺されたんだぞ! なんだったら今から警察呼ぶがそれでもいいのか? ここに何人も刑事が来るんだぞ」


「それはちょっと……」


「なら黙って帰りな」


 少し立つと消灯時間になる。


「巧様、帰られないのですか?」


「ああ」


「どうしてそこまでしてくださるんですか?」


「お前には関係ない話だ。寝な」


 未来が寝息を立てているのを見てから、巧も椅子に座ったまま深い眠りについた。


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