第11話 必然
本当にこれで正しかったのだろうか。私が無責任に引っ張ったせいで今、壱希は家に帰れなくなっている。私が最初に壱希を引っ張ることをしなければ彼の人生は今までのまま、変わり映えこそないが安泰であり続けたのではないか。
自分が大役を担ったように語るのは気が引けるが、実際は私が彼の人生をかなり変えてしまったかもしれない。ただ話したかった、そんな安直な理由が許されるのか。
加えて運悪く電車が運転見合わせとなったことで私の家に来させることになった。壱希は何を思っているのだろう。暗い中ベッドの下でわずかに動いたりする壱希の心中がなかなか察せない。その動きもしばらくするとなかなり、寝息も少しだけ聞こえたのでひとまず安心してはくれたのかなと思いホッとする。
私もそろそろ寝よう。
* * *
いつもより固い背中の感触に、そうだ俺はとんでもない状況にいるのだと改めて自覚した。人の家に入り各設備を使わせてもらった上に寝床まで用意してもらうとは何とも申し訳が立たない気持ちだった。しかもそれが女子の家ということにまだ複雑な気持ちが消えずにいた。
「おはよう」
俺より早く起きていたのか、楓の声が聞こえた。おはよう、と返し時計を確認するといつも家を出る十五分前だった。
「ここから学校までどのくらいかかるの?」
「私の家、駅から結構近いし電車に乗る時間もそこまで長くないから三十分くらいかな」
なら、いつもより少し余裕がある、ということだ。とはいっても一応急いで仕度を済ませようと心がけた。昨夜次の朝の分を買い忘れたので、時間もなく今日は朝食を抜かすことにした。何も考えない授業はエネルギー消費が少ないため意外と耐えられるものなのだ。
楓がリビングに朝食をとっている間考え事をしていた。
このままもとの世界に戻れず時間が過ぎ去ってしまうのだろうか。ただずっとここ、楓の家に居座る訳にもいかないし、線路がずっと直らなくてもどこか安住できる空間が必要だ。楓が部屋に戻ってきた後もそんな事をずっと考えていたが、時間になったので家を出た。
「ご飯食べてないの?」
「買い忘れちゃったからさ」
「言ってくれれば私の食事分けたのに!」
「流石にそこまで迷惑かけられなかったよ」
「今度は買い忘れないようにね」
「もちろん」
「なんか意外と壱希って抜けてるところあるんだね」
自分はそんなにできた人間に見えていたのかと少し驚いた。
「意外かな。全然いろいろと抜けまくってるけど」
「私の中では最初は結構理屈で押してくるタイプかと思ってた。元の世界では全てがつまらなかったって言ってたけど、それって壱希が頭良すぎるからなんじゃないかなとか考えてたの」
「まじか」
いや、違う。全てがつまらなくなかったのは俺のせいじゃない。世界が変わってしまったせいなんだ。あんな堕落した世界で何に面白さを感じろと言うのか。ただそれを今言ったところで何も変わりはしない。しかもあの世界にだってちゃんと適応した人もいるはずだ。きっと楓も上手く生きていたんだろう。俺はもとの世界でまともに生きることを諦めてしまったが、実は大衆に紛れながらも違和感を持っていた人が周りにいたのかもしれない。
俺がつまらないと決めつけていただけだったのか。
今見ると出会ったばかりだというのに、初めの時より楓の顔が大人びて見えた。
* *
「じゃあまた昼休みね。いい場所案内するからとりあえず自販機前集合で」
「いい場所?まあ楽しみにしてるね」
「それじゃ」
そう言って別れた壱希はあの日と同じ、あの日の栞と同じように私と反対側の教室棟へ向かっていた。
ただ違うのはあの時は歩いていたが、今は小走りしているということだ。それだけでどこか安心感があり、きっと昼休みも当たり前のように会えるだろうと思えた。そしてそれは何の心配もなく現実となった。昼休みになり自販機の前に向かうと既に壱希がいた。むやみに喋ることはせずアイコンタクトとジェスチャーで意思疎通しながら人目のつかないところへ移動した。
誰も見ていないことを再度確認し、外へ出る。
「え、外?」
「大丈夫、グラウンドのど真ん中で食べるとかじゃないから」
「全然見当つかないな」
「こっちだよ」
私は校舎の脇にあるあの螺旋階段を指さして進んでいった。大体この時点で予測はつきそうな気がする。
「もしかして屋上?」
「そう!」
「こうやって行くんだ」
「意外と知られてないんだよね」
少し自慢げに言ってみたが実際本当に誰も知らないのだ。壱希を連れてくるまでは二人以外の出入りを見たことがない。先生の出入りすら全くない。だからこそ秘密の場所という意識は強く他の人に見られないように階段を登った。降りる時には下に人がいないことを確かめた。今日はそんな場所に新しいメンバーを迎え入れる。
