第18話 母を助けて!謎の少女登場!

 「ソル!ソル!!くうっ…!」


 殴り飛ばされた先の壁が崩れ落ち、瓦礫の下敷きになったソルに声をかけ続けるシエルだが、彼女は一向に返事を返す気配がない。

 リコルドはソルを吹き飛ばした後、急に攻撃を止め殴った場所から動かず、棒立ちをしている。


 「あぁ?どうしたぁ?……接続の問題かぁ?試作品だからしかたねぇかぁ」


 「試作品…?まさかこの戦いは、アイツらのモニターってわけ?ふざけんじゃないわよ!」

 《アオイ!そんな事よりも今なら、浄化技を当てられそうミラ!》

 「確かに…やっている価値はあるわね!浄化技なら傷つける心配もないし!」


 そう言うと、シエルは自らの翼を大きく広げ、その翼に周囲の空気中の元素をフェアリニウムに変換して集め始める。

 敵側は動かないリコルドに意識が向いており、素晴らしいタイミングでフェアリニウムの充填が完了した。


 「シエル・プリエール・ストロフィナンド!!」


 翼を勢いよく何度も羽搏かせ、フェアリニウムの光線をリコルドとイブニングに対して放つ。

 イブニングは放たれる直前に光で気づき、咄嗟に浄化範囲から離れた。


 「危ねぇ、危ねぇ。青いお前は隙を見せたらすぐ攻撃してくんなぁ、戦闘民族か何かかぁ?……まぁ…その光線もいつも通りになるかぁ…?」


 不敵な笑みを浮かべるイブニング。

 シエルの浄化技は動く事のないリコルドを瞬く間に包み込んでいく。

 しかし、イブニングの言葉を裏付けるかのように、リコルドの身体が浄化され闇エネルギーが剝がれていくも、浄化された先から再び首の後ろから新しい闇エネルギーがソルの母、花子を包み込んでしまう。


 「そんなっ!?」

 《首の後ろにあるって言う機械は、闇エネルギーを供給する役目があるって事ミラ!?》


 数秒間、限界まで光線を放ったが、結局リコルドを浄化しきる事は出来なかった。

 イブニングはニヤニヤしながら再びリコルドの元に飛んで、動く様に機械を弄り始めた。


 「ははっ!やっぱこれは強えぇなぁ!早いとこ動けやぁ」


 「…普通に浄化技を撃ってもダメ……物凄いパワーと厄介な実体を持っている羽の剣…やはり、あの機械を壊すしかなさそうね…」

 《ソルを起こして、協力するミラ!今なら、瓦礫をどかす隙があるミラ!》

 「そうね…ミランは、敵に注意しておいて!あたしは瓦礫をどかしてるから」

 《了解ミラ!》


 シエルはすぐさまソルの埋まったところへ飛んで行き、瓦礫をどかし始めた。

 何度も何度も、ソルに声をかけながら。


 「ソル!大丈夫?聞いて!もうやるべき事は決まったわ!首の後ろにあった機械を壊せばいいのよ!あれを壊せばきっと浄化できる!」


 「………」


 「あたしの浄化技じゃダメだった!あたしのはリコルドの全身に当てるしかできない、出力を調整とかそういうのじゃない。でも、あなたの浄化技はビームみたいな光線なんでしょ?ならできる事があるはずよ!」


 「………」


 「頑張って!ソル!あと少しなのよ!もうあとちょっとで、あなたのお母さんも、ミランのお父さんも助けられるの!頑張って!ソルが頑張ってるのはわかってる…!でも、もう少しだけ、あと少しだけ頑張って…!」


