2. 残り香
*2-1
私はこの町が好きじゃない。
高い山々に囲まれて、春も夏も来るのがちょっと遅くて、冬はめちゃくちゃに寒くて、人間関係が固定されてるような、この小さな町が。
幸か不幸か、この町には大学がない。だから進学は、私たちにとっては唯一にして最大のチャンス。それが分かっていたから、中学時代はとにかく勉強を頑張った。
町に一つしかない、進学校に合格すること。それだけを考えて、ひたすら悪目立ちしないように、無難に人間関係をこなしながら。
それが2年前。願いは(いや少しは努力も)実って、希望通り今の学校に進学することができた。
ようやくコレで、第一段階。次は高校の3年間をきっちりこなして、誰にも文句は言わせず、大手を振って大学に進学すること。
私は目標を定めた。それからもう一つ。
小学校。小さな学区で、クラスは2つ。
中学校。隣町の学区と合わせて、クラスは3つ。
誰とどんな風に過ごすか、人間関係を自分で作ることはほぼ不可能だった。
だけど高校は自分で選んで通う場所だ。周りの人たちもそれは一緒。
ここから。自分の思い描いた高校生活に、自分で近づくことができる。
偶然の出会いなんて信じない。
幼なじみとの変わらない友情なんて、もっと信じない。
春日紗菜とは席が隣どうしになったのをきっかけに、仲良くなった。席替えは何回かあったけど、自分から積極的に話しかけて、それ以上に関わろうと思ったのは紗菜だけ。
紗菜は人当たりが良くて、1つのグループでがちがちに固まるタイプでもなかったから、何よりかわいらしい雰囲気でみんなに好かれてたから、友達になりたいと思った。
紗菜と仲良くなった後で、松井芙美香が加わった。芙美香と紗菜は同じ町の出身だけど、それまでは特に付き合いがあったわけじゃないらしい。
紗菜と私が友達になって、そこに話しかけてくる子も何人かいたけど、芙美香は私とも、紗菜とも違う個性の持ち主で、この3人ならバランスもばっちりと感じた。だから芙美香を歓迎した。
自分の持っているモノと持っていないモノに囚われて、優越感や劣等感を覚えることも、それが原因で起こる「もめ事」も、もうたくさん。だから私は注意深く、慎重に、自分のありたいと思う高校生活をイメージして、それに合った仲間を選んだ。それなのに――。
今、私はずっと縁の切れなかった幼なじみ、古萩未玲と帰り道を歩いている。未玲に頼まれて、芙美香から未玲のノートを返してもらった。たったそれだけの理由で。
*
「ねぇ未玲、いつもは放課後どうしてるの?」
「うーん、そうだなあ。半分は部活であとは普通に帰ってるかなあ」
さっきはあんなに必死の表情だったのに、二人で歩いている時の未玲はやけにのんびりとしている。口調も、どこかリラックスしてるみたいだ。
「えっ部活? 未玲、部活入ってたっけ?」
「……文芸部」
ぽつり。ちょっと恥ずかしそうに未玲はそう言った。
部員が多く、活動時間もきっちり決まってる運動部と違って、文化部はやたら数がいっぱいあって、何をしてるか分からない様な部も多い。
まあ私も何個かかけ持ちで入ってて、ほとんど幽霊部員で何部かも忘れちゃってるけど。それにしても文芸部だって。初めて聞いた。ホント、未玲っぽくて……。
「ウケルね」
「そう言われると思った」
「なに、放課後にポエムとか書いたりしてるの?」
「詩を書いてる子もいるよ。私は、読む方が多いかな。少しだけ、小説を書いたりもするけど……」
「マジで。信じらんない」
「でも由貴子ちゃんも本、好きでしょ?」
不意の一言。それから未玲と目が合った。
個性のないショートボブ。ちょっと下がり気味の眉。色素が薄くて、茶色に近い瞳。いつもはにかんでる様な唇。
昔から知ってる未玲。中学時代は私にとって要らないモノだから、本当は離れたい存在。だけど……
「べっつにー。本好きキャラとかメリットないし」
「ふふ。メリットとか、由貴子ちゃんらしい」
まともに会話を交わしたのなんて、何ヶ月ぶりなのに。出てくる言葉は、たわいもないコトばっかりで。
――未玲、ちゃんと普通に笑ったり話したりできるじゃん。
違和感なく話せてる自分にも、戸惑いが深くなる。
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