第28話 自戒
「東雲さんが並行世界に行っても、二度と会えなくなるとか存在が消えてしまうとか、そういうことはありません。なので安心はして欲しいんです。
……でもそれを知って安心できる訳じゃないということも分かります。だからあまり口出しはしませんが」
上手くまとまらない言葉をなんとか紡いで形にした。
「あの、さっき俺に最初に見た時の印象を聞いてきましたよね」
「その話ですか。はい」
「あなたの言いたいことがやっと分かった気がします」
「……というと?」
「はじめ俺はあなたのことを以前見たことがあるような気がしていました」
「はい」
「しかもあなたは自分のことを琴宮栞と名乗りました。確かに俺は小さい頃栞という名前の友達がいました。名字は琴宮。そう、あなたと全く一緒なんです。でもあなたのことを見ているとどうもこの人はやっぱり幼馴染の栞ではないと思うようになりました。
じゃあどうしてあなたは第一印象を聞いてきたのでしょうか。その真意を考えましたが、結局考えられるのは一つだけでした。思えばあなたが俺のことも美咲のことも知っていたのは、あなたがこの仕事をしているからではないはずです。
ずっと前から、あなたがこんなことをしなければいけなくなるずっとずっと前からきっと知っていたんですよね」
「……ずっと疑っててごめん、栞」
颯。完全に忘れてた訳じゃなかったんだ。下手な態度しか取れなかったのは、PMOの見張りがあるからだけではなかった。きっと颯が何も覚えてないことが怖くて、確かめる勇気が出なかったんだ。
「だからよく分かるんだよ、颯の気持ちが」
「うん」
「昔のこと、よく思い出したね」
「栞と話す時、たまに懐かしい感じがしたんだ。冷たい態度が混じっていたから判断しかねたけど」
「露骨に事実を明かすなんて面白くないでしょ?」
そう言って誤魔化したが、馬鹿馬鹿しくてつい笑ってしまった。
「話しづらかったら答えなくていいんだけどさ」
「うん」
「どうしてこんなことしてるの?」
「どうしてって言われても……」
私が自殺未遂を犯したから?五人を自殺未遂に追い込んだから?見知らぬ男に脅されたから?親に迷惑をかけたくなかったから?
今となっては、ただこの道を歩んできたという事実が残っているだけだ。
「そうしなければいけなかったからかなぁ」
「でも栞がそうしなければいけなかったなんて考えられない」
「まあそうだよね、でも当時の私じゃなくて今の私でも同じようになっちゃうと思う」
あれから何度考えても、どれが正しい道だったか確かではない。けれどこの選択肢に後悔はしていないつもりだ。
時計を見ると、話し始めてから大分時間が経ってしまった。任務まであまり時間が無いし、ずっと話していては怪しまれる可能性がある。とりあえず説明の続きを済ませることにした。
「まず今回の颯の担当は美咲を含む四人の女子高校生ね。大変だと思うけど颯だって気づかれないようにやって欲しい。具体的な手順としてはこの機械を持って対象者に近づいて一定の距離まで来たと思ったらスイッチを押す、みたいな。
これだけだから特に難しいことはないと思うんだけど、何かあったら誰にも見られないように私のところに戻ってきて。近くにはいると思う。あとさっき言ったように美咲が一人になった時を狙ってね。
ここまでで聞きたいことある?」
「間違えて先にスイッチ押しちゃったらどうすればいいの?」
「人が近くにいないとスイッチは押せないし、私とか颯みたいにこちら側に携わる人には反応しないようになっているから安心して」
「それとこれで最後だけど、一定の距離まで近づくってどのくらいのことを言うの?」
意識したことはなかった。私が現場で任務をよくやっていた時期は、特に正確な決まりはなかったので説明しようがなかった。
「このくらいかなぁ」
颯を対象者と見立てて大体の距離まで近づいてみた。意外としっかり近づかないと作動しない印象がある。
「あ、待って。……本当にごめん!」
思い出すのに必死で気づいたら颯に触れそうなくらい近づいていた。何をやってるんだ、私は……。これじゃわざとやったみたいじゃないか。
「いや、まあ大丈夫だけど……」
「そ、その、とりあえずこんな感じで……。大体分かった?」
「……うん」
「あ、あとこれ」
「これが例の機械ね」
「そうそう。使い方はもう大丈夫?」
「うん、近づいたらここを押せばいいんだよね」
「颯、最後にいくつか話さなきゃいけないことかある」
「うん、どうした?」
そして、この世界は間もなく閉じることになっているということ、それに伴って急いで人々を並行世界へ移動させようとしているということ、しかし移動することでこの世界の記憶が失われてしまうということを伝えた。