 瓦礫の間からソルの顔が見えた。目は虚ろになっており、側頭部に血は出ていないが傷がついていた。やはり、反応しきれず物理的にダメージを追ってしまっていた様だ。


 「ソル…!お願い、あたしと一緒に…戦って…っ!」


 「……でも……どうやって……」


 「それをさっき言ったでしょ!弱点はわかったんだから、今だってそれのせいでリコルドは動きを止めてる!あれを壊せれば、あれをどうにかできれば!みんな助けられるの!」


 「私には…攻撃する手段がない…攻撃できない……それじゃ機械を壊せない…」


 心が折れてしまっていたソルには、シエルのどんな言葉も響いていなかった。

 しかしシエルも、どうやったらあの機械だけを壊せるか、それについては全く思いついていなかった。

 背後からイブニングの「こんなもんかぁ…?」という声が聞こえる。ミランがそちらに注意を払ってくれてはいるが、シエル自身にもわかる。そろそろ戦闘が再開されるだろう。

 折れてしまった人の立ち直せ方など、シエルの頭の中には無かった。

 昔から思っていた事を正直に話してしまう。そして、傷つけたり怒られたり、そんな事ばかりだった。

 だが今シエルには、妖精界を救うという大義を背負うのみならず、このままでは人間界にも被害が出るだろうという予測があった。

 何なら実例のリコルドを目にした今、彼女にとって確信に変わっていた。故に、なりふり構っていられない、傷つけたとしてもどうにかソルを起こさなくてはならないと、彼女に決意させた。


 「このままじゃ、ずっとお母さんは闇のエネルギーの中なのよ!!それでいいの!?そうやって、自分の大切な人、守りたい人を何もしないで奪われても!本当に諦めちゃうの!?あたしは嫌だ!絶対に、絶対に嫌!」


