1部2章 新たなる邪の産声
遥か古の時代、この世界を管理していた四神の一柱である【
手入れする者がいなくなった長い時を経て、ボロボロに風化してしまった墓標に囲われている地面に、赤黒い花が咲いた。花弁も、茎も、葉も、すべて同じ赤と黒の混合色。
その花を中心に、地面を彩る、赤と黒の無数の網目。
網目は、根であるけれど実体はない。怪しい光で創られた形なきもの。
どくん、と脈打つように、光が強くなった。
どくん、どくん、どくん――
光が繰り返す強弱は、まるで脈打っているかのよう。
否。脈打つかのように、ではなく、事実だ。
光の強弱の反復に比例して、花はぐんぐんと成長しているのだから。
繰り返される、脈動。
合わせて成長していく、赤黒い花。
やがて花は、五メートルほどの大きさまで大きくなった。
細かく重なりあっていて一枚一枚を数えられない花弁も、比例して巨大だ。
「――ねえ、どうして?」
不意に、声がした。
いつの間にか、花に重なるようにして、一人の女性がいる。
花も、女性も、半透明の赤と黒で。
どちらもが、実体のないものだとわかる。
どちらもが、この世の理に反した、幻想の存在だとわかる。
「――ねえ、××! ずっと一緒に生きていこうって約束したじゃない!」
跪いている女性が、髪を振り乱して叫ぶ。
よほどの心痛なのか、ほとんど半狂乱だ。
「――嫌、嫌よ、あなたが世界のために人間をやめるなんて、認めない!」
両手で顔を覆う女性。
泣いているようだ。
慟哭と、絶望に、襲われているようだ。
「――あぁ、そう」
両手が顔から離れ、だらりと身体の横に垂れる。
声はそれまでと違って小さかったけれど、決して弱くはなっていなかった。
むしろ、鋭さは増していた。
「――もう一度、あなたに会う方法は、世界を壊すことなのね」
呟きは、呪いか。
女性の口元が、笑みに歪む。
「――なら、壊すわ。絶対、絶対に壊して、もう一度、あなたと一緒に!」
女性がまた声を大にして吠えた、その瞬間。
花の雄しべと雌しべが震え合った。
子房に縦の亀裂が生じる。
と、その亀裂の奥から、ずしゅっと勢いよく何かが出てきた。
二本の棒に見えたソレは、二本の腕だった。
赤黒い、腕だった。
人間と同じ、五本ずつある指が、亀裂の縁を掴み、ぐあっと左右に広げる。
拡張された亀裂は、ぽっかりと開いた入口だ。
ずちゅずちゅずちゅと、顔をしかめたくなる嫌な水音を上げながら、ソレは出てきた。
もはや誰も参ることのない、死者すら死んでしまったのではないかと思えるほどの寂れた哀しい墓地に、ソレが立つ。
花と女性の幻想が消えた。
「さあ、偉大なるカア様のためにぃ~~~、ミ・ナ・ゴ・ロ・シ!」
それは、世界を殺すための産声。
全身隈なく赤黒い人型のソレは、高笑いを浮かべながら跳び上がった。
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