1部1章 無力の戦場2

「――だ、だぁれ?」


 不意に、舌足らずと言ってもいい、幼げな声がした。

 勢いよく、声のしたほうに……左斜め後ろに、身体を、銃口を向ける。


 子供がいた。


 つい最近、在籍している学院――【イノベント皇立灰滅専科はいめつせんか学院】でおこなった身体測定で百七十五センチジャストだった闘司の、膝くらいの身長しかない一人の子供。

 泣きじゃくっていたのか、大きく丸い双眸の白目が潤み、充血している。


 まさか! 生存者がいたなんて!

 今いるこの地区――【イノベント皇国】の主要都市のひとつ、ヤゴナ地区がハイイロの襲撃を受けていると、イノベント皇国正規軍ヤゴナ地区防衛隊から救援要請を受け、闘司たち【灰滅隊はいめつたい】が駆けつけたときには、すでに街並みは酷い有様だった。

 民家は瓦礫の山と化していて、あちこちで火災が起き、空を黒く汚していた。

 道を駆ければ、亡骸ばかり。

 五体満足、どこも欠けていないキレイな死体もあれば、頭や手などのパーツが……肉片が、血液が、脂が、当然のように散らばっていた。


 魔眼者が一人も属していない闘司たちの部隊に命じられた任務は、民間人を各地区に多数あるシェルター……ハイイロの襲撃を受けた際に人々が逃げ込むために造られた、イノベント皇国が誇る技術を結集させた、イノベント皇国内で最も頑丈な構造をもつシェルターに、一人でも多く誘導することだった。

 けれど、作戦開始からこれまで、たったの一人にも出会わなかった。

 灰滅隊が保有する専用車両から降り、割り当てられた範囲を走り出してから、たったの一人もだ。


 だから、心のどこかで、もう諦めていた。

 諦めたくないけれど、こうも会えないから、さすがに無理かと心が屈し始めていた。

 けれど、いた。

 いてくれた。

 生きていてくれた。


「大丈夫だから!」

 とにかく安心させようと思い付いた言葉をかけ、子供の許へとすぐに駆け寄る。

「もう大丈夫だから、大丈夫だからな!」

 繰り返し言いながら、傍でしゃがみ込む。幼い子供と話すときはできるだけ目線の高さを合わせてあげるんだよと、幼馴染に教えられていたことを覚えていた。

 小学生低学年か、または幼稚園か保育園に通っている年頃かと考えつつ、子供の様子を素早く観察する。

 埃や塵で白く汚れている黒髪。

 頬や額には、痛々しい擦り傷。

 破れている箇所がある、薄紫色のシャツとピンク色のスカート。

 右膝の少し上のところには、小さなガラスの破片が一つ、刺さっている。患部に血は滲んでいるが、もう乾き始めだ。


「ぅぅ、ぅぅぅぅぅ~」

 クシャッと小さな顔を歪めた子供が、涙をボロボロと流しながら抱きついてくる。

 しっかりと抱き留め、落ち着かせるように背中をゆっくり撫でながら「大丈夫、安心してくれ、大丈夫だから」と繰り返し、闘士はおんぶするために背を向ける。

「さあ、安全なところに行こうな。おんぶ、してあげる」


 悠長にしていてはいけない。

 早くシェルターに移動しなければ。

 状況は変わったのだ。

 魔眼者ではない無力な自分でも、灰滅隊の一員としてハイイロから逃げるような真似をしてたまるもんかと思っていたが、撤回しなければならない。

 状況判断。

 行動修正。

 守るべき者、救うべき者に出会ったのだから、今はシェルターにいち早く向かうべきだ。


 背中に重み。

 子供を支えるために両手を後ろに回し、装備品の一種である頑丈なグローブ越しに柔らかさを感じつつ「よっし」と立ち上がる。

「じゃあ、ちゃんと肩、掴んでるんだぞ」

 返事はなかったけれど、両肩に軽い圧迫感を受けて、闘司は駆け出した。

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