出立
……………
「『杖でジャックをちょいと打ちゃ、道化のハアレクインにはやがわり。』っと……。こいつは別の『まざあ・ぐうす』か。はははは」
余裕綽々と言った様子でそう笑う天出仁に、怪人は即座に飛び掛かる。その怪人の動きはヨシノリの眼で終えない電光の如き速さだった。
だが、それはぴたりと男の前の空中で静止した。
「『三級相当』てとこか。だが、イングランド北部の妖精が何故ここで顕現してるんだい?」
ヨシノリはやや落ち着いた身体をよじり、天出仁を見る。
彼は、右手で怪人の顎を掴み、怪人を持ち上げていた。先程の怪人の飛び掛かる勢いを完全に殺している。
そして、怪人が身をよじり、己を振り上げた瞬間、天出仁は何かを口ずさむ。
「やっちゃっていいよ『岡鯉チャン』」
その言葉と共に天出仁の左胸から何か光の筋のようなものがほとばしった。ヨシノリはそれをよく見ることなく、『感じ取り』その正体が『声や文字を感じさせる文章』であることを悟った。
そして、その言葉の紐が怪人に付着すると、怪人を抱き抑えるような半透明の女性がどこからともなく現れる。
その女性は色鮮やかな着物と帯を結び、髪をちょうど浮世絵で見る様に
彼女は慈愛を感じる眼差しと微笑をうかべて怪人を抱きしめ、締め上げている。
「フーン。興味深い。これほど形式化された術式構成の怨霊はここいらじゃあ、そうそう見れないぞ。ちょいと長く抑えててくれ」
そう語りながら天出仁は身動きの取れない怪人の頭に左手を突っ込み、半透明な怪人の頭の中から先程見たものと似た『言葉の紐』を引っ張り出してまじまじと見ていた。
ヨシノリは、全く状況の掴めない中で緊張感のない天出の様子を見て、徐々に落ち着きを取り戻し始める。そして、彼に事情を聴くべく身を起こし、口を開く。
「あの――」
「あっ、やっべ」
ヨシノリの言葉と同時に天出は何かに気づいたように口走り、彼はヨシノリを向く。
その少し後、怪人が何か呪詛を口にする。
『太陽神よ、牡牛の代わりに我が身を捧ぐ。燃え盛る炎をここに下賜賜ること畏み畏み申し上げる』
ヨシノリには不明な言語で行われたその呪文と同時に怪人は眩い光を放つ。
天出仁はヨシノリの前に立ち、守るように手を広げた。
『ドガァアアアン』
轟音。
思わず目を瞑ったヨシノリ。地面の揺れが収まった後、彼が目を開くと、目の前にはへらへらと笑う天出仁の姿があった。
「ごめんねー。家に土足で不法侵入した上に爆発にまで巻き込んじゃってさ……。ええと、名前は……」
天出仁は何事もなかったかのようにそう言って、ヨシノリに手を差し伸べる。爆発後の黒煙が立ち上り、彼の背後には破損した床が見える。爆発は確かにあり、それも至近距離では無事で済まされない威力のものがあったことがうかがえる
。
「た、只野修典……。あんた、天出仁か……?」
ヨシノリの頭は妙に冴えていた。非現実的事象の応酬の中でも訊くべき疑問を口走っていたのだ。
「その通り、古僧會の僧侶か、魔界府秘匿課の役人たちにでも聞いたのかな? それとも大穴の隠者の薔薇エージェントか……。まあ何はともあれ、ご無事で何より」
軽々とそう言って天出仁はヨシノリの肩を叩く。だが、彼は警戒し後ずさりと共に天出に質問を投げかける。
「役人の連中があんたを探していた。まるで犯罪者を捜索するみたいに」
天出仁のにやけた顔は変わらない。
「ああ、『秘匿課』と会ったんだ。はっはっは。指名手配なんてされるもんじゃないよねー。でも手配度がいつまで経っても下がらないからしょうがない」
「指名手配?」
ヨシノリはいつでも逃げられるように更に態勢を前傾にするが、本人でも無意味な行為だとは理解する。目の前に居る男は先程見た通り目にも留まらぬ速さの怪人に簡単に対応できる『力』があるのだ。
