1部2章 或る日の絶望

 両親の頭部が、見るも無残な有様に崩壊した自宅の、元はリビングの壁の材料だった木材の一部に突き刺さっている。


 その頭部は、揃いも揃って、眼球がない。空っぽの眼窩からは、ドロリとした血が流れている。血の色は、汚い。乾き、黒くなっている。


 鼓膜を打つのは、絶望。

 悲鳴が、断続的に聞こえてくる。

 近い遠いとハッキリわかるものもあれば、近いのか遠いのか距離感が曖昧なものもある。


 ――じゅる、じゅるる、じゅじゅ~。


 早く死んだほうが楽になれる者たちの痛い痛いという絶叫。


 ――じゅ、じゅっぱ、ずずずず。


 死というゴールテープを強制的に切らされてしまった者たちの人生最後の発声。


 ――ずじゅ、じゅずず、じゅごごご。


 構造物の虚しい断末魔。


 ――じゅじゅず、じゅず、ずずず。


 大量の慟哭と絶望に割って入るようにして、何かが何かを啜る汚い音がしている。

 打ちのめされ、光の消えた双眸を、音がするほうへ向ける。


 一体の邪使じゃしが、いた。

 タコのように無数の吸盤がついた四本の触手で、両親の頭部と、両親の首なし死体を抱え、ラバーカップのカップ部分のような口で吸い付いている。


 頭部の断面と、首なし死体の断面に、一つしかない口をちゅぱちゅぱと付けている。

 吸引しているのだ。両親の髄液を、脂肪を、血液を、喰っているのだ。


 どさり――そんな、両親が捕食される様を眺めていた少年の膝から力が抜ける。

 どうして? どうして、こんなことになった。

 つい二時間ほど前までは、今日だって昨日と変わらない日常だったのに。


 ハンバーグを、食べるはずだった。

 幼少の頃から通っている格闘術の道場から、少年は全力で走って帰ってきたんだ。家を出るときに母親から「晩ご飯はハンバーグだよ」と聞かされていたから、楽しみで。


 でも、出迎えてくれたのは、母親の笑顔でも、大好物の匂いでもなかった。

 それどころか、住み慣れた家に「ただいま~」と言いながら入ることもできなかった。


 待ち受けていたのは、悲劇。

 邪使がこの世に現れてからというもの、どこでも起きうる、ありきたりな悲劇だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る