第2話 えんじょう
「なに、コレ……?」
さっきまでは、間違いなく我が家の台所だったのだ。振り向けば、すぐそこにシステムキッチンの作業台があったのに。
今や床は板張りから石造りに変わり、システムキッチンの代わりに薄暗い通路が伸びている。
通路、と言っても結構広い。普通の車道と同じぐらいの幅だ。
そして通路の先、数メートルより向こうは真っ暗で何があるのか伺い知れない。まさしく、RPGのダンジョンって感じだ。
呆然としていると、周囲がさらに暗くなる。開きっぱなしだった冷蔵庫の照明が切れたのだ。
一回閉じてまた開くが、照明はつかない。いつものうっすらうなるような音もない。ダンジョン内には普通電気は来ていないし、電気がないと冷蔵庫は動かない。
「チョコがっ‼︎」
卵や牛乳より、冷凍庫の中のダッツより、今はスライムチョコのが大事。
箱ごと取り出して、無事を確認。よくよく考えると、周りの気温もひんやりしてるので、溶ける心配はないかも。でも、この冷蔵庫に入れっぱなしにする訳にはいかない。
「まずは、チョコを持って家まで帰って、寝ること、よし!」
口に出してとりあえずの目標を確認。じゃあ、そのためにどうするのか。私が今いる所は通路の曲がり角で、前と右に道がある。
台所がいきなりダンジョンになったんだから、通路からいきなり家に戻ったりしないかな。
そんな淡い期待を胸に、とりあえず前の方に進んでみる。スリッパがペトペトとちょっと情けない音をたてる。割と道幅が広いのがまた不安を煽ってくる。
しばらく進んでも、前方は暗いまま。後ろを振り返ると、スタート地点の曲がり角も闇の向こうに隠れて見えなくなっていた。
離れて大丈夫なのかな、戻って待ってた方が賢いかも。そんな弱気を振り払って、前に向き直ったその瞬間。
少し先の地面に、粘りのある液体があるのが見えた。
ちがう!
ある、じゃない。いる、だ。
風もないのに、液の表面がゆらぐ。
モンスターだ、と何故か分かった。
私は目を離さないまま、かかとを上げる。襲いかかってきたら、いつでも走り出せる体勢。
その瞬間、ポケットでスマホが震えた。
飛び上がるぐらいびっくりした。というか、スリッパの音がしたから本当にちょっと飛び上がってたんだと思う。
私の動きにびっくりしたのか、粘液はプルプル震えながら闇の中に消えていった。
私はポケットからスマホをひっぱり出す。通知はいつもの動画アプリから。普段のくせで動画アプリを開くと、さっき閉じたダンジョン配信の動画につながる。
動画自体の配信は終わってるみたいだけど、コメント欄に新しいコメントが入った。
木頭:そろそろ、みんなのところに配信されてるでしょ、ダンジョン。
配信者の人だ。文字だけだから分からないけど、なんかドヤ顔されてる気がする。こいつが原因か!
バンチョー:トイレに行ったら帰り道がダンジョンになってるんだけど。戻してよ!
私が思わずコメントを書き込むと、他の人たちもコメントを入れ始める。
安堂・龍:トイレに行く前の漏れよりよかったじゃねーか。漏れるまでにたどり着けるかどうか……。
監査偉人:梅田駅がダンジョンになってもうて、マジで迷子やねんけど。
狂的過積載:↑それは元から。新宿もな。
なんか冗談も混ざってる気がする。でも、私だけがこんな目に会ってる訳でもないらしい。
木頭:ちゃんと最初から「ダンジョン配信します」って言ったじゃん。なんで文句言うのさー
アストン:ちがう、そうじゃない
迷宮頭:確かに、配信されてるな、ダンジョンが。
配信ってそんな意味だっけ?
送信して配る、だから間違いではないのか。でも……
和都奈:ダンジョン配信ってのは、ダンジョンを攻略してるところを配信するものであって、ダンジョンそのものが配信されるのは誰も望んでない……そうでもない?
私の不満を代弁してくれる人がいた。
ラノベだと、現代社会だけどダンジョンがあって……って話も多いけど、自分で体験したい訳ではないんだよね。
でも、意外と乗り気な層もいるみたいで。
鷹風:チートスキルもらえるなら喜んでやるけど……生身でどうしろと。
だぱる:チートスキルか。オレはアイテムボックスでいいぞ。
Magmag:歩くたびにレベルアップするやつで頼む。
木頭:チートなんてあるわけないだろ! バグはあるかもだけど。
バグがあるのも嫌だなぁ。いや、それよりとにかく寝室に帰りたいんだけど。
バンチョー:ダンジョンから出る方法は無いの?
ばん☆ぶー:剣道部の俺氏、嬉々として竹刀を取りに行こうと思ったら既に廊下がダンジョン。
木頭:hageないように気をつけてな―
ばん☆ぶー:なんでハゲなんだよ。
迷宮頭:説明しよう! つまり『世界……
なんだか蘊蓄語りが始まったので、一旦視線を外して周りを見回す。今のところ、粘液が戻ってきたり、他の何かが近づいてきてる様子はない。
質問もスルーされてしまったし、とりあえずもうすこし歩いてみよう。
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