第4話

はっ、として気が付く。



「あれ...?」


自分の手元を確認するとビジネスバックを持っていた。しかもスーツを着ている状態で家の玄関に立っていた。


どういうことだろうか。


おかしい、確か意味のわからない生き物や天使や悪魔や...


いや常識的に考えるとあっちの方がおかしいよな...


これは、あれか、仕事や学校に行くのが嫌すぎて幻覚でも見ていたのか?


だとしたら本気で笑えないぞ...


なんて思っていたら


「ちょっとまってて!」


と家の中から声が聞こえる。声の主は同棲中の彼女である。


「はいこれ、ちゃんと持っていって。当番なんだからしっかりしてよ。」


と言ってゴミ袋を渡してくる。


そうか、ゴミ捨ては俺の当番だからな。


「あ、すまん。持ってきてくれてありがとう。」


「いいんだよー、むしろいつも捨ててくれてありがとうねー。」


そう言ってニッコリと笑う彼女。


その笑顔を見て思わずこちらも微笑んでしまう。何気ないこんなやり取りで笑顔をうかべることができるのは彼女とくらいだろう。



だからだろう。頭の中がリラックスしていく。






しかし、そのせいで思考がはっきりと、鮮明になっていく。さっきまでの出来事が、現実のものだったと認識する。


そしてこの時間に感謝する。


そうだな...


これは日常的にあるやりとり。なんとなくの日々の一部。


んー、あぁそうか。


だからここは


「それじゃ、行ってきます。」


「はーい、行ってらっしゃい。頑張ってきてね。」


君の元へ戻ることを決意して「行ってらっしゃい」と言おう。


なんとなく笑い合える日に戻るため。そう心に決めて家のドアを開く。そして家を出る。






あぁ、仕事休みてぇなぁ。だるい、このままスーツを脱いでベッドにダイブしてぇ。


でも、家を出て、そして家に帰る、そんな当たり前のことをするのも俺の仕事だ。


だるいとか言ってられねーよな。


ドアが閉まっていき、彼女の姿が見えなくなりそうになっていく。


最後に一言添えたくて体の方向をドアへ向ける。


「頑張ってくるから。ご褒美に美味しいご飯でも用意しててくれ。」


聞こえているのか、そもそも夢の中だから俺の願望なのか...。ドアの隙間からギリギリ見える彼女は、俺の声に反応して微笑んでいたように見えた。





























こうして夢から覚めて、初めの出来事に繋がっていくのである。


目が覚めたばかりは情けないことに、あまりの痛みで決意や覚悟など忘れてしまっていた。



そして、コンクリートの破片を構えている手は、彼女がゴミを渡してくれた方の手。不思議と痛みを感じない。


あ、いや、ごめん、やっぱり痛てぇ。意識したらダメだ。




そして、痛みに気付けたからこそ冷静に考える。よく観察しよう、と。


相手は正体不明の相手。人間を秒殺できる力があることだけしか知らない。いくら覚悟を決めたからと言って勝てる相手ではないだろう。


幸いなことに、化け物は余裕だからなのか視界不良のためなのか、ゆっくり近づいてきている。そのおかげで未だに距離が空いている。


作戦を立てよう。どう考えてもコンクリートの破片をもった怪我人が勝てるような相手ではないのだ。


まずは周りの状況から把握しよう。


月明かりに照らされているが、砂埃が未だに収まっていないのだ。足元とその近くくらいしか鮮明に見ることが出来ない。



しかし、それだけでも確認できることはある。



「.....。」


今更何が起きても不思議では無いが、相変わらず意味不明だ。どう見ても周囲には木が生い茂っていて、森か山の中のような風景なのだ。


そこにビルの破片や電車の残骸、なんの部品か分からない近代産業によって作り出された物の数々。察するに、先程まで居た(新宿駅近くの)電車やその周辺にあった物や人間が、まとめて森の中に飛ばされた、というような有様なのであった。


本気で理解が追いつかない。しかし、そんなことで悩んでいても化け物は待ってくれないのである。


分かったことは、ここは木が生い茂るような場所で360度進行方向は自由であり、見通しが悪く、色んな残骸が転がっているため足場も悪い、ということ。


割と絶望するには充分な状況にあった。もし仮に化け物に地の利があるなら、一方的に嬲られる。その可能性が高いのだ。


とにかく砂埃が強いことは命綱だ。これを利用して後退する。恐らく、背を向けて逃げてはダメだ。反撃の意志を示し、相手に襲い掛かる際のリスクを感じさせなくてはいけないだろう。


化け物の影に対して体を向けながら、背後に視線を向けてゆっくり下がっていく。


隠れるのに調度良い場所があるのを祈りながら。



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