Chapter10 心留め

第32話 送られた五人

 どうしても全てを思い出すことはできないが、お互いのことを少しずつ理解し始めている。やはりここは夢でも何でもない並行世界というに相応しい場所で、この世界に来るためにそれぞれ違った方法が適用されているらしい。楓は学校の屋上から自殺しようとする栞を助けに一緒に飛び降りた時に、美咲は墓地で肝試しをしている途中に並行世界へ移動した。しかし海斗は覚えていないし、俺に限っては楓が電車に乗る俺を引っ張ることで移動ができた。どれも一貫性はなく仕組みを解き明かすことは難しそうだった。

 美咲はあと二人同じ境遇の人がいるはずだと言った。それが楓の移動に関わった栞と、美咲の移動に関わった颯だ。楓と一緒に飛び降りた栞はどうなったのか、颯はどうやってこちらの世界にくるつもりなのか、まだ不明な点は多い。

「ねえ、私たちに何かできることって無いのかな?」

 美咲はきっと困っている人がいたら頭で考えるより先に助けようと行動に移す人だ。その時の状況や自分の都合は二の次だ。

「できることか。確かにこのまま何もしないのは逆に落ち着かないよね」

 楓は全体のバランスを取ろうとしてくれている。どんな意見も無駄にはしない。

「でもこの世界はまだ分からないことばかりだし、待つしかないのも事実だと思う」

「待つって何を?」

「颯か栞の到着を」

「無事に辿り着ける保証あるの?」

「それは分からないけど、だからといって俺たちにできることなんて何があるって言うんだよ」

「今考えようって言ってるじゃん」

「二人ともさ、もう少し歩み寄って」

 美咲と海斗はさっきからずっとこんな調子で、会って間もないのに雲行きが怪しい。楓だけに仲裁をさせるのは申し訳ないが、なかなか俺の介入する隙がない。隣で楓の溜め息がかすかに聞こえた。

 

「もう皆俺のためにそんな争わないでよね」

「え?」

 冗談混じりのその声に四人の空気が一気に変わった。

「いやーほんとにめっちゃ探したわ」

「ちょっと、なんで颯がここにいるの?」

「だから言ってるじゃん。探してようやく見つけたんだって」

 探して見つけた、?どういうことだ。そもそもこの世界にいつ来たんだ?

「君が颯……?」

 今颯をしっかり認識しているのは美咲だけだ。記憶がほとんど残っていない俺は確認することがある。

「うん、壱希だよね」

「俺のことは覚えてるの?」

「ぼんやりとは覚えてる。でも壱希ってこんな静かな感じだったかな」

 そうだった。俺はいつからか変わってしまった。社会が変わっただけじゃなくて俺も変わった。

「あんまり前のことは覚えてないけど、変わっちゃったんだろうな。きっと」

「変わったのは多分壱希だけじゃないよ。俺もそうだし、皆変わったんだ」

 確かに変わらない人なんていないのかもしれない。安心感が欲しい訳では無いが、その事実を認めると楽になる。

「颯。私をこの世界に送ったのって颯だよね?」

「うん、最後にそばにいたのは俺だった。美咲はいつから気づいてたの?」

「ほんとに最後の最後で見覚えある顔だなって思って」

「じゃあ栞が言ってたことは間違えじゃなかったんだな」

「栞と会ったの?」

「そっか、話してなかったね」

 栞。美咲が言うもう一人の俺たちの仲間。楓の移動に関わった人物でもある。

「栞はなんていうか、俺たちの全部を背負ってくれてたんだろうな」

「私たちの全部を背負う……?」

 楓が心配そうな表情を浮かべる。

「多分皆この世界がもとの世界とは異なる場所だって分かってると思う。それでここから話すことは栞から聞いた話に違いないけど、信じ難い内容だと思うんだ」

「大丈夫、そういうことならもう免疫はついてる」

 海斗の言う通り、俺たちを取り巻くこの環境は既に非現実的なものなのだ。

「まずここではこの世界を並行世界と呼ぶことにするね」

「私たちと一緒じゃん」

 そして元の世界は間もなく閉じることになっているということ、それに伴って急いで人々を並行世界へ移動させるプロジェクトが行われていたということ、栞はそのプロジェクトに大きく関わっているということ、颯はそれにアルバイトとして関わったということを伝えられた。さらに移動することで元の世界の記憶が失われてしまい、それを避けるため俺たちには特別な装置が適用されたという話も聞いた。

「えっと、それってどこまで本当の話?」

「いや、どこまでっていうか、全部」

「ちょっと免疫足りなかったかも」

「そうなるのも無理はないと思う。俺だって最初はそうだった。でも俺は栞のこと信じなきゃなって思ったんだよね」

「なんかあったの?」

「詳しいことは俺もわかんないけど苦労してる感じだったからさ」

「ふーん、まあいいや。とにかく栞はいつ合流出来る予定なの?」

「まだあっちでやることがあるって言ってたな」

「やることか」

 栞は何者なのだろうか。俺たち六人はずっと前にどこかで出会っていたはずなのにどうして記憶の残り方に差があるのだろう。だってそんなの理不尽じゃないか。折角再開できたんだろう?それでも俺たちは過去を語り合うことすらできないなんて。

「それでさっき言ってた栞の言ってたことって?」

「あぁ、それは美咲が怖いのは霊より人間だってことだよ。暗闇ではどこに潜んでいるか分からない人間の方が美咲にとって脅威だからね」

「まあ…そうね、それは否定できないかな」

「だから美咲をこっちに送る時は全力で怖がらせたって訳。ほんとはあんなことやりたくなかったけどさ」

「そういうことだったのね。納得したよ」

「ちょっと待って、俺たち五人には皆その特別な装置とやらが使われたんだろ?」

「うん」

「そんなチートみたいなものがあったら皆使うんじゃねえの?」

「たしかに」

 海斗の最もな疑問に美咲も頷く。しかし颯はバッサリとその疑問を切った。

「いや、そうはならないよ」

「どういうこと?」

「この装置は栞が作ったものなんだよ」

「栞が……?」

「まじか、じゃあほんとに俺たちだけなんだな」

「私たち以外の周りの人に色が無かったのも説明かつくね」

「いや、そんなことよりもっと重要なことがある」

 俺はそう思った。

「何?」

「その装置は非公式なんだよね?それなら俺たちは本来ここに存在するはずじゃなかったってことだ。だから、その……なんていうか俺たちはプロジェクトの中で邪魔者になるんじゃないかな」

「……栞のせいで私たちが犯人になったって言うの?」

「いや、そういうことを言いたい訳じゃなくて……。でも今の俺たちは指名手配されて捜索されてる立場だと言っても過言ではないと思うんだ」

 俺の言葉に長い沈黙が続いた。この推論は間違っているだろうか?この一連の会話で身の危険を強く感じたのは俺だけなのか。

「壱希の言ってることはあながち間違ってないよ」

 颯がそう言った。

「それって、つまり……」

「栞が言ってたんだ。この装置がバレたら殺されるだろうって。それは開発した栞が殺されるってことを言ってるんだろうけど、その装置を適用された俺たちだって決して例外じゃないはずでしょ」

「やっぱりそうだよな」

「でも栞がリスクを負ってまで私たちに特別な装置を適用した理由って何だろう」

 栞は何をしたかったんだろう。ある意味世界の終わり際に立たされて最後に足掻きたくなったのか。でもそれにしては大掛かりすぎるし、その足掻きによって幸せが訪れることはない気がする。

「……やっぱり本人に聞くしかないと思う」

「そうね」

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