 ソルの上の瓦礫を全てどかし、彼女の肩を持ってシエルは叫んだ。

 何でソルが心が折れてしまったのか、ただ母が人質にされているからだけなのか、それとも他にも事情があるのか、シエルにはわらない。わからないから、何も考えず叫んだ。

 その言葉、ソルの右手をピクリと動かした。

 そして力を段々と込め、ゆっくり…ゆっくりと立ち上がった。

 シエルも一緒にゆっくりと立ち上がる。


 「……そうだね……私も…守りたい人を助けられないままなんて…嫌だ…」


 「ご、ごめんなさいね……でも早くやりましょう、できる限り早く!そうすれば、きっと2人の親御さんの身体への負担は少ないはず!」


 「おっ、直してたらもう回復したかぁ?早えなぁ、流石伝説の使徒だぜ。クソがぁ!」


 イブニングが話している最中に、リコルドはソルたちの方に走り出していた。

 翼が生えているようだが、全く使おうとしていない辺り、もしかして攻撃用の羽を出すためだけの器官なのではないかと、シエルは考えた。


 《来るミラ!》

 「あたしの盾、シエル・プロテクシオンの能力でやりたい作戦があるんだけど、1回試したい事あるの…協力してくれる?」


 「わかった。何をすればいい?」


 「貴方の浄化技を私が投げたプロテクシオンに当てて欲しいの」


 「っ!?わ、わかった」


 シエルの動きに注意を払いながら、リコルドからの攻撃をいなす事にした。

 リコルドはシエルではなく、ソルに真っすぐ向かってきて、背中から羽の剣を取り出しそれを両手に持ち上段から振り下ろす。


 「お母さん…ごめんね…っ!ソル・メランツァーナ!」


 勢いよく振り下ろされた剣はソルの手の平の上を滑り落ち、縦の動きから斜めにいなされ、剣は建物の床に深く刺さった。

 リコルドはそれを抜こうとする。


 「新しい羽の剣を出さないの…?」

 《アオイ!今ミラ!》

 「!そ、そうね!ソル、お願い!」


 「うん…!」


 リコルドの奇妙な動きに困惑しつつも、ミランの言葉で自分のすべきことを思い出したシエルは、リコルドの背後に向かってプロテクシオンを投げた。


 「あれに向かって、浄化技を……やるぞ!はぁぁ…!」


 ソルはリコルドと距離を取りつつ、胸元に手を当て空気中の元素をフェアリニウムに変換し、手に集めた。

 その光が極限まで溜まった時、ソルは手を三角の形に突き出し、浄化の光線を放った。


 「ソル・プリエール・クラーレ!!」


 桃色の光線はいつもと同じくらいの太さでプロテクシオンまで直線に進んでいった。

 すると、プロテクシオンがその光線を弾く様に、光の角度を変えたのだ。


 「何これ…!?」

 《あの盾、光を反射させることができるなんて…鏡みたいな事が出来るラパ!?》


 反射し、角度を変えた光線は、リコルドの首には当たらず、頭の上を通過していった。盾の角度が違ったようだ。

 プロテクシオンは反射させた後、まるで紐でもついているかのように、再びシエルの右手に戻った。


 「ごめんなさい!当たらなかったわ!でも、反射できる!これがわかればいい!」


 シエルは首の機械を破壊すると考えた時、一番苦労すると考えたのがあのリコルドの身体能力である。

 長い羽の剣を軽々と振り回し、拳でソルを殴り飛ばした。あの身体能力では、2人でどう立ち回っても、ソルが倒れる前と同じで、攻撃を受けたりいなしたりが続くだけになってしまう。

 どうにかして今いる位置から、リコルドから目を離す事なく、戦いながら首の機械を壊せないかを考えた。

 そうした時、かつてキツツキリコルドと戦った際に、衝撃波を無効化できたこの盾、シエル・プロテクシオンにはもっと自分が知らない力があるのではないかと思ったのだ。

 衝撃を無効化、もしくは吸収できたのだとすれば、その反対、受ける攻撃を反射、吸収した攻撃を放出もできるのではないかと。

 そして、それをするにはシエル自身の浄化技ではできない。彼女の浄化技は翼を羽搏かせることで放つ広範囲の光の波である、吸収はさせれらるかもしれないが、反射をするには範囲が広すぎるだろう。

 故に、ソルのビームの様に細くまっすぐに進む光線こそ、あのリコルドを浄化できるはずだと、そう思い至ったのだ。


 (だからこそ、この戦いで重要になってくるのはあたしが投げるプロテクシオンの角度……でも投げてたんじゃ、良い角度なんて狙いっこない。勢いよく投げても揺れてしまうもの……どうする……どうする……)


 シエルがどう投げるのか悩んでいると、ソルが近くに来て耳元で呟いた。


 「フェアリニウムで作る盾なら自分の思った場所に出せるから、それで後から角度を変えられないかな…?」


 「……あぁ!そういえば、そうだったわね!完っ全に忘れてたわ…!そうよ、その手があったわ!ソルに負担掛けないためにも、後2回…いや1回で決めたいわね…」


 「う、うん…ありがとう。私も…私も頑張るよ…!」


 羽の剣を抜く事が出来たリコルドは、2人がいる方に走り出した。

 ソルは自分の前にいくつものソル・スクードを出す。盾同士の隙間は無く、突っ込んでくるリコルドを受け止められるようにした。

 弾性があるものの、物凄い勢いで突っ込んでくるため、この何枚もの盾がどれだけ意味があるのかわからないが、とにかくリコルドの動きを止めてシエルが盾を投げるタイミングを作ろうとしていた。


