第27話 本音
公園に着くと十数人アルバイトが集まっていた。見たところ誰も無断で休んだ人はいなそうだった。彼らの前に立ち、まずは私がこの仕事の大まかな説明をした。次にそれぞれの配置場所を伝え、早速仕事に向かってもらった。各アルバイトは業務中、PMOから監視されている。基本的には遠隔だが、初めての場合は職員が付き添うことになっている。ほとんどが二回目以降のアルバイトだったので皆私の話が終わるとすぐに各自の場所に散らばっていった。颯はその場に残っていた。
颯が話を聞いていないことは見て分かっていたので申し訳なさそうに寄ってきたのを見ておかしくなった。一応「演技しないでください」と形だけでも咎めておく。どちらにしても今回は私が付き添うのだから色々説明はしなければいけない。ひとまず仕事を行う場所が墓地であることとそこまでの道のりを伝えた。ふと今日は上層部の見張りがないことを思い出した。
「そういえばこれの中身見てみますか?」
三日前颯が気になっていたタブレットを指さす。
「すっかり忘れてました」
「忘れるくらいなら別に見なくてもいいんですけどね」
颯は私のタブレットの画面を見て言葉を失った。こうなることは何となく分かっていたけれど、少しでも記憶を呼び起こすきっかけになって欲しかった。
「……見ない方が良かったですか?」
答えは無い。
「仕事早く向かわなきゃですよね。すみません」
そう言って颯は歩き出そうとした。
「もうちょっとだけお話しませんか」
「でも……いいんですか」
「私の管轄なので仕事のことは一旦気にしなくて大丈夫ですよ」
「なんかありがとうございます」
「サボれてラッキーですか?」
「いやいやいや、そんなこと思ってる訳ないじゃないですか」
「まあすぐ仕事に戻ってもらうので心配しないで下さい」
こんな会話もたまには悪くないなと思った。いつか颯には私のことを思い出して欲しい。でももうしばらくこんな距離感でもいい。
「颯さん」
「はい」
「私に初めて会った時どう思いましたか」
「なんかよく分からない人だなって思いました。でもそれは今も変わらないです」
「よくわからない人、ですか。でも私が聞いているのは本当に会ってすぐのことです。会話を交わす、その前の段階でどう思いましたか?」
「話す前の段階……」
颯は少し間を空けて「特に何も思わなかった」と言った。
「何も思いませんでしたか」
私は少しがっかりした。ほんのちょっとだけでも見覚えがあったとか言ってくれれば嬉しかったのに。でも無理なものは無理だから仕方ない。
「そういえば自己紹介していませんでしたね」
「たしかに聞いていませんでした」
「私は琴宮栞です」
「栞……」
颯の目つきは明らかに変わった。しかし想定よりずっと颯の反応は薄かった。というよりまだ疑っているようにも見える。
「反応が薄いですね」
「すみません」
もしかしたら昔の私と今の私が同一人物として繋がっていないのかもしれない。だとしたらそれは、おかしな態度ばかりとる私の責任とも言える。
それっきりしばらく颯は考えこんでしまった。私はやり方を間違ってしまったのだろうか。自分がこんなに不器用な人間だとは思わなかった。
「そろそろ仕事に向かいましょうか」
気まずくなる一方だったので一旦切り上げた。見張りがいないとはいえ、位置情報は常に監視されているためずっとここに留まることはできなかった。
「とりあえず、ありがとうございました」
颯はそう言って歩き出してしまった。
「待って」
引き止めようとしたが、聞こえていなかったらしい。早歩きで目的地へと向かう颯を急いで追いかけた。
今日は私が付き添いとしてつくということを伝えていなかったので颯は一人で行くものだと勘違いしてしまった。おまけにやっぱり男子の歩く速さにはなかなか追いつけない。少しずつ距離が離れていき、墓地のある山に入る頃には背中も見えなくなってしまった。
やっとの思いで着いた山奥の墓地。一足先に着いていた颯が私をみて「うわっ……」と言った。
「うわ、って何ですか」
「ずっと後ろにいたんですか?」
「はい、初めての日は一応付き添うことになっています。でも私がそれを伝え忘れていたので、結局最後まで早歩きの颯さんに追いつけませんでした」
「そうだったんですか、……ごめんなさい」
「いえ、気にしないで下さい」
* *
「今回の対象者の説明をします。」
「今回並行世界へ移してもらうのは東雲美咲さん、遠藤莉子さん、……、……の四人です」
「……なぜ俺が彼女を?」
「どういう意味ですか」
「俺が今しなければいけない仕事は把握しています。ですが対象者は選んでいただかないと困ります」
颯には申し訳ないことをしていると思う。会ったばかりの人が自分と美咲とを悪意を持って繋げたのだと思ってしまうだろう。でも今はどうか私のわがままを受け入れて欲しい。またあの六人でいつか再開するために。
「あの、真面目に聞いてもらってもいいですか?」
颯は少し怒っているように見えた。
「すみません……でもいずれあなたが東雲さんの担当になった理由が分かると思います」
明言は避けておきたかった。なぜなら颯が自分自身の気持ちで美咲のことを意識しなければ条件は揃わないから。
「もちろん幼馴染、同じ高校に通う友達として接してはいけません。赤の他人を装い、出来ることなら颯さんであることがバレないようにして下さい。そんなこと出来るのか、と思いたくなる気持ちは分かりますが、暗闇の中では雰囲気を変えるだけで気付かなくなるものです。」
「あなたも知っての通り東雲さんには強い霊感があります。ですが、霊に対して恐怖を抱かない東雲さんにも怖いものがあります。それが人間です。」
「つまり今回の任務の手順はまず東雲さんが一人になるまで待ち、一人になったら先に他の三人の方を並行世界に送ります。そしてその後静かに東雲さんに近づいて彼女のことも並行世界に送ってあげてください」
私は颯が何かと引っかかっている様子なのは分かっていたが、一通り説明をこなした。ちゃんと伝わっていたのか確かめる術は無い。
「ちょっと待って」颯が言う。
「それ以前にどうして人々を並行世界に移す必要があるのでしょうか。この話をされた時からずっと分からないんです。その理由が分からないと真剣に話を聞いていられません」
そんなの私だって……。だけど今は心を鬼にして言わないと。
「……この話を無かったことにしたいんですか?」
「それは違います。……でも、」
でも、どうして美咲を対象としなければいけないんだ。でしょ?颯の訴えたいことは嫌という程理解できる。全く知らない人だったら何も考えずにできるよね。分かるよ。私だって二年前海斗を向こうに送ったんだから、それまでは別に何ともなく業務をこなせていたんだから。
「分かりますよ。その気持ち」
「えっ?」
もう監視なんてどうだっていい。ここから先はPMOの琴宮栞ではない。親友としての琴宮栞だ。
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