第18話 正体
* *
指示された場所に向かう途中、後ろに人の気配を感じていた。実を言えばあの公園から出て間もなくその気配はあった。怖かった、というのとは違うが後ろを振り返る気になれず、ずっとそのままにしていたのだった。
俺に言い渡された場所は山奥の墓地だった。どこでそんな情報が手に入ったのかは知らないがこの墓地の中に人がいるのだという。その人達が今回の対象者なのだ。時間も指定されていた。二十三時から二十四時、これがきっとその人達の滞在時間ということだ。
山奥まで歩いてふと携帯電話を見るとここが圏外区域だと気づいた。そしてもうしばらく歩くとそこには青白い光を放つ街頭がぽつんと立てられていた。所謂心霊スポットと言われる場所なのだろうなと思い、一回目の仕事がここであることを恨んだ。これではまともに任務をこなせるか怪しい。そんなことを考えていると俺の気持ちをタイミングよく汲み取ったのか、背後から足音が聞こえてきた。さっきから感じる気配と同じだった。静かに後ろを振り返る。
「うわっ……」
そこには琴宮栞がいた。
「うわ、って何ですか」
「ずっと後ろにいたんですか?」
「はい、初めての日は一応付き添うことになっています」
聞けば言葉の通り最初の任務の日は手順の説明もあるため付き添いがつくことが多いそうだ。そのため俺を推薦した琴宮栞が一緒に向かおうとした。しかし俺が背後の気配を不気味に思い、足を速めたことでなかなか追いつかず到着するまで説明することができなかったのだという。少し申し訳なくなったが納得した。
しかし俺は琴宮栞がここに来た本当の理由をまだ知らなかった。
* *
暗視スコープを着用し場所取りを済ませて少し落ち着くと琴宮栞が「今回の対象者の説明をします」と言って口を開いた。ここで俺は衝撃の事実を知ることになる。
「今回並行世界へ移動してもらうのは東雲美咲さん、遠藤莉子さん、…………の四人です。」
そしてこの仕事がランダムに振り分けられているのではないと知る。東雲美咲、彼女は栞と同じく俺の幼馴染だ。目の前の女、琴宮栞が幼馴染の栞であるかは定かではないが、美咲の名字は確かに「東雲」だった。五、六歳になる頃までそれを「ひがしぐも」と読んでいた。しかし「しののめ」という読み方の衝撃が大きく、一度それを知ってからは忘れることはなかった。だから分かる、彼女が幼馴染、そして同じ高校に通う仲であることを。他に読み上げられた三人のことは名前を聞いたことがあるだけで見たことも話したこともない。正直どうでもよかった。
「なぜ、俺が彼女を?」
「どういう意味ですか」
「俺が今しなければいけない仕事は把握しています。ですが対象者は選んでいただかないと困ります」
「すみません、よく分かりません。」
感情を込めたつもりだったが、またしても三日前みたく人工知能の自動音声のような返答をされてしまった。この女はどこまで白を切るつもりなのだろうか。
「あの、真面目に聞いてもらってもいいですか?」
さっきより強い口調で何かを感じ取ったのか、琴宮栞はやや顔を引き攣らせた。そして「すみません」と謝り「でもいずれあなたが東雲さんの担当になった理由が分かると思います」と続けた。「まあいつ分かるかはあなた次第ですが」と申し訳程度に付け加えたのを聞いて、仕方ないかと諦めた。
「ですが、もちろん幼馴染、同じ高校に通う友達として接してはいけません」
やっぱり全部知った上での配置じゃないかとツッコミを入れたくなった。
「赤の他人を装い、できることなら颯さんであることがバレないようにしてください。」
そんなこと出来るのか、と思った。
「そんなこと出来るのか、と思いたくなる気持ちは分かりますが、暗闇の中では雰囲気を変えるだけで気づかなくなるものです。タイミングも重要です。一人になって怖がっているところに接近するのかベストだと思います。」
しかし俺は知っている。美咲の霊感が強いということを。それがあるせいでいろんな奴らから肝試しに誘われていることを。つまり暗闇で一人という状況に恐怖を示すかと言われるとそうではないはずだ。
「あなたも知っての通り東雲さんには強い霊感があります。そして色々な人から肝試しに誘われ暗闇にもよく慣れています。」
なんだ、そんなことまで知ってるのか。
「ですが、霊に対して恐怖を抱かない東雲さんにも怖いものがあります。それが人間です。実際人間が背後から襲ってくる恐怖は東雲さんにとって霊の何倍も大きいでしょう。」
まあ確かにな、と納得してしまった。
「つまり今回の任務の手順はまず東雲さんが一人になるまで待ち、一人になったら先に他の三人の方を並行世界に移します。そしてその後静かに東雲さんに近づいて彼女のことも並行世界に送ってあげてください。」
「ちょっと待って」
そう、そもそも俺は根本的な疑問を解決できないままでいる。琴宮栞の作戦に異論を唱えるつもりはない。でも……
「それ以前にどうして人々を並行世界に移す必要があるのでしょうか。この話された時からずっと分からないんです。その理由が分からないと真剣に話を聞いていられません」
「この話を無かったことにしたいんですか?」
「それは違います。でも……、」
でも、どうして美咲を対象としなければいけないんだ。他の人だったら何も考えずやってたよ……。まず並行世界ってどこだ?もしそっちに移したら美咲とはもう会えないのか?だったら今すぐにでもこんな仕事やめたい。
琴宮栞は俺の「でも」の後に続く言葉を待っているようだった。しかしもちろん俺がその続きを口にすることはなかった。そんな俺をどう見たのかは知らないが数分の沈黙の末向こうがそっと口を開いた。ふと顔をみると様々な感情が入り交じっているみたいだった。それはどこか、守ってあげたくて、でも簡単には触れられなくて、解釈に苦しむ表情だった。
「分かりますよ、その気持ち」
「えっ」
これまでにない台詞で戸惑う。そうか、一応この人も俺と美咲が幼馴染だってこと知ってるもんな。
「東雲さんが並行世界に行っても、二度と会えなくなるとか存在が消えてしまうとか、そういうことはありません。なので安心はして欲しいんです。
……でもそれを知って安心できる訳じゃないということも分かります。だからあまり口出しはできませんが」
この感じ、再び昔の記憶が蘇ってくる。遠い昔、記憶の中に何重にもかけられている黒い網をくぐり抜けてやっと辿り着けるほど昔、そういえばこんなふうに話をしたっけ。声には当時ほどの暖かさは無かったが隠し切れない雰囲気が滲み出ている。
「あの、さっき俺に最初に見た時の印象を聞いてきましたよね」
「その話ですか。はい」
「あなたの言いたいことが分かった気がします」
「……というと?」
何を言い出すのかと不安げなその表情の奥には、微かな期待も含まれているように感じた。
「はじめ俺はあなたのことを以前見たことがあるような気がしていました。」
「はい」 表情は変わらない。
「しかもあなたは自分のことを琴宮栞と名乗りました。確かに俺は小さい頃、栞という名前の友達がいました。名字は琴宮。そう、あなたと全く一緒なんです。でもあなたのことを見ていると、どうもこの人は幼馴染の栞ではないと思うようになりました。じゃあどうしてあなたは第一印象を聞いてきたのでしょうか。その真意を考えましたが、結局考えられる可能性は一つだけでした。
思えばあなたが俺のことも美咲のことも知っていたのは、あなたがこの仕事をしているからではないはずです。
ずっと前から、あなたがこんなことしなければいけなくなるずっとずっと前から、きっと知っていたんですよね」
「……ずっと疑っててごめん、栞」
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