 《踏ん張るラパ!いなす事も忘れないようにするラパ!》

 「勿論…!」


 リコルドは目の前に出現した半透明の事など意に返さず、突進し羽の剣と拳でそれらを全て弾き飛ばして進んできた。

 真正面から行くと弾かれるという事を理解したのか、縁部分に剣や拳を当てて盾を弾き飛ばしている。

 盾にぶつかる度にドゴンドゴンと重い音が室内に響く。

 ソルもすぐにう来るであろう、リコルドの攻撃をいなせるように息を整え、その時を待っていた。


 「ぜ、全然遅くならない……でも、少しで疲労させられれば……!」

 《くるラパ!》

 「ソル・メランツァーナ!!」


 最後の盾が拳で吹き飛ばされた瞬間、メランツァーナを発動。

 羽の剣が、左横から襲い掛かってくる。あまりの速さに、風が切れる音が耳をつんざくように響いてくる。


 「ソル!」


 「大丈夫!!このままっ……もう一度斜め下に……っ!!」


 素早く刃がソルの左手の平の上を滑り、少し斜めに軌道が変わる。

 次に右手を使って、さらに剣の軌道を施設の床に向けた。

 その勢いのまま、横なぎから無理やり剣は床へと再び落ちたのだった。


 地面にぶつかった時、ドゴンという重い音が響き細かい床材の欠片が辺りに飛び散った。

 そして剣が刺さったリコルドがそこに立っていた。

 前と同じで、その剣を離す事なくどうにか抜こうと動いている。

 今度はソルもその光景を不思議に思った。


 (もしかして…羽の剣って常に一本しか出せないって事…?自分から投げたりしたら徒手空拳をしてきたんだよね…あの時の剣ってどこへ行ったんだろう…?あぁ、う今はそれよりやる事があるんだった!)


 ソルは再び距離とり、胸元に手を当て、フェアリニウムをチャージする。


 「ちぃ…あいつら、段々戦闘に慣れてきやがったなぁ……だがぁ…あのリコルドは特別製…ドクターの発明が試作品とはいえ、そうそうやられは……」


 イブニングは目の前で着々と行われていく作戦に対して苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 未だに、ドクターエクリプスが考えていた”アンジェストロをリコルドで倒す事に固執している”という思考に囚われているようだった。だが、ふとリコルドが抜こうとしている剣に視線がいく。

 すると、何かを思いついた様で、ニヤリと不敵な表情を浮かべた。


 ソルの手に大きな光が輝く。フェアリニウムの充填が完了した。

 そして、今度は更に細くして確実に機械を壊す事にした。

 放つ前に、一瞬自分の浄化技にダメージは無いが本当に機械を壊せるのだろうか…と思ったのだが、もしかしたら盾が反射した時に壊せる光線に変わっ足りするだろうと、気にせず手を三角形にした。


 だがその瞬間、カッと眩い光がソルの目の前で発せられた。浄化技の物ではない、別の光だ。

 驚くソル。それは、イブニングが放つ黒い光弾がリコルドの刺さっていた羽の剣があった部分で爆発した光だったのだ。


 「これならよぉ…リコルドでアイツらを倒したことになるよなぁ…!」


 イブニングは自分がアンジェストロに直接手を出さなければ、それは自分の決めた事に反していない。リコルドに手を貸す形なら俺の勝ちだという理論を思いついたのだ。

 何とも自分勝手で、自分で決めたルールに縛られているイブニングだが今この瞬間では最悪の思い付きだった。

 爆破によって剣が抜け、すぐさまソルの方を向いたのだ。


 「ソル!?浄化技はいいから早く回避をして!!」


 「で、でも…もうフェアリニウム貯めちゃったし…あとは発射するしか……!」


 そうしてもう一度リコルドは両手で羽の剣を持ち、上段からソルに向かって振り下ろす。


 《硬直さえ使えればラパ…!でもアンジェストロじゃ付けないラパ…!》


 「うぅ…そ、ソル…」


 ブオンという風切り音をたてながらソルの頭を確実に捉えた。


 「うぅ………あれ……?」


 「な、なに?何がリコルドの剣を止めているの…?」


 いつまで経っても剣が来ない事に、思わず目を瞑っていたソルが恐る恐る目を開く。すると、自分の目の前に光る紐の様なものでグルグル巻きにされて動けなくなっているリコルドがいた。ポーズは剣を振り下ろす時のままで、突然動きを止められたのだろう、剣がブルブルと震えていた。


