*1-2


「由貴子ちゃん、あのね」


 スマホを持つ手に、自然と力が入る。

 おずおずとした呼びかけ。未玲――古萩ふるはぎ 未玲みれいは、俗に言う私の幼なじみだ。


 新しい友達が呼ぶユッキじゃなくて、昔からの、大嫌いな由貴子という名前(だって古くさいじゃん)で律儀に私を呼ぶ、この学校ではたぶん唯一の存在。

 保育園も、小学校も、中学校も……それから高校まで同じクラスになった。

 数学で習った確率とかいうので計算すると、168分の1、0.595%の確率ということになるらしい。ホントにどうでもいい。

 自分と気の合う仲間と、自分の距離感で付き合う。中学校時代まではできなかった、そんな人間関係に影を落とす「幼なじみ」というままならない相手。

 私は、彼女が好きじゃない。


「何、もう帰るんだけど」


 画面から目をそらさず、不機嫌を隠しもせずに応える。


「この間、松井さんたちに貸したノート、まだ戻ってきてなくて……」


 いらっ。


「それ私に関係ある?」


 思ったままが口をついて、すごく棘のある言葉になった。



 いつからか――こんな風にしか、未玲に話せなくなった。

 子供の頃、保育園や小学校では、いつも一緒にいた気がする。ていうかずっと一緒だった。

 それから、たった3クラスしかないのに、バカな男子とバカな女子がバカみたいに騒いで大荒れだった中学校時代を必死でやり過ごすうちに、いつの間にか疎遠になった。

 そして今は――。中学のあれこれをリセットして、新しい人間関係を作っている私にとっては疎ましさを感じるようになった、そんな相手。

 真面目で、内気で、顔だって笑えばかわいいのに自信のなさからか軽く見られがち。同じクラスにいるから、見たくなくても見えてしまう。

 テスト前だけ必要とされる便利屋。ちょっと強く何かを言われると返せなくなる暗い子。かといってわが道を行くでもない中途半端。

 昔を知ってても意味がない。家が近所とか、親同士が知り合いとか、そんな関係はうんざりだ。


「由貴子ちゃん、松井さんと仲良いでしょ? もし良かったらなんだけど、ノートのこと、聞いてくれないかなって……」

「自分で言えばいいじゃん、同じクラスなんだし」


 簡単に取り返せてたら、こんな風にはなってないよね。自分の言葉が白々しくてイライラする。


「うん……。言ってはみたんだけどね……」

「いつまでに、とか、今どこにあるの、とか、はっきり聞かないからだよ。自分のノートでしょ?」

「だよね……。ごめんね」


 すごすご、しゅるしゅる。必死でかき集めた勇気がこぼれ落ちていく音が、聞こえるようだ。

 ちくり。心の何処かで罪悪感が自己主張する。私はそれに蓋をして、立ち上がった。


「話、それで終わり? もう行くから」



 兄貴みたいに大学に合格すれば。

 この町を出て独り暮らしができるようになれば。

 こんな風に私にまでないがしろにされてる幼なじみを見る必要もなくなる。

 タイムリミットまでは、あと1年と半分。必要のないモノは見なくてすむ、そうなれるまで――。


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