第1話ー④ 春風の出会い、大地の使徒誕生!

 (死んじゃう!死んじゃう死んじゃう!何も変われないまま!終わっちゃう!)


 怪物はゆっくりと、薫の方を向いた。近くにいるエポンには目もくれず、薫及びラパンとミランに狙いを定めていた。

 一歩踏み出せば、すぐに薫たちに攻撃が届いてしまう位置にいる怪物は、先程と同じように拳を振り上げる。

 もはや、一縷の望みもない。薫がそう思った時、口元に何かフワフワしたものが触れた。

 それはラパンの手の平だった。声をかけても、恐慌状態だった薫には届かない。であるならば、接触で正気を取り戻そうと考えたのだ。

 その選択が功を奏し、薫はハッとした表情で、ラパンを見る。


 「大丈夫ラパ。ラパンとアナタが力を合わせれば、アイツにだって勝てるラパ!二人で生き抜くラパ!」


 「ら……ラパンさん……わか…わかった。私やるったら、やるよ…!」


 薫の心臓はまだ高鳴っている。だが、ラパンの言葉で覚悟は決まった。

 怪物は腕を振り下ろす。薫はラパンがくれた腕輪に手を添えながら、ラパンが耳元で囁いた言葉を力強く呟く。


 「コンドラット・アンジェストロ…!」


 刹那、薫の体が光りに包まれ、光が放つ衝撃波は怪物を吹き飛ばした。

 ミランも吹き飛ばされそうになったが、バタバタと小さな翼を羽ばたかせ耐え凌いだ。


 光の中で、薫とラパンは溶け合うように一つの体になった。

 それに呼応するかの様に、ピンクブロンドの髪色が白銀に変わり、肩ぐらいの長さから肩甲骨まで伸び、虹色の光が髪を持ち上げ長くなった髪を後頭部に団子状に纏め、団子の周囲には三つ編みで飾り付けられた。

 そして薫の着ていた服は虹色に発光し、上の服と下の服が合体し、桃色のフリルの付いたワンピースになる。虹色の光が薫の体を包むと、パフスリーブの淡い赤色のジャケットに変化し、ジャケットから雫の様に垂れた光がアームカバーとなった。

 最後に腰から一対の白い翼が生え、はためかせると薫を包んでいた光が弾け飛び、変身した姿が怪物の前に現れた。

 ふわりと跳ねるように、地面に着地しくるりと一回転し、両手を広げて自然と口を大きく開いて叫ぶ。


 「雄大なる大地の使徒、ソル・アンジェ!」

 

 言い終わった後数秒、静寂が公園に訪れた。


 「な、なんか知らない事を口走ったんだけれど…?これがアンジェストロなの、ラパンさん?」


 《ら、ラパンも伝説に書いてある事しか知らないラパ…で、でも一体化したことであなたの心が伝わってくるラパ!すごい勇気のポカポカした優しい心ラパ!これは良いことラパ!!》


 「そ、そうなの…かな?」


 どこか言いくるめられたような気持ちになったが、目の前の怪物をどうにかしなければならないので今は心の片隅に置いておく事にした。

 薫こと、ソル・アンジェは攻撃のために拳を握ろうと意識した瞬間、胸の奥から何か黒く気持ちの悪い淀みのような感情が溢れそうになり、手の力を急いで抜いた。


 だがその隙を見逃さなかった怪物は、ストレートにパンチを繰り出してきた。

 その動きに咄嗟に反応したソルは、両手を前に突き出し半透明の楕円形の桃色の盾を生み出して怪物の拳を真正面から防いだ。


 「ぐうぅ…!」


 その重い攻撃に苦しい声が出る。だが、肉体的なダメージは無かった。

 少し後ろに弾き飛ばされてしまったが、どうにか踏ん張る事に成功。怪物は攻撃を防がれた事に驚いたのか、すぐに追撃はしてこない。


 「い、今のピンクのヤツ何!?」


 《多分、バリア的な……盾!そう!盾ラパ!》


 「これが…盾…」


 ソルが自身の力を噛み締めていると、敵は次の攻撃を仕掛けてくる。


 「あ、くっ!」


 反射的にバックステップをして回避する。

 敵の拳は地面にめり込む。


 「おっとっと…手を前に出せば盾を張れるってことだよね…まだ出すタイミングがわからなくて上手く出来ないな…」


 《すぐにできるなんてことないラパ!次が来るラパ!》


 とラパンは言ったものの、怪物の拳は地面にめり込んでおり引っこ抜くことに苦戦しているようだった。


 「あれ?もしかして、パンチの威力が強すぎて地面から抜けなくなっちゃったのかな」


 《そんなお間抜けな事あるラパ?》

 

 だが現にそうなっているのだ。

 その様子を観察したソルはボソリと呟く。


 「あぁそっか、なるほど。これなら、痛くないし、いけるかも」


 《え?どういう事ラパ?》


 ラパンには伝わっていなかったがソルは、何か作戦を思いついたようだ。

 ようやく手が抜けて、追撃を行ってきた怪物に対してソルは斜めに盾を作り攻撃をいなす事をし始める。


 (うん…!やっぱり…見える…できる…!)


