Chapter3 夢に咲く出逢い

第9話 並行世界

 栞を追いかけ何とか腕を掴み私の方に引っ張って一緒に落ちた。それから栞だけは生きていて欲しいと私がクッションになるようにしたはずだ。そこまでは記憶している。しかしその後のことはよく分からないまま意識が無くなった。死後の世界という心地は全くしない。しばらく目を瞑っていたせいであまりに眩しく目がなかなか開けられなかった。


 ここはどこだろう

 目よりも先に耳が慣れてきて、周りの人の足音が聞こえるようになった。しかし足音だけで会話の声は一切聞こえてこない。身体も神経が末端に伸びていくように段々と動かせるようになったので手で両目を押さえ少しずつ目を慣らしながら開けていった。

 完全に目を開けた時眼前に広がる思わぬ光景に戸惑いを隠すことができなかった。

 私は今街中の大きな広場のベンチに座っている。ベンチにはぽつぽつ人が座っており私は寝ているだけと思われていただろう。しかしそんなことは関係なく明らかにおかしな視界が広がっていた。


 皆、全身が灰色になっている。


 最初はまだ目が慣れていないだけだと思っていたが、段々この異変をしっかり感じるようになった。建物や植物含め人間以外の景観に関しては色彩が通常運転している。しかし何故か人間だけが灰色で雑に作られたゲームの世界のような心地がした。どうやら身につけているものも全て灰色になっているようだ。

 ……あれ?

 どういうわけか私の体は普通の色彩だった。何度も見比べるが確かに私だけ色があった。これじゃ本当にゲームの主人公みたいじゃないか、そう思ったが周りが私のことを執拗に見てくる訳でもない。そうか、他の人からは私を含め全員にしっかり色があるように見えているんだと認識する。人の服の色が見れないのは残念でこんなふうに見えてしまう理由を早く突き止めたかった。眼科にでもかかろうかと思ったが億劫でやはりやめた。とりあえず家に帰ろう。幸い、ここは何度か来たことのある広場だったのでスムーズに帰れるだろう。駅に向かって歩き始めた。


 駅に向かう途中でも通行人は一様に灰色だった。どんなに周りを見渡しても色のある人は見つからず、脇見ばかりしていたので他の人にぶつかりそうになった。慌ててバランスを崩し一人で派手に転んでしまった。

 ダサいな〜、こんなのを大勢の人の前で見せることになるなんて恥ずかしすぎる。

 しばらく顔を上げられずにいた。しかし少し顔を上げると思ってもみない状況があった。

 誰も転んだ私のことを見ていないのだ。むしろ無関心を越えて「早く立ち上がれよ。邪魔だよ」とでも言っているようだった。

 うわっ……。自分の膝を見ると少し深めに傷が残っており、血もしばらく止まらないくらいの勢いで流れている。しまった、絆創膏もティッシュも何も持っていない。まあもとを辿れば家を急いで飛び出たのだから持っているはずもないのだが。ただそれでもハンカチだけはポケットに入っていたので近くの水道で軽く洗いハンカチで拭き、それで縛った。今できることはこのくらいしかない。

 こんなに酷い傷なのに通行人は誰も声をかけてくれず切なかった。彼らは勿論皆灰色の身体をしていた。

 ねえ、さすがに冷たすぎない!?

 心の中で叫ぶ。人が灰色に見えなかった時は街中で声をかけてくれたではないか。地面に腰を預けながら見上げる灰色の人間達はどうも気に食わなかったし、ずっと座り込む自分が悔しくなってきた。どうしようもないから何とか立ち上がり、ハンカチで縛った止血部を気にしつつ歩き始めた。


 駅に着きホームに上ると電車の車体が真っ黒に塗られていてかなり新鮮な感じがした。行き先を確かめ恐る恐る乗り込む。電車の中でもまた灰色の人間が空間を埋めつくしていた。やはり不気味でならない。


 栞を守るため飛び降りた直後、強制的に連れてこられたこの灰色人間に埋め尽くされた世界、私はここを並行世界と呼ぶことにした。実際もとの世界と並行している世界なのか、あるいは全く別の世界なのか、もしやすると全て扮装で作り上げられた世界なのか、全く分からない。線引きは難しいが、いつからか死後の世界にいるという可能性と捨てていなかった。でも何となく並行世界の響きに憧れを持っていたためそうした。