 「なにこれ…?」


 ソルがチラッとシエルを見るが、シエルはプロテクシオンを投げようとしたところで、動きを止めており何か光る紐を出してはいなかった。

 ではどこから…?ソルは目線をシエルの視線の先に移動させる。そこは自然科学館の壁沿いに作られている階段の上だった。

 そこには濃い黄色のパフスリーブのジャケットの内側に淡い黄色のフリルドレスを着た、一対の翼を持つ光り輝くウェーブがかったハーフアップの少女が立っていた。


 「だ、誰!?誰なの!?」


 よく見ると、その周囲から光る紐の様なものが出ている。

 どうやらリコルドの動きを止めたのは彼女の様だった。


 「てめぇ!何もんだぁ?!」


 イブニングが叫ぶが、その少女は何も答えない。

 むしろ、ソルたちにウィンクをする。

 無視されたとイブニングはみるみる内に顔を赤くし、リコルドに向かって「おい!何してんだぁ!速くそいつら倒してこの黄色い奴もぶっ倒せぇ!!」と叫ぶ。

 だがしかし、リコルドは全く動けそうになかった。


 「シエル!今だよ!」


 「!そうね!任せなさい!」


 少女のウィンクの意図を汲み取ったソルが、シエルにプロテクシオンを投げる様に指示する。

 思い切りシエルはプロテクシオンを投げ、ソルはそれに向かって、「ソル・プリエール・クラーレ!!」を放つ。

 いつもより細く素早い光線がプロテクシオンに当たる。


 「まだ角度が違う…!シエル・スクード!!」


 そして作戦通り、スクードを使いプロテクシオンの面をわずかに、リコルドの首の後ろに対して垂直にさせた。

 角度を変えたプロテクシオンに反射した光線は、真っすぐにリコルドの首の後ろの機械に直撃をした。


 いつもより短いが濃く圧縮されたフェアリニウムを当て、機械はまるで闇エネルギーが浄化される時とは違い、乾いた土の様にボロボロと崩れ始め、最後は砂の様になって消えていった。

 さらにミランの父とソルの母を包み、リコルドにしていた闇エネルギーも泥の様に溶けていき、床に落ちて消えていった。

 残ったのは氷漬けから解放されたミランの父と気を失っているソルの母だけだった。


 「お、お母さん!!」


 倒れそうになる母を急いで抱える。シエルはミランの父をキャッチして保護した。


 「あ、ああぁ…ああぁぁああ!!!」


 イブニングは渾身のリコルドが綺麗に倒されてしまった現実を受け入れられず、叫び出してしまった。

 そして、近くにいた黄色い謎の少女の方を見ると、そこには誰もいなかった。


 「…!?く、クソがぁ…!!」


 イブニングはいつの間にか消えていた少女に悪態をつき、霧の様に消えていった。


 そして人払いの結界も霞が晴れる様に、段々と消えていく。


 「お、お母さん…!大丈夫…!?お母さん!」


 「ソル!変身を解除しつつ、脈を確認して!いつ結界が無くなるかわからないから…」


 シエルの言葉に頷き、共にアンジェストロの変身を解き、明瀬とミランに、薫とラパンに分離し、母の手首に手を当てる。

 そこから、トクントクンと一定のリズムの心音を感じる事ができた。

 あぁ!よかった!お母さんは無事だ!見た所傷は無いし、ちゃんと助けられたようだった!と薫は心の底から安心した。


 そして結界が晴れる前に、母を明瀬と共に抱えて階段の近くにあったベンチに座らせる。

 その時、明瀬はチラッと階段の上を見るがそこには誰もいなかった。

 あの時の少女は誰だったのだろう……?服装や見た目はアンジェストロの様だったが、もう一人いるなんて薫や妖精たちから聞いていない。

 薫も知らなさそうだったし……本当に誰…?