「あのさ、」
「まさか美咲もあっちの世界に行ったら記憶が無くなるなんてことないよね?」
「でもその機械でやれば当たり前のように無くなってしまう」
「そんな。じゃあどうしろと?」
「まあ、そこで活躍するのがこれってこと」
そう、私はこの時のために二年間準備を進めてきた。PMOで得た知識をもとに業務の合間を縫って開発に取り組んでいたのだ。
「さっきと変わらないように見えるけど」
「見た目は似せて作ってあるの」
「それで、これはどう違うの?」
「簡単に言うとこれを使えば記憶を失わずに向こうに行ける。けど再利用はできないし、そもそもこの機械は上に認められてないから本当は使えない」
「バレたらどうなる?」
「バレたら……殺される以外にないだろうね」
颯はその装置から咄嗟に手を離した。
「大丈夫?」
「……ごめん」
怖いのは当たり前だ。こんなにも死を近くで感じることなんて普通は人生で一度も経験しない。
「どうする?」
私は地面に落ちた装置を拾い颯に渡そうとした。
「俺が殺されるリスクがあっても美咲が俺たちを忘れる方がよっぽど怖い」
颯は装置を強く握りしめてそう言った。
「じゃあ頼んだよ、颯」
「うん、分かった」
「あ、そうだ。何回も引き止めてごめんね。一応これもう一つ渡しとくね」
私は改造版の装置をもう一つ手渡した。
「なんで二つも?」
「なんとなく颯にはもう一つ必要な気がしたの」
「……ピンと来ないよ」
「大丈夫。使えって言ってる訳じゃないんだし。一応渡しとくだけ」
「そっか、分かった」
「いってらっしゃい」
颯は現場に向かって歩き出した。私はその背中を見つめながら、無事にやれることを祈った。
* *
あれから数十分、そろそろ終わった頃だろうか。静寂の中、ふと耳を澄ますと荒い息と大きな足音が聞こえてきた。颯だ。
「どうした颯?そんな急いだ様子で」
しばらく息を整えた後颯は言った。
「栞、とりあえず今までありがとう」
「……その感じだと、もう気づいているみたいだね」
「うん、多分」
「私はまだこっちで忙しいから見届けるけど、美咲のこと頼んだよ」
「分かってる。皆で待ってるよ」
「すぐ向かうから。……じゃあ、またね」
「うん」
それから颯が向こうに旅立つまでタイムラグはほとんど無かった。みるみるうちに消えていく颯の身体、何度見ても人が向こうに行く時の光景は慣れないものだ。
実際向こうで再開できるかは分からない。だけど親友三人を送った事実は変わらない。私は私のやるべきことを確実にやれている。
実は二年前に海斗を送った時も同じ改造版の装置を使った。しかしその装置には作動した際に独自の信号を発してしまうという重大な欠陥があった。当時開発の業務に携わり始めたばかりだった私は技術も拙く、そのことに気付かないまま海斗に装置を使った。後から確認したところ海斗は記憶を残したまま移動することができていたようだった。しかし装置が作動した時に発した信号は案の定PMOの上層部の目に止まった。
「琴宮。お前の使った装置から不可解な信号が出ていた。詳しく説明してもらおうか」
「……」
「無断のシステム変更・改造は最高レベルの処罰が下る。このことは何度も言っているはずだが」
私は何も答えられなかった。自分で作った改造版の装置のどこに欠陥があったのか、思い当たる節はなかった。それが分からない以上は下手な言い訳をすることもできなかった。
「何も言わないなら違反を認めるということでいいな」
男は私のコメカミに銃口を突きつけた。
あ、私殺されるんだ。そんな確信が身体全体に巡った。手足が硬直した。まるで海斗の名前を移行者リストで見た時と同じようだった。もっと早く準備していれば、と思った。この状況を切り抜ける方法を考えようにも頭が回らなかった。そんな中私の口は勝手に開く。
「良い提案があります。」
一瞬、コメカミから銃口が離れた。対話の姿勢はあるんだ、と思った。もう後戻りできない私は自分の潜在意識に任せて言葉を紡いでいった。
そこから二年間業務の傍ら、改造版装置の欠陥の修正に取り組んだ。修正にはかなりの時間を要した。その間に四人のうち誰かが移行者リストに乗っていたら、私には何も出来なかっただろう。しかし運は私に味方した。今回の人員を増やしての大量移動が始まる前に改造版装置の修正が終わったのだ。
ただ日々を過ごすだけじゃ何も結末は変わらない。過ごし方は自分次第。穂乃佳に言ったこの言葉は綺麗事なんかじゃない。私が自分への戒めを込めて言っているんだ。
私にはまだやるべきことが沢山ある。決して気を弛めてはいけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます