第14話 危険なゲーム
真奈が私の代わりに戸惑いを口にしてくれた。
「今美咲がここは大丈夫って言ったでしょ。だからよりスリルを味わいたいなと思ったんだけど、どう?」
「どうも何も暗いから目隠ししようってなるのがおかしいでしょ!」
ただでさえ怖がっている莉子が反論した。
「私も危ない気がするなあ。莉子は少なくともやめた方がいい」
真奈もそう言ってフォローした。
「いや、大丈夫だって。もともと全員がやるつもりはないよ。莉子なんてなおさら。私が言いたいのは美咲と私の二人が目隠しするってこと」
「え。何で勝手に巻き込まれてるの!?」
葵は自分がやるなら私も一緒にやってくれると思ったのか?霊感があれば目隠ししても歩けると思ってるのか?これは中々面倒なことになりそうだ。私は早めに断ることにした。
「私はそんなことやらないからね?そもそも霊の気配が分かっても現実の物体が気配を出してくれる訳じゃないんだから」
「お願い!じゃあ最初だけでいいから!」
「葵は何でそこまでやりたいのよ」
真奈の最もなツッコミが入る。
「さっき思いついてこれだ!って思ったんだよね。せっかく肝試しに来たんだから楽しみたいし」
理解は到底できないが葵は一度こうなると説得が難しい。せっかく最初だけでいいと妥協してくれたので仕方なく乗ってあげることにした。
「分かったよ。最初だけね」
「そうこなくっちゃ」
「美咲、大丈夫なの?」真奈はちゃんと心配してくれる。
「まあ葵がこうなると止まらないの知ってるし」
「それもそうだね」
「で、葵。どこまで目隠しで歩くのか決めよっか。あと目隠しってどういう感じでやるの?」
「莉子が美咲を、真奈が私の目を後ろから手で隠して欲しい」
「なるほどね、一応人の手で隠してもらえるなら安心感はあるけど……」
「それでゴールはあの木とかにしよっか」
葵が指した木は奥に見えるヤナギの巨木だった。
「思ったより遠いんだね」
「そう?普通に歩けば一瞬だと思うけど」
「まあ普通に歩ければいいですけどね」
こんなところでもたつく訳にもいかないので早速始めることにした。あの木を越えた後もまだ奥があるんだから。
目を塞がれると想定していた以上に平衡感覚が失われてしまい驚いた。
「美咲、勝負しよ!」
「勝負?」
「どっちが先に怖くなって目隠しをやめてもらうのか勝負!両方木まで行けたら引き分けだけど、目隠しやめてもらったらその時点でアウトね」
「何よ、その勝負。罰ゲームとかあるの?」
「あるよー。好きな人公開!」
「好きな人かあ」
私は正直負けてもいいやと思える罰ゲームだった。葵の好きな人は気になるけど、私別にいないしなぁ……
「まあいいやとりあえずやろっか」
「じゃあよーいスタート!」
声は出していいとのことだったので、こまめに誘導を仰ぎながら気楽に歩いていた。感覚的にはもう半分くらい進んでいる気がした。横から楽しそうな葵の声も聞こえる。提案してくれた葵には申し訳ないが、これは一番面白くない引き分けになるパターンだろうなと思った。
「美咲、ここ左ねー」
「はーい」
「足元ぬかるんでるから気をつけて」
「分かった」
莉子は怖がりながらも的確な指示をくれるのでやりやすかった。ただ私は未だに違和感を抱いていた。これだけいかにも肝試しということをしているのに、霊の気配がほとんど感じられない。感じるのは日常的な場面でもよくいる穏やかな霊ばかりだ。その数すらほとんど無い。明らかにおかしいが、その原因を突き止められずにいた。
しかし私の嫌な予感は的中する。最初に気付いたのは目隠しで歩く時間が長すぎることだった。もう五分を優に超えている。目で見える範囲にあった木なのにどうしてこんなに時間がかかるのだろうか。歩く速さもそこまで遅い訳じゃない。
次に葵の声が聞こえなくなってきたこと。真奈の誘導に完全に体を任せているのかもしれないが、変な感じがする。いつからか莉子の声も無くなった。
……あれ、何かおかしい?
「莉子?」
返事は無い。手の温もりはあるのに……、あっ。自分の目に触れた時、そこに手は置かれていなかった。慌てて目を開ける。すると当たり前のようにそこはただ暗闇が広がっているだけだった。徐々に目が慣れてくるとヤナギの巨木なんてとっくに通り過ぎていた。いつ莉子は手を放したのか。
「莉子!葵!真奈!」
見知らぬ場所で声を張り上げるのは勇気がいるが、それ以上に三人の行方が心配だった。ただ面白半分でどこかに隠れているならそろそろ出てきて良い頃だろう。何度呼んでも返事も足音も聞こえないということは、つまり最も恐れていたことが起きているかもしれない。あぁ、どうしてあんな軽率なことをしてしまったのだろう。葵の提案だろうと今回はきちんと却下しておくべきだった。どこかで暗い場所を甘く見ていた自分がいた。
私は暗闇の中で一人うずくまった。取り返しのつかないことになったと考えると泣きたくなった。三人とも高校で出会った最高の友達だった。色々なことを共に歩んできた三人だった。そんな三人をこんなに呆気ない形で失っていいのか……。
いや、違う。まだきっとどこかにいる。お墓の後ろとかに隠れてるんでしょ?それか三人とも怖くなって先に帰っちゃっただけでしょ?それくらいのこと全然許すから……、だから早く出てきて。早く連絡して。
まだ絶望の果てまでは落ちていない私は、気持ちを切り替えて来た道を戻ろうと決めた。どうせすぐ見つかる。立ち上がろうとした、その時だった。
カツッ、カツッ……
石の上を歩く乾いた足音が近づいてきていることに気付いた。……後ろからだ。しかし足音はたった一つだけ。三人が来た音ではなかった。莉子だけ?そう思うことにして後ろを振り返った。
「莉子、……えっ……。」
そこには確かに一人の人間がいた。ただ莉子だと思って見たその人物は莉子よりずっと背の高い見知らぬ男だった。叫びたかった。自分までも耳を痛めるほどの高音で。何とかして助けを呼びたかった。男は足を止め、私を何も言わずに見ていた。暗い場所での最大の恐怖は霊ではない。まさしく人間だ。どこにいるか分かる霊とは違い、人間の気配は感じることが出来ない。この恐怖から逃げられる足を私は全く持ち合わせていなかった。
男が近づいてくる。その歩調はこれでもかというほどゆっくりだった。……私、どうなるんだろ。目も合わせられない。足元を見るだけで精一杯だった。
私の一歩前で男は止まった。顔を見ようとしてもやっぱり怖くて駄目だ。するといきなり男は言葉を発した。
「リコ、アオイ、マナ」
……えっ?何でその名前を。
「お前の友達か」
何か言い返さないと。
「あなたは誰ですか」
「質問に答えろ。お前の友達か」
「そ、そうです……」
「そうか」
「彼女たちがどうかしたんですか」
「その三人はもうこの世界にはいない」
「は……?何勝手なこと……」
「お前もまもなく同じところへ行くことになる」
「ど、どういうこと」
なぜ男は三人の名前を知っているの?それに、もうこの世界にはいないってどういうこと?この男が殺したっていうの?でも何で……。
今更になってまとめサイトの危険度マックスの意味が分かった気がした。あの危険度が心霊的な意味とは一言も書かれていないのだから。思えば、山に入った時から感じていた違和感は霊がいないことに対してではなく霊でない何かを感じたことに対してのものだったのかもしれない。だとすれば気付くのがあまりにも遅すぎた。
「言葉のままだよ、ミサキ」
「私の名前まで……」
体が勝手に動いた。男をはねのけ墓地の出口へと向かう。しかしいとも簡単に追いつかれ、腕を掴まれてしまった。視線の先にはヤナギの巨木と、その先に入口の青白い街灯が見えた。どちらもやはり不気味なままだ。
「私を殺してどうするの」
男は何も答えずに黙ったまま私の頭に手を伸ばす。
……死ぬのか。どうせ同じところに行くならあの五人と行きたかった。私の方が一足も二足も早く行ってしまっては、次の世界で出会うことなんて無いんだろうな。男の手が私の頭に触れる。どういう仕掛けなのか、全く抵抗もできず意識が遠のいていく。最後にその私を殺そうとする男の顔を見た。
あれっ……?私はその顔はっきりと見覚えがあった。よく思い出してみれば声もそのままだったじゃないか。待って、状況が理解できないよ。
「颯。どうして……」
遂に意識は完全に無くなり私のこの世界での人生は終わりを迎えた。最後に見た男、颯の顔に涙が浮かんでいたのは気のせいだったのだろうか。
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