第34話 過去の話
* *
「えっ、栞!いつの間にいたの!?」
美咲の声で俺も含め皆起きた。栞は結局寝落ちてしまったらしい。
「ごめん、気づいたら寝てて朝起こせなかった〜」
笑いながらそう言う栞を見て皆安堵の表情を浮かべた。
「栞。無事たどり着けてよかった」
「颯の目印のおかげだよ、ありがとう」
「そういうことね颯、最初からそう言ってくれれば良かったのに」
「栞がここ見つけられる保証はなかったからさ」
「そうは言ってもとりあえず六人揃ってよかったね」
楓の顔からは昨日までの緊張を感じなくなっていた。それを見て俺も安心する。これまで楓は徹底的に調整役に回っていたため精神的な疲れが心配だったのだ。
「海斗、私のこと覚えてる?」
「……あ、そうだな。ぼんやりと。でも性格的なところはイメージ通りって感じだね」
「それはよかった。少しずつ思い出していこうね」
海斗は栞の言葉に頷くといつもの明るい表情に戻った。
「さて、と。栞には聞かなきゃいけないことが沢山あるんだけど何から行きますかね」
俺はわざとらしくその場を仕切った。他の四人も気になっていたことはあるはずだ。
「優先して聞きたいことが無ければ私から話してもいいかな。結構複雑だから順を追って話さなきゃいけないと思うの」
「うん、栞に任せるよ」
栞は大きく息を吸って吐いた。その一連の動きで他の五人にも緊張が走る。
「まずはね、皆の記憶についての話をしようと思ってるの。」
そう言って栞は口を開いた。
「昨日記憶の埋め合わせみたいなことをしたって聞いたんだけど、そこで皆の持ってる記憶が少しずつズレていたはず。でもそもそもどうして記憶が無くなってるんだと思う?普通に生きてたらすっぽり抜け落ちるなんてことは起こらないよね」
「確かに。残っている記憶の違いもそうだけど前提として何故一部の記憶が無いのかっていう方が問題だな」
「しかも私たち全員記憶喪失起こってるんだよね」
「栞も思い出せない記憶があるのか?」
「いや、私はね。全部覚えてるんだ。皆が記憶を失う決定的な原因となる現場に私はいなかったから……」
「ちょっと、それってどういうこと?」
美咲が目を細めて言う。現場にいなかった?逆に栞以外は皆一緒にいたってことなのか?
「皆中学の時のことってどのくらい覚えてる?」
突拍子もない質問に戸惑ったが、すぐにその質問の恐ろしさに気づく。
「中学……えっ、ほとんど何も覚えてない、かも。」
「私もだ。」
もともと残った記憶の少ない俺や海斗は覚えていないのも当然のように感じた。しかし楓や美咲、颯まで中学、特に二年生から三年生にかけての記憶が無いのは明らかに偶然とは言えなかった。
「もしかしてその期間に、俺たちが記憶を失う決定的な原因となる出来事があったってことなのか?」
「うん、そういうこと」
「なあ、もう何があったのか教えてくれないか?思い出せないものを思い出そうとしても仕方ないし」
海斗が言った通り、これは早く分かっておくべきだ。俺たちが長い時間考えることではない。
「それもそうだね。じゃあ今から言うけど、心の準備はしておいて」
「あのね、皆はあの時自殺未遂をしたんだ」
「……えっとー」
「それは、ほんとに俺たちの話なんだよな?」
「うん、私が第一発見者だから」
「そうか……。」
想像を遥かに超える過去を聞いて一番に出てきたのは、何で?という疑問だった。未遂に終わってよかったが、自殺に追い込まれるほどの状況とはどれだけのものだったのだろう。
「ねえ楓、大丈夫?」
楓がさっきから下を向いて頭を抑えている。その身体は小刻みに震えていた。
「大丈夫……。今思い出せそうなの……。でもね、」
途切れ途切れの言葉がさらに心配になった。
「おい、無理すんなよ。まじで」
「でもね、その自殺の主犯きっと私だったんだ」
「……は?」
楓が今にも泣きそうな声で言った。
「違う!違うよ、楓。皆を自殺に追い込んだのはあなたなんかじゃない……!私だよ……」
「ちょっと待ってくれ、栞までどうしたんだよ急に」
何が起きているんだ。楓と栞には何が分かっているんだ。俺たちは何も言い出すことができない。美咲も何か言いたげな顔をしていたが、無言で楓の背中をさすっていた。
「二人とも一旦落ち着いて。俺達には自殺未遂という単語を聞いても思い出せない過去なんだ。楓が思い出したこと、栞が知っている真実、どちらも大事だからゆっくり聞かせて欲しい」
颯の言葉に楓は頷いて大きく深呼吸をした。しばらくして楓が話し始めた。
