邪血魔眼――邪滅専科の子どもたち

富士なごや

1部1章 無力の戦場1

 あっ、と思った瞬間には、灰色の巨大な何かによって、仲間の頭から胸辺りまでがゴッソリと抉られた。

 右斜め前、十メートルほど離れたところを走っていた、同じ部隊の仲間。

 死んだ。

 死んでしまった。

 数分前には、必死に生き残ろうと、握手を交わした人が……。


 旅沢闘司たびさわとうじは、反射的に足を止める。

 バシャン――仲間の、肉片とか血液とか脂肪とか体液が、一つの群体となって彼の顔中に思い切りぶつかった。

 不意打ちに顔を襲った衝撃に、重心が後ろへ傾き、一歩二歩とよろけて後退したところで、下半身にグッと力を入れてどうにか体勢を立て直す。

 両目に、刺すような痛み。瞼でガードが間に合わず、人間を構成する成分の何かしらが眼球にぶち当たって、沁みている。ヒリヒリと痛み、しっかりと目を開けていられない。


「クソッ、クソッ」

 焦燥感と危機感に駆られるよう、黒いアサルトライフルを持っている両手の甲で、ぐしぐしと目を、目の周辺を擦る。それでも視神経をイジメる痛みは治まらず、良好な視界は取り戻せない。

 ドクドクと、鼓動が速くなる。

 焦りと不安が膨らんでいく。


「どこだ、どこだ、どこにいる、どこだっ!」

 アサルトライフルを構え直し、いつでも弾丸をお見舞いできるように指を引鉄に挿し込み、右に左に後ろに前に身体の正面を向け、銃口を向け……といった忙しない動作を繰り返す。

 どこだ?

 どこからヤツらは襲ってくる?

 痛む中、根性で強引にまぶたを開いたせいで涙に歪む視界に、仲間を殺した敵の姿はない。

「いるんだろ、わかってるんだよ、クソ、チクショウ、どこだ、どこだ、どこだ」

 荒く熱い息を吐きながら、身体を、銃口を、絶えず忙しなく動かす。


 ……そんなことしても、無駄だ。

 ふと、冷静な考えが芽生えた。

 ……銃なんかで、ハイイロ相手にどうなる? どうにもならないだろ?

 それは、この状況を的確に、冷たく、静かに、正しく捉えている思考。

 ……生きたいなら、早く逃げろ。逃げるしかないんだから。抗う力のない自分には。

 それは、自分の中に広く深く痛々しく根を張っている、冷え冷えとした苦しみ。

 無力という名の、絶望。


 冷静な自分に気付かされ、前後左右に銃口を振っていた動きが鈍る。

 無力。

 このアサルトライフルも、腰から提げている手榴弾の類も、身に付けている装備のありとあらゆるものが、無力。

 これでは、ヤツらを……【邪使じゃし】を殺すことはできない。

 それでも、自分が持っている物は、使える物は、人が人を殺めるために造ったこんな道具だけ。無力な銃火器だけ。それしか、今の自分は持っていない。使えない。


 自分自身が、無力だから。


 逃げるしかない。

 殺されたくなかったら、サッサと走り出すしかない。

 ……走り出せ、走り出せ、走り出せ、走り出せ。

 ……逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ。

 頭の中で言葉が繰り返される。

 命を守ろうという、本能による警報のように。

 アサルトライフルを支える手から力が抜け、銃口が緩やかに下を向いていく。


「ッ」ハッとし、奥歯を噛み締め、アサルトライフルを慌てて構え直す。

 違う、違うだろ!

 確かに、銃火器では殺せない。

 やれることも、微々たるものだ。

 ヤツらに与えてやることができるのは、弾丸の嵐だけ。

 弾がバチバチと体表にぶつかる煩わしさだけ。

 そんなものでヤツらがどうなるかといえば、バチバチの煩わしさに動きを少しでも止めてくれるくらい。

「だからなんだ、なんだってんだ……そんなの、そんなのとっくにわかってんだよ!」

 銃火器しか使えないくらい、自分が無力なことはわかっている。


 魔眼まがん

 魔眼器まがんき


 これらの特別な力がない自分のような一般隊員が戦場にいる目的は、人類の要である魔眼者まがんしゃたちを守るための肉盾になること。

 逃げ遅れた一般人たちを安全なところまで導くこと。

 決してハイイロと戦うことではない。


 でも、戦ってどうにもならないからといって、逃げていいのか?

 違う、違うだろ。


「逃げてたまるか。心まで、無力であってたまるか!」

 グリップを素早く握り直し、引鉄に触れた状態で、集中して、神経過敏に、索敵する。

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