第17話 イブニングの卑劣な作戦、守れ大切な人!

 「これは、蛇と蛙が睨み合っている場面を再現したものだよ。流石にこれははく製ではないけれど、周囲の植物や土の色などはちゃんと神尾町で蛇や蛙が生息している場所を再現しているんだ」


 「へぇ…、どの辺りにこういう草むらがあるんだろう…」


 博多から展示を1個づつ説明を受けながら、3人は見て回っていた。

 現在は身近な生態系のエリア、弱肉強食のコーナーである。

 神尾町のどの区でも見られるような、生態系をフィギュアによって再現しているコーナーで、薫にとってはどれも新鮮で、感動しながら見て回っている。


 「天土ちゃんが楽しそうでよかったぁ~、ゆずも楽しいよぉ~」


 「意外と自然学習館に来たのって久しぶりかも……あたしも予想外に新鮮だわ…この蛇とかすっごくリアルね…」


 3人とも各々に楽しんで、博多からの説明を聞いたりキャプションに書いていある事をメモに書き、課題に向けて情報を集めていた。

 しばらく展示を見ていると、カバンの中で寝ていた妖精たちも起きてきたようで、カバンからバレない程度に外を見て、目を輝かせていた。

 特にラパンは南区以外の景色を見たいと日頃から薫に伝えていたので、今日の校外学習は丁度いい機会だったのだ。薫もそんな嬉しそうなラパンを見れて、とても満足そうにした。


 「次は鳥だね、神尾町に生息している鳥の一部のはく製と、はく製になっている種類も含む神尾町に生息している全ての鳥について解説しているパネルがあるエリアにいくよー!」


 博多からの声掛けに応じ、3人はゾロゾロと並んで付いて行く。パネルとはく製は1階にあったはく製展示の近くにある様で、階段を降りていく。

 

