私は彼女が好きじゃない

黒川亜季

1. タイムリミット

*1-1

 未来は、自分の手でつかむ。

 自分の目で見て、自分の耳で聞いたことを、自分で考えて選択する。ありきたりすぎて、口に出すのは恥ずかしい。だけど私はそう心に決めている。


『私は、私自身の主人でありたい』


 どこで聞いたんだっけ。知らない誰かの言葉だけど、私はこれがけっこう気に入っている。


 親元から離れて、一人暮らしを始めること。それは一つのターニング・ポイント。

 だから私はその時を待つ。

 高校2年の夏。卒業までは、あと1年と半分。私が、この町を出るまでのタイムリミット――。


*


 私は地元が大嫌いだ。

 この小さな町、結田ゆいだ。狭くて、周りは山ばっかりで、人間関係は固定されてて、昔からの知り合いばっかりが歩いているようなこんな町。教室を見回せば、同中どころか小学校まで同じだった子がいる、そんな環境。

 友梨ゆうりのお父さんはうちの父親と同級生だったし、母親は母親で美紀みきのお母さんと同じ高校の先輩後輩だったらしい。

 生まれた場所と、親と、親戚と近所づきあい。自分で手に入れるモノとは正反対の、私の人生に付いて回るモノ。


 ああ、早く出たい。


 海が見える公園で語り合う恋人たちとか。

 都会の片隅で、偶然に出会った男女が恋に落ちて、それから別れる物語とか。

 何千もの人が行き交う駅で、たった一人を見つけ出す瞬間とか。

 本の中や画面の向こうでくり広げられるそんな光景に、私は憧れている。作り物だって、分かってる。だけど心はどうしても、そんな場所に行きたいって叫んでる。

 だから今日も私は――普通の女子、以外の説明が自分でも出てこない三穂みほ 由貴子ゆきこは――、不機嫌で塞いだ思いを持て余してる。

 ほどほどに厳しい父親と、そこそこに理解のある母親。一足先にこの町を出て、大学生ぐらしを満喫している兄。そんな普通の、普通に幸せな場所から抜け出したくて、でも無茶はできなくて、心の中だけでもがいている私だから――。



*


「ユッキ、今日どっか寄ってく?」

「いいね、つってもコンビニでお菓子買うくらいしかお金ないけど」

「何か新しいロールケーキ出たらしいよ。お姉ちゃんが超美味しいって言ってた」

「おっけー、それにしよ」


一日の授業から解放された放課後。空気の緩んだざわめきの中、高校に入ってからできた友達――松井まつい 芙美香ふみか春日かすが 紗菜さな――と、ほどほどの距離感で軽く会話を交わす。

私は徒歩通学、隣町に住んでいる芙美香と紗菜は電車通学だから、二人と一緒の時間は30分くらい。

芙美香も紗菜も家に帰って勉強はちゃんとやる子たちだから、つるむ時間もほどほど。私はそういう関係を楽しんでるし、満足もしている。


「ちょっとサナと部室に寄ってくるから、ユッキはここで待ってて」

「はいよー」


 芙美香と紗菜がぱたぱたと教室を出て行く。私はカバンを机の上に置いて、すとんと椅子に腰掛ける。


 はーっ


 思いのほか大きなため息が出てしまって、慌てて飲み込んだ。


 1年生のとき、席が隣同士になって私と紗菜が仲良くなった。

 紗菜はちょっと気分屋だけど明るくて人当たりが良く、ガーリーな雰囲気で男子にも女子にも人気がある。

 それから芙美香が入ってきて、今は3人で一緒にいることが多い。

 芙美香は気の強い美人って感じで、はっきり物を言うのでキツい時もあるけど、裏表がないから先生にも生徒にも信頼されてる。黒髪ロングのストレートに、けっこうな数の男子がときめいてるらしい。

 私は……いたって普通。性格は芙美香に近いかな。


 そんな3人が、仲良くなったころ。中学校は違ったけど同じ町に住んでることがわかって、芙美香と紗菜がぐっと仲良くなった。

 今年からは、同じ部活にも入ってるらしい。

 何も問題ないよね。

 ほどほどの距離感と、学校でのそこそこ心地よい時間。それさえあれば私は満足なんだから。

 胸の奥がざわつくのは、テストが近いせいだ。


 ポケットからスマホを出して、見るともなくメッセージをチェックする。

 ふっと背後に気配を感じて、今度は気のせいじゃない苛立ちを感じた。

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