第16話 初めての校外学習!自然学習館へようこそ!!

 空が青く晴れた心地よい朝、神尾南第三中学校から数台のバスが校門から出て行った。

 本日は2年生の校外学習の日だ。

 数日前から準備をしてグループに分かれこれから向かう博物館の幾つかの施設で、自分たちの好きな事をまとめて発表するという課題を行う。


 薫は明瀬葵と黄海柚希の2人とグループを組み、自然学習館へ行く事にしていた。

 自然学習館には鳥やイタチなどの野生動物のはく製などがあり、きっとまとめ学習がやり易いというのと、薫がこの町の動物について知りたいと言ったため、そこへ行く事に決めたのだった。

 初めての校外学習という事で、薫はウキウキして前日は中々眠れなかった。

 ちなみにラパンとミランは一緒に付いて来ている。ミランに関しては、明瀬がアンジェストロになった日から、明瀬の家に暮らしている。


 バスの中では、ミランから聞いたアンジェストロの事や妖精界の事情を薫と明瀬で話していた。

 バスの座席が一番後ろの隣り同士だ。黄海は前の席に座ってぐぅぐぅと寝息を立てている。


 「あのイブニングって男が妖精界を滅ぼしたのよね…って事はアイツめっちゃ強いんじゃないの?」


 「すごく強いと思うよ。直接は戦った事ないけれど、怒らせた時の威圧感……あれは正しく一人で世界を滅ぼす事が出来る人の威圧感だった……目を離したら殺されるって感じの…」


 「天土さん、ならあたし疑問なんだけど……何でアイツは直接自分で戦わないの?何でわざわざリコルドを使って攻めてくるのかしら?」


 「それは……さっき言った怒らせちゃった時に、自分で倒すよりリコルドでジワジワと私の日常を奪って殺すって言われたから、それにこだわってるんだと思うよ」


 「えぇ、何それ…でもそれってこちらにすっごく有利よね……うん、それを利用しない手は無いわ。その間にあたしたち強くなれば、アイツに勝てるわ!」


 興奮し、つい声が大きくなってしまった。

 周囲の生徒が明瀬の方を見る。


 「あっ…すいません……」


 バスの中は珍しい明瀬の感情の昂りに対して、笑いであふれ返った。

 顔を赤くした、明瀬は「やっちゃった…」と呟いた。

 薫は可愛らしい反応だと、思ったが笑う事は止めておいた。

 特に深い理由は無く、何となくだが。

 ザワザワとする周囲に頭をかきながら、照れていた明瀬。

 しかし急に、薫に小さな声で話しかけてきた。


 「ねぇ、そういえばリコルドの騒ぎって、どうなったの?」


 「そういえば、あの日の翌日から誰も話さなかったし、テレビにも新聞にも報道されてなかったよね……むしろ、北区の大量失踪事件が怖くて、その事忘れちゃってたくらいだよ…」


 「そうなのよね。あたしもそれしか報道されてなくて、びっくりしたのよ。沢山の人が避難したし、確実に目撃者もいたのに何で…?」


 明瀬と薫は絶対に大騒ぎになると思っていた、イブニングの学校襲撃の話が全くされていない事に奇妙だと思ったが、どんなに考えても答えは見つからなかった。

 そうして、2、30分ほど走った後バスは、神尾町東区にある市立神尾博物館に着いた。

 様々な疑問は尽きないが、とりあえずはこの博物館を楽しもうと、薫たちは気分を切り替えることにした。


 市立神尾博物館は、神尾町東区にある広大な敷地の面積を持つ大きな博物館群である。敷地内には博物館本館と東館、爬虫類館、自然学習館の4つがあり、神尾町の学生、特に小中学生はここに課外活動や校外学習の施設として利用されている。

