滅邪の闢光(びゃっこう)

富士なごや

n部 愛のためだと言って護る刃 愛のためだと言って破壊する刃

「これは愛のためなのよ!」


 声高に己の愛を訴えながら、は赤黒い刃を振るった。凶刃を光らせるその剣は、刀剣の類としての性能は備えているけれど、その形に刀剣が持つ美しさはない。


 ……そう。言うならば、血管の集合体、またははらわたを型に嵌め込んで造ったようなものだ。そう説明されて、パッとイメージできる者など、本当に少ないだろうけれど。


 とにかく、その剣は、赤と黒の醜悪な、剣の美しさなど微塵もない、けれど確かに誰かを傷付けられる刃を備えた代物であると考えてくれたらいい。


「うるさい! このメンヘラババア!」


 怒声で言い返しながら、迎え撃つために振るわれたのは、純白の刃。神々しく輝くその刃は、光そのものと言ってもいい。どれほどの濃密な闇であろうと、その闇が悪意を持っているのならば払ってやる。峻烈な輝きは、そうした強さに満ち満ちていた。


 刃が激しくぶつかり合う。

 純白の刃と赤黒い刃との、まるで互いの命が摩耗していくような、せめぎ合い。


「どうしてわからないの! あなただって愛した人がいるのでしょ! その! 愛した人と! 無理矢理! 強引に! 引き裂かれた! 愛を壊された! それを許せないと思うのは当然でしょう! また! もう一度! 愛し合いたいと願うのは正しいでしょう!」


 ソレが心から吠えるのに合わせて、赤黒い刃が純白の刃をしていく。

 声に込められた感情が、あらゆる力を向上させていくように。


「確かに! アンタからすれば! 強引に別れさせられたのかもね! でも! アンタは愛した人の気持ち! 考えてないでしょ! アンタの愛した人は! 世界を救うことを選んだ! 社会を! 人々を! 邪神から守ることを選んだ! だから神になった! だったらアンタは! アンタのやることは! 愛した人の意思を尊重することだった!」


 純白の刃が、赤黒い刃を圧し返す。

 やられたらやり返すように、純白の刃にも怒鳴り声に合わせて力が乗った。


 刃の競り合い状態から、圧し合っていた力が流れて互いに体勢を崩し、尋常でない反応速度で崩れた身を立て直すと、同時にまた刃を振るった。

 ギィン!――刃と刃がぶつかり合い、弾き合う。


 すぐに純白の刃は、高く弾かれたところから勢いよく振り下ろされたけれど、空を裂くだけに終わった。敵が大きく後ろに跳んで間合いを離していたからだ。


「……うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさい! カレが世界を救うことを選んだ? 社会を、人間を守る? 違う、違う違う違う! カレは利用された! 邪神に消されたくない弱い神どもが! カレをそそのかした! そうに決まってる! だって――」


 ソレの、声に出したわけでも、何かしらの合図を出したわけでもない、けれど確かに発せられた命令に従って、どこからか赤黒い化け物が一体、現れた。


全長、二十五メートルほど。巨大ムカデのような体躯に、蛇が如き頭部が二つ付いている。鎌首をもたげていて、前面に見える、うぞうぞと生えた夥しい脚。その中からは二本、人間の腕を何十倍にも大きくしたような巨腕きょわんが突き出ている。


その巨腕が握っているのは、体躯を超えるほどの大槌。

大槌の表面は、びっしりと、無数の口で埋め尽くされている。


「――だって、カレは言ってくれた! ずっと一緒にいるって! 愛を語ってくれたのよぉぉぉぉぉおおぉぉぉおっ!」


 主の叫びで神経回路が接続されたかのように、赤黒い巨躯の化け物が動き出した。蛇の双頭をもたげたまま、巨腕で大槌を振り回しつつ這ってくる。

 もうじき、大槌の間合いに入る――そのときだった。


 飛来した純白の輝きが、赤黒い巨躯の突進を妨げるように降り注いだ。

 それは、巨大な戦斧の形をしている。


 純白の刃の持ち主の顔に、笑みが広がる。

「……ありがと……」


 背後から、何か凄まじい速さで、近づいてくる気配。

 その気配は横を通り過ぎると、巨大戦斧を巨腕で引き抜き、勢いよく赤黒い巨体に叩きつけた。赤黒い巨体が後ろに吹き飛ぶ。それを追って、純白の巨獣が飛びかかった。


 その巨獣――純白の雄ライオンのような体躯だが、二足歩行している時点でライオンではない。獣という言葉も相応しくないのだろう。しかし、雄々しい獣という表現以外、使いたくもない。

 なぜなら、ほかの言葉に言い換えるのなら……化け物という言葉以外にないから。

 異形の化け物、なんて表現は、容貌には相応しいが、その魂には相応しくないのだ。


「これが、愛だよ」純白の刃を突き付ける。「助け合い、守り合い、尊重し合うのが、愛。その人が! その人たちが! 愛したものを愛することも、愛だ! お前の! 愛した人の愛を破壊しようとする行為は! 感情は! ただの……醜悪な自慰だよバァァァカ!」


 駆け出す、純白。

 ここで絶対に――邪を滅ぼすために!


               ※


 これは、最果ての死闘。

 人類を、現世を、星を、そして――愛を守るための戦い。


 ここに至るまでには、数多の戦場があり、無数の死があった。

 いくつもの愛が生まれ、いくつもの愛が分かたれた。


 この物語は、この星の未来の礎となって散っていった者たちを悼むために、つづる。

 その哀悼の物語に相応しい序章は、何か。


 ……そう。


 あの当時、どこにでもあった数多の戦場にいた『誰よりも誰かを救うために、社会を守るために戦いたいと、力を渇望していた一人の男の存在』だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る