三人の役人

     ……………



 嵐の後のようにまたもや茫然としているヨシノリはもう何も考えられなかった。いや、考える気も起きなかった。


「修典? どうしたんだよ、こんなところで」


 聞き覚えのある声。ヨシノリが振り返るとそこには大学で同期の友人『山根一佐やまねかずさ』が居た。彼は山の近くに実家がある。


「あ、ああ、一佐か……」


 見るからに消耗した様子の友人に一佐は驚いた。撮影機材を持ったまま道に立ち尽くしている異様な光景は誰でも不審に思うだろう。


「何かあったのか?」


「ああ、なんか変な……。新興宗教か何かの集団がいてな……。他にも変な奴らが今日は多くて……」


 一佐はそのただならぬ話に顔をしかめて更に話を伺う。


「新興宗教? 変な奴ら? 大丈夫かよ、お前」


「……おれにもよくわからない。そうだ……。一佐、あっちの山奥に祠があるの知ってるか?」


「祠? 何だよ藪から棒に。……。聞いたことねえな。その辺りの道端とかにあるのとは違うのか?」


 ヨシノリはこの山周辺の道端に幾つも石の小さな柱のようなものがあったことを思い出す。由来も何も知らないが、奇妙な文様や漢字のようなものが刻まれていることを思い出すが、件の祠とは似ても似つかなかった。


「いや……。多分関係ないと思う……。でも、あの道端のヤツについてはなんか知ってんのか?」


「ウーン。まあ、随分古くからあって寺だか神社だかが定期的に整備してるってのは聞いたかな。それ以外は知らん」


 ヨシノリは再度あの祠について考えを巡らせる。


――もし、もしもあの祠が危険ヤバいモノなら……。なんで誰も知らないんだ? 


 今まで会った奴らは恐らく、この町の人間じゃない。なのにあの祠のことを知っている風だった。

 妙な話だ。おれがぶっ壊したあの祠は一体何なんだ……?


「大丈夫か?」


「え? ああ、すまん。少し考え事をしてた……。やっぱり疲れてるな。さっさと帰るよ」


「ああ、それが良いよ。とりあえずおれは帰るが、何だったら警察なり行った方が良いぞ」


「ありがとう、実害はなかったから大丈夫だ……。念のためそっちも早く帰って戸締りしとけ」


「おう」


 話している内に日も傾きかけ、黄昏時も深くなっていた。ヨシノリは機材の重みに辟易しながらも灯りのまばらな道路を駆けて行った。

 住宅街に差し掛かった頃、彼の前に一台のバンが止まり、窓を開けて女性が顔を出してきた。


「すいません、こんな時間に。ちょっといいですかね」


 見るとバンの中には三人のスーツの男女がヨシノリを見ていた。歳はヨシノリとそう変わらなさそうではあるが、全員スーツは着慣れている様子だった。何より目についたのが、助手席に座る女性。彼女は左目に眼帯をしていた。


「えっと……」


 また変な連中かと内心疑ってかかっているヨシノリが返答を考える中、話しかけてきた女性は慣れた様子で話す。


「ああ、私たちは北海道庁の文化局文化振興課ってところの職員なんですが……」


 そう言って彼女は写真付きの職員証を示す。そこには『折口レイ』の名前と『北海道庁文化局文化振興課』という所属が示されていた。また、一応乗車しているほかの者も職員証を示している。彼女はそれをしまうと話を続ける。


「私達、この地域の祠や石碑を調べているんですが、あの山奥にある祠や、この周辺の石柱について誰も知らなくて困っていたんです。何か、ご存じではないですかね。ちょっとした情報でもいいので」


 運転席の彼女は友好的な表情でそう訊いて来る。ヨシノリは祠、石柱という言葉にうんざりしつつも、答える。


「自分もあまり知りませんが……。祠は都市伝説で有名ですよ。でも土砂崩れでダメになってるかもしれないですね。石柱は、友達の話だとずいぶん昔からあるそうですが、由来は知りません。そんなとこですかね……」


――流石に役人に堂々と祠をぶっ壊したなんてのは言えない。だが、今までのコトがコトだ。この人たちが本当に役人かどうかも怪しく思えてきたぞ。


 ぎこちなく答え、疑心暗鬼になりつつあるヨシノリの様子を見て、助手席に座っている別の女性が何かに気づいた様子で身を乗り出して話しかけてくる。運転席の『折口レイ』と同じくスーツ姿で役人と思われる彼女の左目には眼帯が付けられている。