 「鳥のはく製とか、ミランが見たらどう思うのかしら…」


 「あぁ……確かに…?」


 少々変な雑話をしながら階段を降りていると、明瀬はとある事に気づいた。

 目の前にいた博多と黄海がいなくなっているのだ。


 「しまった、ゆっくり話し過ぎたね」


 「そうみたいね、早く降りましょ」


 2人は駆け足で、階下に降りる。だが、1階にも黄海と博多はいない。

 鳥のはく製が置かれている場所に行ってみても、誰もいなかった。


 「こ、これってどういう事なの…?」


 狼狽する明瀬に対して、ラパンとミランは周囲が異常なくらい静かになっている事から、以前同じような事があった時の状況を思い出した。


 「これは…人払いの結界ミラ!」


 「何で気づくのが遅れたラパ…!これはイブニングからの攻撃ラパ!」


 「イブニングの!?あぁ!前に商店街前で私が入ったっていう結界か!」


 明瀬にはピンとこなかったが、薫には見覚えがある光景だった。

 妖精と人間4人は、今すぐにでも直接攻撃がくるかもしれないと、変身をすることにした。


 「「コンドラット・アンジェストロ!!」」


 虹色の輝きが薫と明瀬を包み込み、二人を妖精と一体化させる。

 一対の翼をはためかせ、2人の伝説の使徒が降臨した。


 「雄大なる大地の使徒!ソル・アンジェ!」


 「壮大なる大空の使徒!シエル・アンジェ!!」


 名乗りを上げて、着地。再び周囲を見回すも、どこにもイブニングの姿を確認できなかった。

 特殊な目を持つシエルが見回しても、リコルドもいるようには見えなかった。


 「いったい何をしようというの…?」


 「い、一応すぐにバリア張れるようにしておくね…」


 キョロキョロ見回していると、ソルの死角から不意を突いた斬撃が襲ってきた。


 「!?」


 「ソル!」


 準備はしていたが死角からの攻撃には反応できなかったソルは、そのまま大きく吹き飛ばされ、はく製の並んでいたガラス製の展示ケースに叩きつけられてしまった。


 《カオル!大丈夫ラパ!?》

 「う、うん……何とか…!」


 「このリコルド、武器を持っている!羽…?の剣かしら…?ていうか、羽が生えてる…!?」

 《……あの能力……見覚えがミラ…いや、まさか……》


 困惑するアンジェストロの前に、リコルドの背後から何処からともなくイブニングが現れる。

 いつもの様に高笑いをするでもなく、ニヤニヤとした嫌な笑顔を浮かべながら。


 「うぅむ…やはり死角からだと幾ら反応が早い奴でも、防げないんだなぁ。いい気味だぜぇ…」


 「イブニング…!こんなところまで!!」

 《…何でイブニングはここにラパンたちがいるってわかったラパ?》

 「そういえば確かに、どうしてここに来たんだろう…?」


 ソルの呟きに、シエルも「そういえばそうね…」と零した。

 どうやらその言葉を待っていたようで、イブニングは先程から浮かべている嫌な笑顔をより歪めた。


 「気になるよなぁ…それ。あと、鳥の妖精もきっとその特別製のリコルドの能力を見て、気が気じゃないかぁ?そうだよなぁ」


 「そうなのミラン…?」

 《う、うん……あの能力…ミランのお父さんの能力にそっくりミラ…でもミランのお父さんは氷漬けされた時家の中で、取り出すにはかなり分厚い氷の中にいたと思うミラ……》

 「ミランの…お父さんと似た力……!」


 「ははっ!やっぱわかるよなぁ!アンジェストロの中に入ってちゃ、声が聞こえないから反応が見られないのがガッカリだがぁ…そうさぁ!ご明察ぅ!鳥の妖精の父親が素材なんだよなぁ!!」


 「そんなっ!」

 《なんて事をラパ…!》


 重い体を起こし、イブニングの告白にショックを受けるソル。ラパンも、イブニングの陰湿な作戦に絶句をする。

 シエルもミランの心情を感じ、怒りが溢れそうになり、シエル・グルダンを持つ手に凄まじい力が入る。


 「ミランのお父さんを使うなんて…!でもねぇ、あたしは妖精がいないところを見て攻撃できるのよ!!」


 シエルが啖呵を切ると、イブニングは全く表情を変えないまま言葉を返した。


 「じゃあ、その目を使って…このリコルドを見て見ろよぉ」


 何を考えているのかわからない、何がそこまで自信につながっているの?と、そんな風に思いつつもシエルは目を凝らして、リコルドの身体のフェアリニウムの動きを見た。

 だが、それは異常な光景だった。見えた物に対しシエルは思わず、「なに…これ…」と呟いた。


 シエルが見たものは、後頭部からフェアリニウムがリコルドの全身に巡らされているという見慣れたものと、闇エネルギーだとそれ以外が真っ黒に見えるだけのはずなのに、黒く縁どられた白い人影が見えていたのだ。


 「これ何…?人?」


 シエルの一言で我慢できなくなったのか、イブニングは大笑いをし始める。

 その異様さに、アンジェストロの2人は思わず後ずさりをする。

 そしてイブニングはゆっくりと移動して、リコルドの背後に立つ。

 リコルドを2人の方を向かせて、その両肩を掴む。


 「そういえばまだ答えていなかったなぁ。なんでここに来たのかぁ…お前たちがいるぅ…この場所を知っていたのかぁ」


 そう言いながら、リコルドの闇エネルギーを剥がし、顔の部分が露出する。

 素材にされたモノを見せつけられ、反応したのはシエルの中のミランだけではなかった。ソルである。

 彼女の顔がみるみるうちに真っ青になり、手が震え始め、中にいるラパンは奥から溢れ出す動揺、恐怖、悲しみの感情を感じ取った。


 「ソル…?あの中にいた人を知っているの…?」


 シエルは問いかけた。


 「お、お母さん……なんで…何で!?」


 ソルが絶叫すると、イブニングは被すように再び笑い始めた。


 「あーはっはっはぁ!!この場所はこの女から聞いたんだよぉ。ま、記憶を少し覗いただけだがなぁ!!愉快だぜぇ!なぁ!ソル・アンジェ!!お前のその顔が見たかったんだよぉ!恐怖と悔しさ、どうすればいいのかわからない絶望感に満ちたその顔がぁ!」


