第10話 遭逢

 俺は現実世界と並行世界を行き来することで一種の能力を得た気分になっていたが実際はもしかすると違うのかもしれない。そう最近思い始めたのはすれ違う直前に決まって見える少女の存在を意識し始めたからだった。

 少女は俺が気付くずっと前から俺のことを見ていた様子で目を合わせると気まずそうな顔をする。初めはそうだった。しかし最近はニコッと微笑んできたり、祈るような仕草を見せたり表情の種類が増えた。何を伝えようとしているのかは分からないが気になってしまう。


 黒い電車は並行世界の目印、という俺の認識が間違えていなければ彼女は並行世界の住人なのかもしれない。そして俺が先頭車両に乗った時、彼女は俺のことを見つけ何かしらの方法で並行世界へ連れ込む。つまり俺は一人で二世界の往来をしているのではなく最初からあの少女がいないと成り立たない現象だったということだ。

 もし先頭車両に乗っていても電車のすれ違う側のドアに張り付くくらいでないと彼女は俺のことを見つけられない。今まで自然と景色を眺めるためにドア側に陣取っていたことがまさか大切な条件になっていたとは全く気づかなかった。

 ただそうなると余計気になる。あの子は誰だ?

 できることなら会ってみたい、そう思った。会える方法は思いつかないが願望だけ胸に秘めておこう。


 * *


 今度こそは絶対に引っ張りきろう。楓はそう決めて黒い電車に乗り込んだ。電車が動き出しそわそわする楓は周りの目を気にしている余裕などなかった。銀色の電車が見えるとすぐに腕を車外に伸ばし祈りを込めた。


 いつかあの子に会えるだろうか。壱希はそう思って銀の電車に乗り込んだ。正確な仕組みは不明なままだが一応少女が見つけやすいようにとすれ違う側のドアに陣取った。


 二つの電車は距離を縮め、すれ違う時が訪れた。楓は銀の電車に乗る少年と確実に目を合わせ、これからこちらに引き寄せるという意思を示した。少年からのわずかな反応を楓は感じた。そして全力で引っ張る。

 壱希は黒い電車に乗る少女とできるだけ早く目を合わせ、何か訴えてきている彼女の真意を掴もうとした。電車のドアにもっと身を寄せた。そしてその瞬間、全力で身を任せた。――

 ――ゴォォッ……


「……!」

「……!」

 二人はお互いに目を見開き、溢れ出そうな叫び声を必死に押し殺した。次の駅で降りよう、そうジェスチャーで伝え合い、並行世界の静かな空間の中で喜びを分かちあった。


 人のほとんどいない通りに入り、二人は一気に緩んだ。緊張状態にかなり疲れたため近くにベンチを探しそこに座った。


「あ、あの……初めまして」

「あ、どうも初めまして」

「色々とお互い聞きたいこと言いたいことあると思いますが、とりあえず自己紹介でもしますか……?」

「そうですね。僕は有馬壱希といいます。一応年齢は十八で今高校三年生です。」

「あ、高三なんですね。私も同い年です。名前は夢咲楓といいます。どうぞよろしくお願いします。」

「夢咲ってなかなか珍しい苗字ですね」

「よく聞き直されたりします。なんでも全国に十人くらいしかいないとか……」

「そんなに少ないんですか?なんか折角貴重な苗字なのに言うのもはばかられますけど、楓の方で呼んでもいいですか」

「全然大丈夫ですよ。多分そっちの方が私も反応しやすいですし」

「僕の方は有馬でも壱希でもどっちでも大丈夫なので」

「じゃあ下の名前で合わせましょうか。壱希って呼びますね」

「了解です」

 壱希と楓は人が通る毎に間隔を空けて座り直しお互いに無関心であるかのように振る舞った。

「壱希さん。そろそろ次の話題移りますか。あとどうせ同い年なんですからタメにしません?」

「たしかに今ここで改まる意味無いですね」

「じゃあ壱希。早速この世界のことについて色々共有しよ」

「分かった楓。じゃあまずは俺から話すよ」

 そう言い合って二人はおかしくなって笑った。

「一人称俺だったのね」

「僕はさすがになー」

 そして本題に入る。


「俺は適当に人生送ってたんだよね。何でもつまらなく感じてきちゃって中身のない日々を過ごしていた。でもある日、電車の先頭車両に乗ったら黒い電車が近づいてきたから、見慣れない色だなって思いながらじっくり見てた。まあその前に事件があったりもしたんだけど、すれ違う時にいつもよりずっと大きな音が鳴って次の瞬間には静かな空間にいたって感じかな」

「あ、待って?もともとこの世界にいたんじゃなくて?」

「いや、二つの世界を行き来してたよ」

「私は色々あってこの変な世界に来てからずっとこっちにいたままなの」

「てことはやっぱり俺をこの世界に連れて来たのは楓?」

「そんなつもりは無かったんだけどそういうことになるかもね。ちょっと待って、そんな重大なことしてたんだ!無責任に引っ張ってごめんね……」

「引っ張る?」

「あ、そっか。知ってるはずないよね。あのね、すごくおかしな話だとは自覚してるんだけど誤解を恐れず言うね。私、自分の腕を壁とか無視して伸ばすことができるの」

「え?」

「ほんとこの言葉の通りだよ。だからすれ違う電車に乗ってる壱希のところまで腕を伸ばして壱希の腕を掴む。それから頑張ってこっちに引き込んで同じ電車に乗る。そういう流れかな」