「君、そのネックレス……。それどこで手に入れたの?」


「え? アッ、これは、さっき変な人に『お守り』として押し付けられて……」


 変な人という言葉でその女性は明らかに目の色が変わる。焦りを感じる声で再び彼女はヨシノリに訊く。


「その人の名前は? 『天出仁』って言ってなかった?」


「ちょ、ちょっと、ミサキ」


 運転手の折口が少々驚きつつ諫める様に言うが助手席の女性はその言葉を聞き入れる様子はない。バンの後部座席に座る眼鏡の男性も同じく驚いた様子を見せている。

 当のヨシノリは『天出仁』という言葉でネックレスを寄越した丸サングラスの男、そして外国語訛りの謎の女性のことを思い出し、彼らが道庁の真っ当な職員ではないと直感的に感じる。


――少なくとも、あの僧侶連中と同様に何かを知っていて、何かを隠している。あの祠の秘密を……。そして、最初のアヤシイ奴とは……。仲が良いようには思えないが、こっちの人の方が……。信用できる気がする。


「丸サングラスの人でした。さっきも、『天出仁』という人を探してるらしい人に、首元にナイフを当てられて尋問されました」


 役人を名乗る三人が凍り付く。焦りのようなものが垣間見えるのをヨシノリは感じ取った。それは今までの忠告者や変人たちが見せていたものと同種のものだった。


――下手に首を突っ込んでも、おれに何ができるのかは全くわからないが……。流されるだけはムカつくからな。


 その無策な一手は吉と出るか凶と出るか。

 ミサキと呼ばれた眼帯の女性は神妙な顔つきで考え込むように黙りこくる。運転席の折口レイは慌ててヨシノリに話を伺う。


「そ、そのナイフを当てた人の容姿は?」


「スミマセン、見てません……。ただ、他にも、おれを見て妙なことを言う人が何人も、僧侶と傷だらけの男や、ドレス姿の令嬢に、さっきなんて揃いの赤い服を着た人たちに突然感謝されて……」


『ヴィーッ! ヴィーッ! ヴィーッ!』


 その時、突然車内後方から何らかの計器の電子音が鳴る。誰もがその方向を振り向く、それはバンの後部座席に居た眼鏡の長髪男性の近くから発せられていた。スーツ姿に黒いネクタイ、眼鏡の中から覗く切れ長な瞳をしきりに動かし若い男性は焦った様子で座席の隣に置いてあった妙な機械を操作する。


『ガチャガチャッダダダダダダダッ』


 大きな音と共に穴の開いた長い紙が機械から出てくる。ヨシノリはコンピューター工学の講義で一度その用紙を見た事があった。最初期のコンピューターに用いられていた、パンチカードである。


「シュウメイ……。何があったの……?」


 結果を戦々恐々と待つ折口は、焦った表情を浮かべる男性にそう訊く。


「近辺で大きな力が急速に変異する動きが観測された。山の方とは別だ。恐らく人間……」


 シュウメイと呼ばれた男の分析に、ミサキが指摘する。


「動いた方が良い。今すぐに」


 折口はすぐにヨシノリへと振り向き、話す。


「ごめんなさい。私達が優先して対処しなきゃいけない事態が起きたみたいで……。住所と名前を控えさせてください。後で先の不審人物について伺いたいので」


「ああ、はい……」


 ヨシノリは流れるまま渡された紙にペンを走らせすぐ近くの実家の住所と名前を記入した。折口らは礼を一言言うと車を直ぐに飛ばして住宅街の東へと行ってしまった。


――いつもながら結局何も分からず仕舞い……。おれだけが知らないヤバい事が起きてるのか?


 ヨシノリはもう暗くなりつつある住宅街を見回す。

 その時の彼には何か、ぞくっとするような視線が感じられた。明確な理由があるわけではない、言うなれば第六感。というよりも先の『祠』で感じたねっとりとした恐怖に近い。あの時と比べればずっと優しいが、何かに見られている様な不愉快な感触はぴったりと彼の背や顔に感じられるのだ。


――帰ろう。今すぐ。


 ぶるっと身震いした後、彼はそう一心に考えて家まで走りだした。


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