「うわっ、すご。景色綺麗だね」
「そうでしょ。もし皆が知ったら人気スポットになっちゃうよ」
お弁当を広げ壱希の並行世界に入る前の話を詳しく聞いたり、私が栞との思い出を話したりした。こういう時間がずっとでなくてもいいから、せめてあと一時間だけでも続いてほしいと思った。しかし今日はまた他の用事がある。
「あ、来た来た。こっちだよ〜」
その用事の本人がようやく到着した。壱希にはまだ何も話していなかった。
「彼はどなた?」
「西園寺海斗くんだよ。色々あってここに来てもらうことになったの。詳しくはまた後で話すから、とりあえず海斗くんから自己紹介的なのをお願いします」
「西園寺海斗って言います。この世界に違和感を抱いているのが同じだなと思ったのと楓さんと壱希くんにはるか遠く昔で会ったことがあるような気がしたので誘いに乗りました。どうぞよろしく」
「ありがとう。で、壱希も海人くんも疑問が残るとは思うからもうちょっと詳しく説明するね」
「あ、じゃあその前に……アイスブレイクでもしない?昨日やった感じで」
「そうね、やっぱりさん付け、くん付けじゃ話も進みづらいし。ってことで海斗」
「海斗」
早速二人で名前呼びに変えた。
「これは俺も返せばいいやつだね?」
「そうそう、じゃあ俺の名前から」
「壱希」
「そして?」
「楓」
そして微妙に間が流れた。
「なんだこれ」
海斗が沈黙を破り、笑いあった。海斗は結構喋る方だったのかもしれない。元の世界においては。
この世界にいると皆静かで大人しい性格にしか思えないけど楽しい一面を見れて少し安心した。
「で、どうして海斗を連れてきたの?」
「あ、そうそう。その話ね。」
こうして私は海斗をここに呼んだ経緯を説明した。と言ってもそこまでおかしな話ではない。
私が教室に入った時、それまでは誰もが色を持っておらず灰色に染まっていたのに、一人だけ色のある生徒がいた。どういうわけかその生徒のことは全く気になっておらず、突然の出来事に頭の中が少しパニックになった。朝から見ているがやはり色はある。
どうしても気になってしまい、休み時間にタイミングを見計らって話しかけた。するとその男子生徒は最初こそ警戒していたが、誠心誠意の説得に心を許してくれたようだった。人目のつかないところでいくらか話をして屋上に来てもらうことが決まった。怪しまれないようにタイミングをずらすようお願いしていたので少し遅れて登場となった。
「まあこんな流れで」
「まさか他にも同じように考えている人がいるなんて思いもしなかったな」
「俺も気づいたらこんな世界になってて、ずっと周りの雰囲気が不自然だと思ってた。でもあまりにも長く続くから、前までの楽しい世界は夢だったんだって思うようになって」
海斗は私と壱希より何倍も長くこの世界で耐えていたのだ。もしかすると最初に海斗の色が無かったのは無感情に囲まれる中で海斗自身が感情を失いかけていたからかもしれない。
「海斗は楓のことを認識してたの?」
壱希が尋ねた。
「うん、いつからかは覚えてないけど、オーラが違う人がいるなとは思ってた。他の人が全員一緒に見えるからちょっとした笑い方とか仕草とかだけで思いやりが込められているなって分かったよ」
「そんな風に言われるとちょっと照れるなぁ」
きっと海斗は私の姿を見て少しずつ生きた感情を思い出していったのだろう。これで色が見えるようになったことに説明がつく。
「それにしても海斗は結構楓のこと見てるんだね?」
壱希が会ったばかりなのに早速ちょっかいをかけ始めた。久しぶりな感覚を味わっているような海斗の表情に私は安心した。そして慣れてないいじりに戸惑う様子、それを見て笑う壱希の姿、どれも微笑ましいものだった。こんな世界でもちょっとした幸せを感じられるだけで生きるエネルギーがもらえた気がする。
しかし少しずつ私は気付き始めていた。おそらくこの二人も同じようなことを考えている。
この世界は夢でもなく、もとの世界とも異なる。じゃあ何のためにここに連れてこられた?何で自由な行き来ができない?そもそも他の人はどうして無感情なの?
ここにやってきたのは偶然ではなく必然的な出来事に違いない。必ず理由がある。そして三人が出会えたのも必然で、おそらくまだ同じ境遇の人がいて、いずれその人達とも出会うことになるんだ。
私は思ったより壮大な物語に巻き込まれてしまったのかもしれない。
昼休みがもう終わろうとしていた。
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