第5話

俺の選択は結果として最善だったのか...


それとも最悪だったのか。


程よい岩陰をみつけ、視界が悪いこともあり上手く隠れることが出来た。


しかし、化け物は俺の隠れている方向を理解しているので、距離を詰めてくる。岩陰を利用し、化け物に気付かれないよう気合を入れてコンクリートの破片を草むらに投げ込む。



ザザザザ


と草むらの中を何かが進んでいく音が響く。


化け物は警戒しながらも素早く音の方向へ走っていく。


すると


「うわっ!?なんだテメっ、ゴブッ...。」


予想外のことに男性の驚いた声が聞こえてきたのだ。と思ったら、悲鳴をあげるまもなく化け物に殺されてしまったらしい。


「っっっ....。」


内心では猛烈な罪悪感に襲われ、悪態を着きそうになる。しかし、今声を出してしまえばそれこそ男性の命が無駄になる。


自分の命を助けるための行動であり、ましてや男性が居ると知っていて石を投げたことでは無いので、必要以上に悔やむことは無い、と考える。考える、がしかし...。


考えとは裏腹に、胸部周辺にソワソワとしたような虫が這いずり回るような感覚がおそい、言い難い不快感を与えてくる。


‪”罪悪感‬‪”‬という名の、この場にとっては必要たり得ない害虫が、生きるための思考を絡めとっていく。思考を鈍くさせる。


目をつぶり、今のことを考えないよう、瞑想をする。


これは自身の中で、感情と思考に矛盾が生じた時の癖だ。


自己調整をするために、自己理解に耽る。今回は感情ではなく、思考を優先させるために。


マスクをした状態で100メートル全力疾走したような、そんな息苦しさに襲われる。それを鼻呼吸だけで、乱れた息を整えようと必死になる。


何も俺が殺した訳では無い...


落ち着け、落ち着いて、そう、俺には目指すべき目標がある。こんなことが起きて、常識が変わったのだ...。


そうだ。もっと原始的な考えをしなきゃ生き残れない。道徳心は素敵だが、ここは現代社会じゃない。現代社会ではなければ、精神や欲求の自己超越は図ることは難しい。


まさに、今がそうじゃないか。頭ではわかっているのだ。後は心に落とし込め。ゆっくりでいい。


頭に響く心臓の音をゆっくりと落ち着かせるように、俺もそれに合わせて考えを柔軟にしていこう。ここはもう既に、パニックホラーやファンタジー世界のようなものなのだ。


精神性を柔軟に変化させなくてはやっていけないのだ。


大人は子供によく言うだろ。気持ちを切り替えろ、と。それを自分も実践するだけだ。


そこまで自分の中と向き合うと、バクバクと鳴り響いていた心音が徐々に落ち着いていく。


「ハー、、、ハー、、ハー、、ハー、ハー、スゥ-。」


意識して呼吸のリズムを独特のものに変える。自身への暗示。このリズムで呼吸すれば、瞑想で思考したものは自分のモノとなる。


.......。


うっし、落ち着いた。


思考は切り替えた。次は行動を切り替える時だ。


まず、周りを確認する。化け物は既にどこかへ行った。


化け物が進んで行った方角、少し遠くのところで別の人の悲鳴が聞こえる。


これも俺の投げたものが関わっているかもしれないが、もうそんなことを気にしてもしょうがない。


すると


ドンッ!


「うぉっ!」


「きゃっ!!!いやぁーーー!!」


俺が潜んでいた岩陰に突然少女が入ってきて、俺と激突したのだ。



落ち着いた途端にこれかよ...


と思う暇もない。なぜならびっくりしたからだ。少女が人間だと認識する前に、お互いが相手をバケモノの仲間だと勘違いし、大きな声で悲鳴をあげてしまったのだ。


考えるよりも早く体が動いた。


咄嗟の判断だが、少女が俺と同じように追われてここに来たなら、今の2人の声で場所がバレてしまう。


ここを出てどうにかするしかない。


出入口として隙間は1つしかないのだ。こんな所をのぞき込まれれば、それこそ逃げ道など存在しない。


格好の獲物である。


そうならないよう岩から飛び出した。


いや、体が勝手に飛び出したのだ。生き残るために。


走り出して、直後に気付く。体がやけに重たい、と。


意識しない行動の弊害と言うべきか、おかげ、と言うべきなのか....


意図せず少女を抱き抱えて走っていた。


おい、俺よ、そんな体力と余裕なんてあるわけないだろ...






しかし、今更振り落とすのもあんまりな話である。


だが未だに悲鳴を上げて混乱している少女。


「チッ!!」


嫌な予感が的中していたのか、それとも今もなお轟いている少女の悲鳴におびき寄せられたのかは分からないが....


ザザッ


と、草木をかき分けて化け物が出てきたのだ。


それも、真後ろと言えるような距離に。


あぁ...


これは、少女を抱き抱えてしまったのは、失敗だったな...



と思いながらも、直ぐに走り始める。


生き残るために。





「ハッハッハッっっっ!ハッハッハッ!!」


呼吸法やリズムなんて気にしている暇は無い。

ひたすら全力疾走。後ろは振り向かない。いや、振り向けない。背中と首筋が、尾骶骨の周辺が、ゾゾゾゾゾゾっ、となんとも言い難い不快感を伝えてくる。恐らく本能的な恐怖。


脳みそでは無い。脊髄が‪”逃げろ!‬‪”‬と言って、ケツに火を付けてくる感覚。


化け物と至近距離で目が合ったため、全体の姿を初めて見た。


少女が悲鳴上げてるし、もう、俺も色々我慢しなくてもいいかな?


いいよね?


そろそろ俺も君と同じように悲鳴あげていいよね?


何が変わる訳でもないもの...

抱き抱えて代わりに逃げてあげてるじゃん。それくらいの自由は許してくれ。


「なんじゃありゃァァ!!クソ怖いんですけどぉぉおおおおお!!」


無理、色々落ち着かせるために、理解するために思考をめぐらせたけど、俺だって人間だ。


叫びたい時くらいある。


暗闇に光る赤い眼光を滾らせ、鋭い牙の隙間からヨダレを垂らしながら、奇っ怪な動きで素早く動く化け物。


「無理無理無理無理無理!!」

「きゃぁぁぁぁぁー!!!」


「グギョギョギョギョギョチョチョーー!!」


「なんじゃその鳴き声は、気色悪ぃィィいーー!」


「ぎぃやぁぁぁぁーー!!私が悪かったですごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、誰か助けてぇぇーー!!」


こうして、なんだか分からない化け物との壮絶な鬼ごっこが始まったのである。

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