「つまり俺も電車のドアとかそういうのを貫通して移動してきたってことか」

「うん」

「すごいことだな。ていうか力強すぎじゃない?」

「自分でも驚くくらいなの。大丈夫殴ったりしないから」

 楓は冗談めいて笑った。

「その腕で殴られるとか想像しただけで怖いな」

「ちょっとやってみる?」

 楓がそう言い始めたので壱希はほんとにダメだから!と慌てて距離をとる。すっかり的を得た楓はわざとらしく手で拳を作り、ニヤニヤしながら壱希の方へ向けた。壱希も思わず頬が緩んでしまい、またお互い笑い合った。


「とりあえず今日はもとの世界に帰ることにする。会えて楽しかったよ。ありがとう楓。」

「こちらこそありがとう。また先頭車両乗ってくれればこっちの世界に引っ張るから」

「ちゃんと引っ張りきってよね?」

「分かってる。そういえばどうやってもとの世界戻るの?」

「普通に電車に乗るとまた黒い電車がやってくるんだよ。それですれ違った瞬間もとの世界に戻る。ただ戻る時は楓の姿は見えない。だからもしかすると並行世界に入るのは誰かの協力が無いと出来ないけど、戻るのは自分だけでできるかもしれない。詳しい仕組みは全然解明できないけどね」

「なんか不思議な現象だね。私なんてどうやってももとの世界に戻れないっていうのに」

「じゃあ駅に行くんだよね。よければそこまで送っていくよ」

「わざわざありがとう」

 駅までの道のりで二人はちょっとした謎を解決し合った。電車がすれ違う瞬間それぞれが考えていたことも共有した。楓は人間が全て灰色に見えていて壱希だけ色のあるように見えていることも話し、壱希は見えている色を楓に説明してあげたりした。そして二人は駅に着いた。


 しかし駅の様子はいつもと異なっているようだった。

「ねえ壱希が帰る方向の電車運転見合わせだって」

「ほんとだ」

「線路破損の為、運転再開の目処は立っていません、って書いてある」

「うわあ、困ったな……これじゃ帰れない」

「だいぶ厳しい状況だね」

「一晩だけならまだ適当に時間潰せたけど、これが復旧見込みなしだと本当に厳しいな」

「親も心配するじゃない?」

「まあそれに関しては皆冷たいし大丈夫なんだろうけど、」壱希は薄ら笑いをして続ける。

「それより過ごす場所が無いのは長引くと大変かもしれない」

 二人は黙ってしまった。どうにかする方法は無いかと考えるが思い付かず呆然として駅の天井を見上げた。


「なんかものすごく言いづらいんだけどさ、私の家来る?もうそれくらいしか方法思い当たらなくて……」

 少しの沈黙の末、楓はそう言った。

「それは……えーと大丈夫なのか?」

「私は仕方ないかなって思ってる。でも他に良い方法があれば聞きたい。やっぱり初対面の人の家行くのは普通嫌だろうし」

「いや、俺はいいんだけどさ、むしろ心から有難いことだなって思ってる。だけどこの俺が女子の家に入ることが許されるのかって話よ」

「まああんまり片付いてないから躊躇はするけど、この状況でそんなこと気にしても仕方ないじゃん?」

「じゃあ本当にいいの?」

「うん、いいよ」

「分かった。それならしばらくお世話になります。よろしくお願いいたします。」

「そんな改まらないで」

 楓は笑みを浮かべて、こっちだよと指さして歩き出した。これからは電車が復旧するまで壱希も楓の家から学校に通うこととなる。


 二人は楓宅に到着し何の出迎えもされずに家の中に入った。楓の分はご飯が用意されるが、壱希はコンビニでパンとおにぎりを買い楓の部屋で食べた。

「楓の家族もやっぱりこんな感じなんだね」

「うん、家族って何なんだろって思っちゃうよ」

 ご飯を食べ終わりシャワーを浴びるとすることもなくなりこれからのことを少し話し合いもう寝ることにした。

「そういえば俺たち同じ学校だったのに何で楓は俺に気づかなかったの?」

「これまでの並行世界での学校生活で、ってこと?」

「そう」

「んー、何でだろう。けど色のある人いなかったんだよね」

「じゃあ違うクラスだったのかな」

「でも一応学校の教室は全部見て回ったんだよ」

「もしかしたらその時の俺は色が無かったのかもしれない」

「たしかに。まあ正直よく分からないや。明日行ったら色のある人がいる可能性もあるし。」

「そうだね」

 そう交わして、もう寝ようかという話になった。

 楓はいつも通りベッドで、壱希は床に簡易的な寝床を作って寝ることにした。

 おやすみ、とお互い言って消灯した。

 時刻はまだ十時になった頃だった。

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