 と明瀬の頭の中であの謎の少女についての考察がグルグル回っていた。


 少し経つと、完全に人払いの結界が消えカチカチという時計の音と、黄海の「あ、こんな所にいたぁ~」という声が聞こえてきた。

 薫たちは元の世界に戻って来た安心感を感じつつ、手を振った。


 「どこ行ってたの~、トイレとか探したんだよぉ~」


 「ごめん、ごめん!えっと、そのぉ…あ、天土さんのお母さんが忘れ物を持ってきてくれてたのよ!それで少し建物の外にいたのよ、あはは……」


 「そ、そうなんだー、今日のお弁当忘れてたみたいでぇーあははー…」


 「でぇ~何でぇ、寝てるのぉ~?天土ちゃんのお母さん~」


 「え”!?あー…えっと…足を滑らせて……」


 と薫が慌てて答えると、その事を聞いた博多が驚き「えぇ!?大丈夫かい!?」と、声を上げ、薫の母の頭を見て傷がないかを確認する。


 「傷は無いみたいだけど…気絶してしまっているね…うん、救急車を呼ぶから、このベンチに寝かせておいて!」


 と走り出しポケットからスマホを取り出して、緊急連絡をしていた。

 薫は思わず大事になってしまったと震えていたが、明瀬から、


 「そもそも大事だったし、身体に異常がないか調べられるから丁度いいと思うわ」


 と耳打ちされ、確かにそうかと納得し、救急車を来るのを待った。

 救急車で母が搬送されて行った後、薫の心情を鑑みて、博多から少し休憩を挟んでから鑑賞を再開しようという事になった。

 薫の初めての校外学習は楽しさと恐ろしさが心に残るものとなった。これから、どう家族を守っていくべきか……明瀬もまた考えなくてはならなくなったと、思わされた日となった。



 一方その頃、闇の世界ドーン帝国城内にあるドクターエクリプスの研究所に、イブニングが駆け込んできた。

 息も絶え絶えで、急いで逃げて来た…のではなく、この場所に来るまでにストレスを発散したのがわかった。


 「おやおヤ、その様子だとどうやら作戦は失敗したようだネ」


 振り返る事もなく、淡々と話しかけるエクリプス。

 イブニングは、何かを言いたそうにしたが、言葉が出ず大きなため息をつき諦めた。


 「試作機を壊されてしまい申し訳ありませんでした…」


 とりあえず素直に謝る。


 「いや、気にする事は無いヨ。そういう物サ、試作品なんてものはネ」


 「え、で、ですが…勝てませんでしたし…アンジェストロ…かはわかりませんが、知らない奴も出てきて……」


 エクリプスのどこか他人事な態度に、困惑したイブニングは今回の事を説明しようと話そうとするが、エクリプスは手で話を制止した。


 「あの試作品はネ、私の所に情報が逐一送られてくる様になっていたんダ。たまに送る方に処理が傾いたりして動きが止まったりもしただろうけド、今日の戦闘の事は全て把握しているヨ」


 「え、そうなんですか…!?」


 「まあいい情報が得られたよ。アンジェストロの戦い方や、身体能力等々ね」


 エクリプスはニヤリと笑い、イブニングの方へ振り向いた。

 そして、左手に持っている黒い機械を差し出す。


 「もし、妖精の氷漬けのストックが無くなったら奥の手としてこれを使うといい。これはきっと君の力になるだろう」


 謎の機械をイブニングは躊躇する事無く受け取り、「あ、ありがとうございます!次は失敗しないよう、頑張ります!」と、研究所を走って出て行った。


 「…慌ただしい奴だネ。まあ次に会う事は無いだろうガ、精々いい情報を持ってきてくれたまえヨ」


 何の感情も籠っていない、恐ろしく低い声のエクリプスの呟きは既に部屋を去ったイブニングは聞こえない。

 その背中を見つめる、酷く冷たくい目すらも。

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