「えっと、私は多分栞を助けるのが間に合わなくて。それで、皆にちゃんと責任取らなきゃだねって言って。私だけでよかったのに。」
「栞を助けるってさっきから何言ってるんだよ楓」
「何があったのかはあんまり思い出せないんだけど、栞が学校の屋上から転落したの。その時私は止められるかもしれなかったのに、間に合わなかった」
「まじでいつの話だよ、俺たち何も心当たりないぞ」
「中三だったかな、何で今まで思い出せなかったんだろ」
「あの、ごめん。それについても私から説明させて欲しいの。ほんとに楓には怖い思いさせちゃったね。」
「ううん全然。ごめん、私喋りすぎちゃって」
「大丈夫だよ、楓。じゃあ続き始めるね」
場は少し落ち着いて再び皆栞の言葉に集中した。
「あ、皆も急に思い出すことがあるかもしれないからその時は遠慮なく教えてね、トラウマになってるかもしれないし」
と付け加え、栞は話を再開した。
「私たち小学生の頃常にこの六人でいるんじゃないかってくらいすごく仲良くてさ、こんな関係がずっと続けば良いのになぁって言い合ってたんだよね。でも中学に入って私は恋という感情に気づいてしまったの。自分で言うのも恥ずかしいんだけど、当時の私は壱希のことが好きだった。でも今まで何もなく一緒にいた六人だったのに、そこに友情とは違う感情を持ち込んでしまった。それで私はここにいたらダメだと思って皆とは距離を置くようになったんだ。それから少し時間が経過して颯が声をかけてきてくれた。私が六人の集まりを避けていたことを心配してくれたの。私は何だか嬉しくて、そんなことしても誰も報われないって分かっていたのに颯と付き合うことになった。」
昔の栞を思い出せる訳ではないが、その内容が今目の前にいる栞のものとはとても思えなかった。
「でも私は颯の望むような彼女にはなれなかった。気づけば颯との関係も冷めていって、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。そんな中今度は海斗が話しかけてくれた。その時の私は罪悪感とかいろんな負の感情に支配されてたから、海斗が救いのような存在だったんだよね。それで話聞いてもらってるうちに気持ちが変わり始めて、海斗とも……」
「付き合ったの?」
「うん……」
「なんか、らしくないな」
海斗の言葉に俺と颯は共感の意を示した。
「そうかな、私も三年間でだいぶ変わっちゃったんだよね」
「そのことだけどさ」
口を開いたのは美咲だった。
「栞は自分が全部悪いみたいに思ってるかもしれないけど、それは違うと思うんだよね」
「どういうこと?」
「実はね、私も結構思い出してきてるんだ。思い出さなきゃよかったことばかりだけど」
そう言って美咲は苦笑いしたがすぐに真顔に戻った。
「だってさ、冷静に考えてみてよ。普通栞が二股したくらいで私たち全員が自殺しようと思うかな?そもそもどうして栞はそうしなければいけなかったのか分かる?」
確かに普通じゃない状況があったと考えるべきだ。
「大体栞も自分のこと言わなすぎだよ。少なくとも男子達は栞が病弱だったことも覚えてないし、栞目線では当時好きだった壱希に裏切られたように感じたってことも正直に話さないと」
「えっ、俺?」
俺が栞を裏切った。その事実が本当ならば過去の自分がまるで別の人物のように感じてしまう。しかし裏切るとはどういうことなのか。あの時の俺は何をしてしまったのだろう。
「壱希。私とクリスマスも正月も一緒に過ごしたの覚えてる?」
その言葉は楓から発せられたものだった。この場に出てくるはずのない単語たちに戸惑う。
「……いつの、話?」
「中二の冬」
「いや、思い出せな……、あっ。」
突然脳天を貫くような激痛が走り、思わず頭を抱え込む。なんだこれ……痛い。たすけてくれ。
「大丈夫か!?」
それが海斗の声だということは分かった。しかしあまりの痛みに視覚も聴覚もほとんど遮断されてしまった。目の前に広がる世界は真っ暗闇、耳に入るのは甲高い金属音のようなノイズばかりだった。
しばらくして分かった。あぁそうか、今俺は思い出そうとしているのかもしれない。その過去というものを。
当時の俺には苦すぎたコーヒーの味と向かいに座る楓が食べるクランベリーパンケーキの甘酸っぱい匂い。
カラオケに響く騒がしい歌声、味がしなかったドリンクバーのジュース。
秘密基地に広がるひんやりと湿った空気、瓶の中から溢れる病院の匂い。
末端から冷たくなっていく身体、遠のく意識。
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