第2話
~東京都新宿区 夜 電車~
「まもなく~、新宿~、新宿~。お出口は~右側~。」
「......。」
俺は電車のアナウンスを右から左に聞き流し、スマホを片手にゲームをして移動時間を潰す。画面にロード中、と表示されると目の前にある窓ガラスに視線を移す。そこに写った自分の姿をチラ見しながら夜とは思えないキラキラした街をなんとなく眺める。眺めてロード時間の暇を潰す。
うっすらと窓に反射した自分の姿も一緒に眺めた。
特に特徴はない。前髪を七三に分けた地味目の顔に黒縁のメガネをかけた人。そんな印象を抱く見た目である。ブサイクとも言いがたく、しかしイケメンでもない。清潔感があり、悪くない見てくれ。一般的で印象に残りにくい。
社会人であり、公務員として働いているからだ地味な見た目である。そういった見た目を求められる。最近、忙しさもあり、白髪が生えてきたことくらいしか特徴がない。
「........。」
自分の地味な姿を眺めながら、スマホに意識を向け、ロードが終わるまでの時間で考え事をする。
この世の中...
なんとなくの暇。なんとなくの暇つぶし。世の中は便利になったもので、なんとなくで時間が流れるようになった。
なんとなく仕事して、なんとなく人間関係を築いて....。なんとなくを繰り返して行く内に、いつしか、なんとなく生きていくことが大切になっている。
別に仕事が嫌だとかやりがいがない訳では無い。寧ろ好きなことを仕事にできたぶん、不幸な人より幸せなのだろう。
しかし、それでも感じる。なんとなく、ということが蔓延り、世界は巡っている、この現実に違和感を感じるのだ。
こんなことを感じているが、この世界、この国、この状況が、悪い、と思ったことは無い。
少なくとも日本は、戦争が無い、その一点で言うのであれば、平和的な国なのだ。早々に死ぬことはなく、娯楽もあり、ある程度の経済力があれば自力で職に就くことができる。そうでない人も居るが、最低限の人生を補償してくれる制度がある。これ以上を求めるのは、それこそ贅沢極まれりだろう。
こんな日本のような国があるかと思えば、明日をも分からぬ状況、戦争、貧困、これらの問題が世界には蔓延っている。それらは、俺の目が届かないところにいる。それらを何とかするために、俺ら社会人は奮闘する。1度も見た事ない他の国にいる人のために。
あぁ、分かっている。それはとても尊ぶべきことだ。しかし、違和感を覚えてしまう...。
頭では理解していて、心が拒絶しているのか、その逆であるのか...。自分でも分からない。ただ、猛烈に違和感を感じる。この感覚については、学生の頃から考えていることだが、社会人になって様々な経験をした今でも、答えが出ない。分からない。
新宿という、電車の中から見える煌びやかな街、それですら、俺の目に映る世界は、なんとなくの違和感を感じる。
「ん...。」
そんなことを考えていたら、スマホの画面がロード完了をお知らせしていた。
さぁ、イベントだ。また走らなければ。周回だ、周回だ。ゲーム内で良いアイテムを手に入れるため、再びなんとなくの時間に没頭する。この違和感から逃げるように...。
「んぁ?」
すると、画面が固まる。その直後、周囲がザワつく。
「あ?え?ん?なんだあれ?」
「えー、うそ、なになになに?」
「ホーリーシット!!」
「すごっ!」
「ちょっと、あなた、アレ見てくださいよ!」
様々な声が聞こえ始め、言葉が混ざり、やがてうるささを感じる騒音になる。
流石の俺も何だか気になり、フリーズした画面から目を離し、周囲の視線と同じ方向を向く。
「は?」
電車の窓の外からは異様な光景が広がっていた。新宿区を覆うように空にオーロラ?のようなものが広がっていた。しかし、オーロラのようになびいているのではなく、それは空に張り付いていて固定されたかのように存在している。瑠璃色、というのが正しいのだろうか。独特の色が空を覆う。
すると電車の中にアナウンスが響く。
「緊急停車っ!!緊急停車いたします!!お捕まり下さい!!」
アナウンスが流れたと思った時には、体の自由が利かなくなる。慣性の法則に従い、電車の進行方向に流される。
空中に浮きそうになる自分の体に一生懸命踏ん張りをきかせ、何が起きたのか確認するため窓の外に目を向ける。
他の乗客も同じような状況であり、中々外を確認することが叶わない。
しばらくして思う、この時に窓の外を見なければ夢で終われていたかもしれない、と。
これは後に分かることなのだが、この日、新宿区を初めとして、至る所で時空が歪み、空間が乱れ、世界の境界線のようなものが曖昧になった。
その結果、世界の法則も入り乱れ、地球はゲームのような舞台として機能することになる。
勇者が現れ、レベルや魔法、ステータス。現代の知識になぞらえると、それらのような法則が適応される世界となる。
別の世界から流入してきた法則。それが徐々に浸透していき、新しい社会を形成していく。ギルドが出来て、勇者や聖女、SSSランクスキルをもっている化け物みたいな強者が現れ、実力者たちが権力争いする。
そんな物語が紡がれる。
がしかし、この電車に乗っていた人達は違う。
この日から、俺たちはどうしようもない出来事に巻き込まれていく。命が幾つあっても足らず、世界の理が乱れる時代に生まれてしまったことを、腹の底から嘆くことになる。
これが物語だとしたら、ここで描かれるのは本編では描かれないような、俺というエキストラが観測し、紡いだ物語である。
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