「ああ、そうねー。犯罪者……。でもさ、君ぃ、犯罪者って色々あるぜ? 例えば独裁国家なんかでは体制批判した奴は政治犯になるだろう? それと同じ、私はこの『魔術』を知ってしまったから犯罪者にされているんだよ」
「魔術?」
更に疑わしい言葉が並ぶ。しかし既にあの拝み屋を名乗る令嬢の独り言から『魔術師』という言葉を聞き及んでいることを彼は思い出す。
「そう、魔術。さっき私がやったような事も魔術。さっき君を襲ってきた『怨霊』も、魔術の一種だ……。更にこれらは学問として体系化され、分類され、日々、研究されている。『魔界』の住人。魔術師たちによって」
「魔界? 霊魂に魔術師ときたら次は悪魔か」
皮肉交じりにそう訊くと彼は笑って答える。
「占いとか非科学的って言って嫌われるタイプ? そんなんじゃダメだよ。壺を買うくらい大胆じゃないと。それに『魔界』というのはただの通称。世界各地の地図からは消され、常人には見えないような巨大な『境界』の中に住んで、それぞれが繋がる独自ネットワークを持っている。正にディープなステイトさ」
天出仁はどかりとリビングのソファに座り、脚を組んでくつろぎながら話を続ける。
「魔界って奴が厄介なのは既に国連と手を結んでいるってところだ。うーん、凄いゾルタクス。各国ごとに国内の魔界を独立した自治区として認めているほか、全世界の『魔術』に関わる秘密を守る機関が国連にしっかり存在する。隠れてコソコソ秘密を独占しているんだよ。やはりもう始まっちゃってるんだよねってコト。君も月間ムーを読み真実に目覚めよう! ハッハッハ」
真実性の確認できない、冗談交じりの陰謀論めいた話にヨシノリは流石に辟易してきて、本題に移る。
「あんたの目的はなんだ」
それを聞くと、フッと微笑み、天出仁は答える。
「手助けさ、君のね。あとは、個人的な用事があの祠にあるが、今は特に関係ない」
そう答えながら天出仁は脚を組み替え、一定のリズムで揺らしている。
ヨシノリはその理由の不明な目的を訊き、自分の状況を思い出す。
「……。手助けと言っても……。おれはこれからどうすれば……」
「そんなのは簡単さ」
天出仁はひょいと立ち上がりヨシノリの前で手を開く。
「片方は様子『見』。このまま家でジッとしてさっきの怨霊が襲ってきたら対応する。もう片方はこっちから『動』く。私と共に外に出て、協力できるものを探し、脱出方法を探る。……。この二つの道が君の前にある。さあ、どっちだい?」
ヨシノリは唐突な二択を提示され、迷う。
堅実で、確実に思える『見』。だが、ヨシノリは何もわからないこの現状を変えたいと強く感じていた。
――コイツの言うことが本当かどうか、おれが壊した祠が今のこの状況に関係あるのか確かめるためにも……。それに、もしも、元凶がおれ以外に居るのなら、文句の一つでも言ってやる……!
「『動』く。何が起きてるか、おれの眼で見たい」
「グッド! じゃあ、道すがら色々説明しようか。気分はさながら、『魔法使いの弟子』だ。『ファンタジア』の著作権保護期間は金権主義国家と違ってもう終了しているから知的財産権をガンガン利用していこうぜ!」
上機嫌な天出仁はスマホで動画を流しながら玄関へ飛び出していく。その嬉々とした様子に気圧されながら、ヨシノリは実家を後にする。
出る前、ヨシノリは一度ダイニングの方に振り向き、床に横たわる肉塊を見た。怪人に潰され血を流していた肉も、何事もなかったかのように他と同じく蠢いている。
「……いってきます」
ヨシノリはそう言って玄関を出る。
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