 並行世界に特有の黒い電車。車内は単調な灰色が広がっているので外を見ることにした。すれ違う電車全てが黒い電車で変わり映えなくつまらなかった。しかし次の瞬間、前から銀色の車体をした電車が向かってくるのが見えた。ほんの少し心が踊り窓に張り付く。

 するとさらに驚きのことが起きた。よく見ると銀色の電車の中に色のある少年がいたのだ。かなり心が踊りもっとよく見ようとしたところ自分の腕が車外にすり抜けて出た。

 これだ!

 咄嗟に思い付き自分の腕だけを電車の外に存分に伸ばし銀色の電車とのすれ違いを待った。

 自分より小さい子だろうと思っていたが、近づくに連れて意外と身長が高いことに気付いた。顔付きを見ても同い年くらいのように思えてきて触れようとしていたのを若干躊躇った。

 しかし色のある人間に出会ったのは初めてで、もしかするともう会えないかもしれなかった。せっかくだから話してみたいと思った。彼もこの並行世界で苦しんで生きている可能性がある。

 ついにすれ違う瞬間となった。私は存分に伸ばした腕をさらに伸ばして銀色の電車の中に入れた。私の"せっかくだから"に付き合わせてしまって罪悪感を覚えたが、意を決して唯一色のある彼の腕を掴む。そして自分の方に全力で引っ張った。

 今更分かったことだが私は能力を使って何かを引っ張る時、もとの何倍もの力を発揮している。栞を重力に逆らって引っ張る時も、今彼を向こうの電車から引っ張る時も有り得ない力を出していた。使っている自分自身でもどういう仕掛けなのか分からないまま、使いこなせている気になった。


 ところで掴んだ少年の手はいつの間にか離れていた。結果的に彼がどこに行ったのか分からず、掴んだその感触だけがずっと手に残り続けた。


 帰宅後灰色になっている家族を見て案外すんなり受け入れた自分がいることに少し驚いた。灰色となった親、兄弟は勿論冷たい表情をしており感情が無くなったようだった。寂しかったがどうすることもできずただ精一杯不自然のないように演じていた。


 翌日、曜日を確認すると平日だったので、並行世界でも普通に学校あるのかな、とか思いながら電車を乗り継ぎ向かった。

 学校までの道中も学校も帰り道も基本的に人間は冷たい雰囲気で、決まって全身が灰色だった。これまで仲良くしてくれていた友達でさえ、私に一瞥も投げず一人で勉強をしていた。少し話しかけても軽く流され話を無理やり切られてしまった。

 この生活に慣れるのはまだ時間がかかりそうだ。


 帰り道、例のごとく黒い電車に乗り込んだ。変に何も考えずただ外の景色を眺めていた。この辺は他より繁栄していてすれ違う電車の数が多い。しかしそれが全て黒の車体だと何か不気味な印象を与える。気持ち悪い例えだが線路上に特大のゴキブリが多数発生しているようだった。

 だからこそ再び銀の電車が現れた時は本当に特別な感じがした。しかもよく見れば色のある少年がまた乗っているではないか。気付けば昨日同様腕を伸ばし彼の腕を掴む準備をしていた。電車と電車が一メートルを切るほど接近する、その最も距離が縮まる瞬間、私は色彩少年の腕を掴みこちらに引き寄せた。

 私の乗っているこの車内にまで引っ張れば目標達成。そう思って引いた。しかし昨日と同じく引っ張りきる前に何故か彼の腕は離れてしまった。再び彼を見失ったのだった。


 その後もほぼ毎日銀色の電車から彼を引っ張ろうと試みた。しかしこちらの車内に引き込む前にどこかで手が離れてしまう。理由は分からないが引っ張る途中で私の能力が途切れてしまうことが大まかな原因であると予測した。でもどうすればいいんだろう。そもそも途中で腕を離された彼はどこに行くのだろう。まさか線路に落ちる訳もないが、こればかりは予測のつけようがなかった。ただ回を重ねる毎に引っ張る距離が長くなってきている実感はあった。決して不可能なことではないと希望を持つことができた。

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