 「な、なんて事を!ミランのお父さんだけじゃなく、ソルのお母さんまで利用するだなんて……!」


 「妖精と人間を闇エネルギーで融合!!擬似アンジェストロって所だぁ!!さぁ、どうする?どこを攻撃したって、お前たちの家族に攻撃が響くぞぉ……闇エネルギーに包まれているとは言え、ダメージは食らうからなぁ…!さぞかし痛いだろうなぁ…!」


 ソルの足は震えていた。

 どうやったら母を助けられるのか……自分には攻撃する事が出来ないが、母が使われているのではもっとできる事が無くなってしまう。

 それこそ、攻撃をいなして転ばせたとして、それが母の身体にどれだけダメージを与えるのかが分からない。

 アンジェストロの力は、壁に大きなクレーターができるくらいの攻撃でさえ、血が出るような怪我を防ぐという力が籠っている。なら身体能力も大幅に上がっているだろうと考えるのは、無理もないだろう。


 「とにかく…ソルのお母さんが怪我をしない様に動きを止めよう!そうすれば、浄化だってできるはずよ!」


 「う、うん……!」


 2人は駆け出して、リコルドに攻撃などの激しい動きをさせないためにどうにかして動きを止めようとした。

 まず手に持っている羽の様な剣を手放させるために、ソルの弾性のある盾、”ソル・スクード”を展開して跳ね返す作戦を行う事にした。


 アンジェストロが動き出した事で、イブニングが命令せずともリコルドは素早く移動。一瞬でソルの目の前に現れ、思い切り上から羽が振り下ろされた。


 「ぐぅ…っ!!」

 《そもそもこのリコルド強いラパぁ!》


 足に力を入れてどうにか踏ん張り、盾に食い込んだ羽の剣が叩きつけられた力をそのまま来た方向に返して弾く。

 リコルドは大きく仰け反るものの、その手に持っている剣は離しておらず、再びそれは振り下ろされた。


 「ソルっ!」


 シエルが咄嗟にソルを押して、自分の実体盾シエル・プロテクシオンで攻撃を代わりに受けた。

 あまりにも重い攻撃で踏ん張り切れず、そのままシエルは後ろに吹き飛ばされてしまった。


 「つ、強い…!前に戦ったリコルドとは強さが全く違うわ…!」

 《お父さんの能力だとしても、あまりにも力強いミラ…これはイブニングの言う、擬似アンジェストロが理由ミラ?》

 「あたしたちに似せたから強くなりましたって言うんじゃ、納得できないわよ!あの強さには絶対に裏があるはずよ…」


 グルダンを支えにして、立ち上がるシエル。

 その間もソルは止まらないリコルドの攻撃を弾いたり、いなしたりしていた。

 だが、彼女の行動はどれも結果には繋がらず、ただただソル自身に疲労が蓄積していくだけだった。


 《カオル!一旦距離を取るラパ!このままじゃ、いつまで経っても状況は変わらないラパ!》

 「でも、それじゃあお母さんが…お母さんがぁ!」

 《…カオル…っ!》


 ソルもこのままではだけだとわかってはいるが、同じくらい早く母を助けたいという思いが溢れており、冷静に動くことができていなかった。

 縦からの攻撃はいなし、横からの攻撃は弾く。この繰り返しになっていた。

 そしてリコルドの陰からイブニングが、そんなソルを煽る様に笑った。


 「いいねぇ…いいねぇ!焦ってるねぇ!嬉しいぜぇー!お前らが変身を解いた後に、帰るところまで後を付けてて正解だったなぁ!こうやって利用できるんだからさぁ!」


 「帰るところを後付けてって…まんまストーカーじゃない!キモッ!」

 《アオイの家族はあまり家に帰らないから、狙われなかったミラ…?だからミランのお父さんをミラ…?》

 「多分そうねウチはパパもママも基本に明るい時間には家にいないしっ!」


