*3-2


 一学期の期末テストを何とか乗り切り、待望の夏休みがやってきた。

 待望の……っていっても、補習はあるし、塾の夏季講習もあるし、毎日が遊び!って気分にはなかなかなれない。でも来年は完全に受験生モードになっちゃうから、思いっきり遊ぶなら今年なんだよね。


 紗菜と芙美香とは、休みの後半にちょっとした旅行に行こうって計画してる。二人は天文部に入ってて、前半には夏合宿があるんだって。

 文化部で合宿って珍しいけど、山奥の観測所に泊まって観測とかするらしい。


 合宿とか、泊まりとか、ちょっと羨ましいかも……。


 だけど!

 三人での旅行を精一杯楽しみたいから、前半はひたすら勉強、勉強。

 暑い中で学校行ったり塾に通ったりするのはダルいけど、家にいてもダラダラしちゃうから。面倒なコトは時間と場所が決まってる方がいい。


 そんな風にして最初の一週間を過ごした、ある日。今日はちょっとした息抜きの日。町で一番大きな神社の、お祭りの日だ。


 夜店は出るし、花火もたくさん上がるし、神社から伸びる桜並木にはお神輿も出るし……。

 祭りの終わり、広い神社の境内では、火花をやたら吹き上げる仕掛け花火をやる。町にくり出していたお神輿が集まって、担ぎ手たちがその火花を浴びるのはちょっと幻想的で、かっこいい。


 楽しいコトの前には、少し苦労しておく方がいい。貧乏性なのか何なのか、楽しみを前にした私のくせみたいなもので、昼間はいつも以上に勉強を頑張った。

 夕方。着慣れない浴衣を何とか着付けて、ひとり家を出る。神社まではかなり距離があるけど、のんびり歩くのも気分転換だ。


 長い長い坂道を下って、遠くに神社が見えてきた。お祭り特有のざわめきが、ここまで伝わってくる。お囃子のかすかな音も、耳に飛び込んできた。


 うん、悪くはない。

 この町、好きじゃないけど、このお祭りの時だけは悪くないって思う。



*


「あれー、三穂じゃん。珍しい、ひとり?」


 たくさん並んだ出店を冷やかしながら歩いてたら、後ろから声をかけられた。


「誰……って西野? 珍しいとこで会うね」

「いつもの子たちと、一緒じゃねーの」

「紗菜? 芙美香? あの二人は天文部だから、今は合宿だよ」

「へー」


 西野にしの輝紀こうきは中学の同級生で、クラスは違うけど私と同じ結田高校に通ってる。中学の時から足がすごく速くて、あの頃も、確か今も、陸上部でがんがん走ってるはずだ。

 165センチある私よりも10センチ以上、背が高くて、顔もまあ悪くない。シンプルな短髪は清潔感があるし、性格も明るくてけっこう女の子たちには人気だったはず。

 Tシャツにハーフパンツのラフな格好も、体が引き締まってるからよく似合う。

 何となく、人の流れに合わせて二人で歩く格好になった。


「西野、陸上部だったよね。陸上は合宿とかないの」

「あったぞ、むっちゃキツイのが。朝から晩までひたすら体動かして、狭くて古い合宿所でメシ作ったりして。だけど楽しかったな」

「なんか、青春って感じだね」

「うっわ、大人モードってか回想モード。三穂は? 何かしてたの」

「夏季講習とか? あとは補習行ったりとか。全然ふつーなんですけど」

「真面目か~。って俺も来週は夏季講習行かされるわ……。お、ちょうどいいや。たこ焼き食おうぜ、たこ焼き」


 美味しそうなソースの匂いにひかれて、西野が屋台に近づく。


「たこ焼き、一つ」 西野が声をかけると、おじさんが愛想良く、出来たてのにソースとマヨネーズをかけてくれた。

「やっぱコレでしょ。腹減った~」

「体育会系だねー。今日も練習だったの?」

「合宿な。今日までっつーか、さっきまでやってた。ラストで全力出したから、今日は疲れたし腹減ったのなんのって」


 そう言って熱々のたこ焼きを頬張りながら、私にも爪楊枝を一本、渡してくれる。横からいただきまーすって1コもらって口に運ぶ。美味しい!


「美味いよな。屋台で食べると何でこんなに美味いんだろ?」

「やっぱ苦労した後に、このお祭りの雰囲気の中で食べるのがいいんじゃない?」

「だよなー。三穂は?」

「私? 運動はしてないけど、今日はいつもより勉強頑張ってきたよ。お祭り、楽しみだったし」


 今日は、ひとりって分かってたけどね。心の中でそうつぶやく。


「勉強頑張るとか! まあ言って、俺ら来年は受験生だからなあ」

「そうそう。受験、受験。あ~、目が覚めたら受験とか全部終わってて、大学生からいきなりスタートとかしないかなー」

「苦労した後にお祭りが来るのがいいんじゃねーの! 目覚めたらいきなりとか意味ね~」


 西野がそう言って、軽く笑った。

 親しい友達が呼び合うあだ名じゃなくて、高校から知り合いになった子の君付けとかさん付けでもなくて。

 名字の呼び捨て。中学校時代を一緒に過ごした、ある意味特別な呼び方。人に気をつかわせない西野の性格もあるんだろう。だけど単純に、心地よかった。

 お祭りのざわめきと、どこか日常離れした夜の桜並木。それから、お腹に響くような大きな打ち上げ花火。夜空に花が開くたび、歓声が上がる。


 今日は、夏祭りだから……。


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