 博物館系以外の施設には、レストランやカフェ、ワークショップ用の建物、池のある広場などがあり、周辺住民の憩いの場にもなっている。


 バスは博物館の駐車場に停まり、バスから降りた学生たちは整列、学年主任の先生からの説明を聞き各々の目的の建物へ向かう事となった。

 薫、明瀬、黄海の3人のグループも例に洩れず、目当ての施設へ向かって行った。


 自然学習館に行くまでには景色の良い広場の傍を通るため、初めて見る薫にはとても心が高まるものがあった。


 「綺麗なところだねー!気持ちがいいなぁ」


 「ゆずもここ好きなんだぁ~、緑も多いしぃ~純粋に楽しい所だしねぇ~」


 「柚希って博物館よく行くんだ。知らなかったわ、あなたがそんな勤勉だったなんて」


 雑談をしながら遠くの池の匂いや、草花の香りを感じながら歩いていく。

 静かだが妖精たちはカオルと明瀬のカバンの中にいるので、ここも一緒に付いて来ている。現在は寝ているが。

 明瀬が黄海が勤勉なのが意外だと言ったが、実はテストの順位で見ると黄海の方が成績が良いのだが、別に成績を見せ合ったりする仲では無かったので知らないのだ。


 「空気も澄んでるけど…この周りって普通に住宅地あるよね?」


 薫がふと思った事を口にする。

 明瀬と黄海は一度深呼吸をしてから、「確かにいい空気ね」と答え、その理由を考えた。

 2人にもよくわかっていなかったのだ。

 実際、不思議なくらい博物館の敷地は樹木や花の匂いを感じるのだ。

 すると、後ろから一人のポロシャツ姿の男性が話しかけてきた。


 「それはこの施設の周囲が深い森林があり、空気を浄化する植物も植えてあるからだね」


 「わっ!誰!」


 薫が驚いて後ろを向いた。

 その横で黄海は、「あ~博多さん、こんにちわぁ~」と挨拶をしていた。


 「柚希の知り合い?」


 「この博物館の職員さんだよぉ~」


 柚希の軽い紹介を受けて、頭に添えてハニカミながら自己紹介を始めた。


 「あはは、驚かせてゴメンね。僕は博多蓮、この神尾博物館で働いているんだ。主に、ワークショップと自然学習館を担当して勤務しているよ」


 「あ、そうだったんですね…って、自然学習館の担当をされている方!」


 薫がお辞儀をして、疑問に思っていた空気が綺麗な理由を教えてもらったお礼をしてから、博多がこれから自分たちが行く施設の担当者だという事に気づいた。

 どうやら博多は今日訪れる神尾南第三中学校の生徒を案内する係の人間だったようだ。勿論、自然学習館へ来る生徒の案内だ。


 「ええっと、自然学習館に行く予定なのは…黄海さんたちのグループと、あと何人いるかわかる?」


 「えっとぉ、ゆずたちだけだよぉ~皆ぁ、東館に行っちゃったぁ~」


 黄海が博多からの質問に答えると、「そっかぁ、まあ今東館には人気の展示しているしな、仕方ないか」と呟いた。

 そのまま博多は、こっちが自然学習館だと今いる道から右側を指し、丸い屋根の可愛らしい建物へ案内を始めた。

 その間に、薫はそういえば東館で何の展示をしているのだろうと思った。

 最初からこの自然を学べる場所に行きたがっていた薫には、眼中になかったのだ。

 なので、自然関係ではないのだろうと思うが、何だったか。

 明瀬に尋ねてみると、「名剣、名刀の特別展よ。最近人気らしいわね、そういうの」と答えてくれた。


 (なるほど、そういう武器みたいのだったから、私興味持たなかったんだな、武器とか私苦手だし…)


 そんなこんなで、博多に連れられて目当ての施設に到着した。

 3人は自動ドアを抜け、吹き抜けのある2階建ての中を見て、薫は感嘆の声を上げる。

 施設の中には動物のはく製がガラス張りの展示ケースの中にいくつも並んでおり、どこからか土の匂いもして、建物の中なのに、外の様にも感じるという不思議な空間だった。


 「すごい…もう楽しい……」


 「はやっ!?天土さんそんなにここ来たかったのね……課題も進みそうでよかったわ」


 「喜んでくれて嬉しいよ!もし見たいところがあるならそこから案内するけど…あるかな?」


 「あ~確か天土ちゃんはぁ、神尾町の野生動物を知りたいって言ってたよねぇ~」


 黄海の言葉に激しく頷く、薫。


 「わ、私この町に引っ越してきたばかりで、それで動物が好きなので色々知りたいなって…!」


 ワタワタと矢継ぎ早に話す薫に、ニコリと笑顔を向けて博多は手でオッケーのサインを作る。


 「任せて!じゃあ、2階の弱肉強食コーナーから見ていこうか!」


 「相変わらず物騒な名前ね……間違いじゃないんだけれど」


 3人は壁伝いに設置された階段を上って行き、野生動物についてのコーナーへ向かって行く。薫はワクワクしつつも、ポケットからメモ帳とボールペンを取り出して、ちゃんと課題もするぞという姿勢を見せていた。




 一方その頃、神尾町南区2丁目6-114-23、天土薫の家のインターホンが鳴った。

 普段あまり来客がある時間帯ではないため、家で在宅ワークを始めていた薫の母、花子がバタバタと足音を立てて急いでインターホンに出る。


 「はーい、どなた?」


 「宅配便です、薫さん宛てですね」


 低い男の声が聞こえた。

 薫宛ての荷物?何かインターネットで買ったのだろうか…。買ったら大体話してくれるんだけど…と疑問に思いつつも、宅配業者を待たせるのは良くないと「少々お待ちくださーい」と印鑑を持って玄関へ駆けていく。


 その先で待っているのは、宅配業者でも何でもない闇の世界からの使者…イブニングであるというのに。

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