 ミランと会話をながらも、ソルとリコルドの戦いに再び加わり、リコルドの攻撃を今度はグルダンとシエル・スクードで受け止める。

 今度はどうにか飛ばされる事なく堪え切れたが、それでも押さえつけられる力が強烈で、その場から動けなくなってしまった。


 「あたしが動けなくなるくらいの馬鹿力って何よっ…!もう…っ!」


 「シエル!私が…」


 「待って…っ!ソルは後ろに回って!」


 攻撃を受け止める役を変わろうとしたソルに、シエルはリコルドの背後に回って欲しいと指示を出した。

 一瞬困惑しそうになるソルだったが、少しづつ冷静さを取り戻せたか、素直に頷きすぐさまリコルドの背後に回ろうとした。


 「さっきからイブニングがリコルドの背後から動こうとしないの…あたし見てたんだから…っ!」


 「ちっ…気づくのが早えな…。だが…ドクターは別に何もしなくていいと言っていたし…まあいいかぁ…」


 シエルの言葉を受け、ブツブツと呟くがそれは二人のアンジェストロには聞こえなかった。

 そして後ろに回っていくソルに対して、イブニングは何もしてこなかった。


 《何もしてこないのも不気味ラパ…》

 「今は、それでいい!とにかく、後ろに……」


 リコルドの真後ろについた時、これまでのリコルドには見られなかった謎の機械が首の後ろに付いていた。

 まるで蝉が木にとまっているかのように、白い丸い機械が赤いランプをチカチカさせていた。


 「あれは一体……?」


 「ど、どうしたの!何かあったの?!」


 どうにかリコルドからの攻撃を受け止めているシエルから声をかけられ、ソルは困惑しつつも、目の前にある物をそのまま伝える事にした。


 「首の後ろに変な機会が付いてる…な、なんだと思う…?」


 「明らかに、それがこのリコルドの弱点じゃない!!そこよ!そこを攻撃するのよ!」


 「で、でも私攻撃できる力がな…ない…」


 「くっ…なら仕方が無いわね…っ!」


 シエルは、素早くバックステップを踏みリコルドから離れ、翼を使って背後に回ろうとした。

 だが、リコルドはその動きに反応し、手に持っていた羽の剣をシエルに向かって投げ飛ばしてきた。

 思わずシエルはプロテクシオンとシエル・スクードで防ぎ、動きを止められてしまった。


 「なんて素早い…っ!」

 《そして正確な投擲ミラ…!》


 「シエル!」

 《か、カオル!目の前ラパ!》

 「えっ…」


 シエルの事に気がとられていたソルは、目の前に迫るリコルドの拳に気づいていなかった。

 ラパンから声をかけられ視線を向けた時には、すでに鼻の先に拳が来ていた。


 「お母さん…」


 思わず心の声が漏れる。

 しかしリコルドの攻撃は止まらず、今度こそソルは身を守る事が出来ないまま殴り飛ばされてしまった。


 「ソルーっ!!」


 瓦礫の下敷きになった彼女に向かって、シエルは叫んだ。

 だが、もう、彼女の心は折れかけていた。


 あっと弱点といえるものが見つかったのに、それを守ろうとするリコルドの攻撃に反応できず、下手にこちらから攻撃すれば、母やミランの父を傷つける事になる。

 薄れ行く意識の中、かつてイブニングに言われた事を思い出し、その言葉の意味を噛み締めた。


 ”ジワジワと自分の日常が無くなっていく、削れて行く恐怖を感じて…この俺!イブニング様に喧嘩を売った事を後悔させてから、殺してやる!!”


 あぁ、これが日常が無くなっていくという事か…と。

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