 そう。先程視界の外からの攻撃に反応できた事、やり方が感覚でわかる盾を作れた事。

 これらの事で、自分の身体能力が上がっていて相手の攻撃を見切れるので、真正面からでは衝撃によって自分がただ後ろに下がるだけだが、いなす事が出来れば自分の思う方向へ誘導できると考えたのだ。

 次は誘導する場所を見つける事にした。

 攻撃を防ぎながら周囲をキョロキョロと見回して、良いところはないかと探してみるものの、林と生け垣、石畳の道、公園の出入り口くらいしか今の場所からは見えなかった。


 (どうにか攻撃から離れられないかな…ってそういえば、私今…羽根があるんだった!)


 思い立ったらすぐさま、行動に起こし腰の辺りに力を入れて、羽を大きく羽撃かせる。

 キックを仕掛けてきた怪物を上昇することで回避し、怪物も攻撃ができないであろう上空から目当ての場所を探した。

 ソルは勿論今日初めてこの公園に来たのだが、先ほどベンチに座って風を感じていた時、その風の吹いてきた方向から微かに水の匂いを嗅ぎ取っていたのだ。

 それを思い出したソルは、地面に拳がめり込んで取れにくくなっている怪物の様子から、泥など湿った地面に拳を突っ込ませたら動きが止まるのでは?と考えたのだった。

 そうつまり彼女が探しているのは、水の匂いの源。水たまり、若しくは泥がある場所だ。

 底なし沼の話などをネットで見たので、湿った地面は物が埋まったら引き抜きにくいと考えた、彼女の短絡的な作戦は上手くいくのだろうか?

 飛んでいるソルの下で怪物が何度も跳ねて攻撃しようとチャレンジをしているのをよそに、彼女は林の中に一つ良さげな場所を見つけた。

 すぐさま、行きたい方向を背を向けて地面に降り立つ。

 ソルの降りた音に反応した怪物は、彼女の方向に身体を反転させ踏み切って思い切り突っ込んできた。

 右手を思い切り後ろに引いていることから、今度はパンチを繰り出そうとしている。


 「さ、さぁやるぞ…!」


 向かってくる怪物の攻撃に、覚悟を決めてソルは両手を前に突き出し、半透明の桃色の盾を作り出す。

 だが今度は今までのように正面にそのままにして攻撃を受け止めるのではなく、相手の拳の角度に合わせて少し盾の角度を変えたのだ。

 そうするとパンチは振るわれた威力のまま盾の表面を素早く掠っていった。


 「できた!やった!」


 《おお!すごいラパ!連続で攻撃をいなすとは…流石伝説の使徒、アンジェストロラパ…》


 いなされてバランスを崩した怪物だったが、すぐに体勢を立て直し、再び攻撃を仕掛けてきた。今度は左手のパンチだ。


 「やぁ!」


 再び攻撃に対してちょうど良いタイミングで、角度を変えた盾を作り出し左パンチをいなす。


 「ぐうっ…!くっ…!」


 とはいえ、彼女はまだ戦うという事自体に慣れていないため、いなしているものの少しづつ確実に衝撃を受けているようだった。

 しかし怪物を林の方へ誘導するという目的は、上手く言っており少しづつだが後ろに後ずさりしていた。

 だが、ラパンは何故攻撃をいなしながらバックしているのかわかっていなかった。


 《このままじゃジリ貧ラパ!何をしようとしているラパ?》


 心をシンクロできるとはいえ、思考まで同調しているという訳ではないのでラパンには、ソルのやりたいことが分からなかったのだ。

 ソルに至っては、何度も繰り返される怪物からのパンチを受け流しながら作戦を説明する余裕が無いため、出てくる声は苦悶の声ばかりである。

 ラパンは少し不安に思っているのだが、シンクロしているソルの気持ちは決して焦っているわけではいなかった。故に、声はかけつつも、何か良い作戦があるのか?とも思っていた。


 そうして当初公園入り口近くにいたソル達だったが、何度もパンチを受け流す事で段々と、生け垣を飛び越え公園の中にある林の中に入っていった。人気の少ない寂れた場所だ。

 段々と草や土の匂いが辺りに立ち込めてきた。

 さらに、ソルはパンチとキックを一定のリズムで繰り返し放ってくる怪物の攻撃を盾でいなし続ける。

 繰り返しているうちに、林に入ってから地面の踏ん張りが効き辛いという事に気づいた。

 ソルの願いが届いたのか、地面は湿っているだけではなく、かなり水分を含んだ大地になっていた。

 普段の厚底スニーカーでも滑りやすいだろうが、アンジェストロになるとヒールのあるニーハイブーツに変化しているため大変滑りやすかった。少しでも足元に気を抜けば、ズルリと滑ってここまでの努力が無に帰してしまう。

 ソルは攻撃と足場に注意を払いながら、自分がここだ!と思う場所まで誘導する事に成功した。

 だが、怪物は急にソルから距離を取った。彼女が立ち止まった瞬間に、バックステップをして睨み合うような形になった。

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