1部1章 無力の戦場7

「じゃ、いっちょ倒してくるよ……つらかったら、目を逸らしててね」


 闘司に背を向け、少し離れた咲冴は、身体の正面を左側に向ける。

 カノジョの見据える先には、あの子がいる。

 左目だけを器用に閉じた咲冴が、深く、勢いよく、息を吸い――


「魔眼っ、発動!」


 ――一気に言い放ち、カッと左目を力強く開いた。


 左目が変化する。

 白目だった部分が、どこかの風景を映すものに変わる。

 そして黒い瞳に、純白の線で描かれた紋章が浮かんだ。

 魔眼が発動された。


 続けて、変化が起きたのは、カノジョの正面、その空中。

 現れたのは、一般的な規格のマンホールと同じ大きさの、紋章。

 瞳と同じく純白の線で描かれた紋章だ。

 

 その紋章が、変容する。

 成ったのは、鏡のようなもの。

 そこに映るのは、恋出咲冴自身。


 現実の咲冴が、もう一人の自分自身の左目に――魔眼に向け、右手を突っ込んだ。

 勢いよく引き抜かれた右手。

 そこに装着されているのは、純白の巨大ガントレット。


 大人気のロボットアニメに登場するロボットアームに引けを取らないほどの、武骨な兵器。

 邪滅隊じゃめつたいの……皇国内にいる、政府が、対邪使の機関が把握している魔眼者の中でも、最強級の破壊力を誇るとされている、咲冴の魔眼神器。


「……ああ」

 ガントレットから迸る純白の輝きから、闘司は目が離せなくなる。

「……これが、力、なんだよなぁ」


「……トージ? 大丈夫か?」


 仁太の問いを、闘司は無視する。

 ざわりと、胸の内を不快なもので撫でられた感覚。

 それは、仁太の魔眼神器を見たときに抱いたものと、同じ。


 いや。

 より強く。

 より醜く。

 より、人間臭いものだった。


 ざらざら、ざらざら、ざらざらと、不快感は増していく。

 そして今は……抑えられなかった。


「……責任、負いたいですよ、オレも……」


 咲冴が駆け出す。

 純白のガントレットは巨大で、一撃の重さも凄まじいものなのに、不思議とその重量は軽い。

 この世の理では、あり得ないこと。

 でも、あれは、魔眼神器。我らが神、アクセル神が与えてくれたとされる、神のご加護。

 特別な力なのだから、人間の知る法則を無視したところで、当然のこと。


 ドッゴォォォォォン!


 轟音が響いたのは、それからすぐのことだった。


「お~、さっすが我らが隊長さぁ~ん」

 サアラの称賛の声。

 それを聞いて、闘司はあの子……あの邪使が倒されたとわかった。


 一撃。


 なんて、呆気ない。

 咲冴にとっては、あの邪使なんてその程度の強さだったのだ。

 力を持っている者からすれば、弱っちい邪使だったのだ。


「……情けな、ほんと……」


 出会ったのが自分でなかったら、きっとあの子は救えたんだ。

 咲冴と出会えていたら、あの子は生きていられたんだ。


 嫌になる。

 憧れの人と、こうも違うのか。

 責任を負わなくていいなんて慰められるくらい、自分は無力なんだ。


「……ああ……ちく、しょ……」


 ぐらぁり。

 世界が傾いだのは、あまりに唐突だった。


「え、トージ? おい、しっかりしろ!」

 がくんと膝が崩れた闘司を、咄嗟に仁太が抱き留める。


 蓄積していたもの……疲れや痛みといったものに対する防波堤が決壊したのだ。

 霞んでいく、闘司の意識。

 少しずつ少しずつ、親友の呼びかけも遠くなっていく。

 そして――暗転。


 何も思えなくなるまで情けないと思い続け、ごめんなさいと心から謝り続けた。

 ひたすら、謝り続けた。

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