第4話 侵犯します

 未来が傘をもって走り出し、残る2人もすぐに後を追った。巧だけが残される形になったが「へいへい」と言いつつ三人を追う。屋上に着いたが優乃はいなかった。


「これから何するんだ?」


「戦闘です」


 そう言われて周りを見渡すが、柊兄妹と未来、巧以外誰もいない。後から敵が来るのだろうか。


 急に雷鳴が轟いたかと思うと、雨が降ってきた。スコールのような大雨だ。借りた傘をさしたが、傘はそうとう古いものらしく、ところどころ雨漏りがする。やれやれ。未来たちは屋上の半分のスペースに陣取っていて、巧はもう少し後方に離れている。


 未来が眼鏡とヘッドホンを床に置いた。


「侵犯します」


 強い意志が感じられるよく通る声だった。最初に会った時の印象とは別物だ。三人が傘を剣のように構える。最初に未来が動き唱えた。


「クシフォス・ティス・フォティアス!」


 噛みそうな呪文だ。だがなにも起きない。ただ傘を剣のように振りかぶって下ろしただけだ。悠や新一も似た感じで技名のようなことを叫びながら武器に見立た傘を動かしている。


 悠は弓矢、新一は槍といったところか。


 だが、なんだこれは? 子どもの遊びにしても相手がいない。いわゆる厨二病なのかもしれないが、それにしてもお粗末すぎる。とっとと帰りたかったが、金をもらったことを考えると無下にもできない。


 最初はぼーっと眺めていたが、よくよく見るとかなり高度なことをしている。殺陣のようなのだ。殺陣は実際に攻撃を受けていないのに、受けたようなふりをする。まさにそんな感じなのだ。


 こいつらとは喧嘩したくないなと思った。身体のバネが違う。瞬発力も申し分ない。なにより殺気が出ている。目の前の敵を本気で殺そうという意志を感じる。そこいらのチンピラなんかは一発だろう。


 相変わらず巧は三人の後方にいるが、未来が飛ばされてきた。なにもないのに飛ばされるというのは変だが、そう言うしかない動きだった。

 慌てて未来を抱え起こそうとして傘を置いた。


 その瞬間。


「危ない!」と新一が叫び、未来と巧の方に飛んでくる。


 ざくりという音がした。新一の白いシャツに血が広がる。後ろから刃物で刺されたとしか思えないのに、その刃物の姿は見えない。苦悶の表情。見開かれた目。


「妹を頼んだ」


 新一はそのまま後ろに倒れ込むと姿が消えた。なにが起きているのか分からない。消えた? 人が? 未来を抱え起こすと、こちらも血が滲んでいる。


「未来、お前も傷を受けたのか?」


「はい。ですが今は悠さんを抱えて逃げましょう」


 悠の方を見ると、叫びながら弓を射る動作をやめない。


 巧はただならぬ雰囲気に飲まれ、悠をお姫様だっこして未来の方へ走った。悠は涙を零している。


「お前、怪我は?」


 巧が聞くと「ない」とだけ返ってきた。取りようによっては巧が殺したも同然だ。内心複雑だろう……そんなことを思いながら階段を下りた。


 未来に追いつくと白いセーラーの背中部分が赤く染まっている。


「おいおい、大丈夫か?」


 そう言い残すと未来はその場に倒れ込んだ。おいおい。悠を下ろして今度は未来を抱き上げる。


「おまえ、タクシーを呼んでくれ。謝罪は後でする」


「わかった」


 都心部にあってタクシーはすぐに来た。そこに三人で乗る。運転手が嫌そうな顔をした。


「お客さん、なんかあったんですか?」


「喧嘩だよ。早く出さないとお前もぶっ殺すぞ」


 巧がすごみを効かせると、タクシーはすぐに動き出した。


 病院につくとすぐに処置室に運ばれた


 これで一段落だ。あの程度なら数針縫う程度で大丈夫だろう……巧はゆっくりと深呼吸をした。

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