商業区へ

 午前中は突如来訪した夫人一行の対応でてんてこ舞いだった。


 午後になり、ようやく落ち着いてきたので夫人の世話はお付きの使用人たちに任せ、アランはシャーロットを連れて商業区に買い出しに出かけた。


 というのも夫人とアリシア、それに夫人が連れてきた使用人たちの食料を買い足さなければならなくなったからだ。現在屋敷に備蓄してある食料だけでは不十分だ。


 生活雑貨などはあらかじめ買い置きしておけるが、食料は腐るのでそうはいかない。


 加えてシャーロットは質素な食事を好むのに比べ、夫人は豪勢な食事を好む。それ相応の食事を用意しないとお小言を言われてしまうのは過去の経験から分かり切っていた。


 だから豚のようにブクブク太るのだと心の中で悪態をつきながら、アランは馬の手綱を操り商業区へ向かう。


「さて、今回はどれくらい売れているかしら?」


 シャーロットが馬車の荷台から顔を出し、継母と相対した時とは打って変わって上機嫌な様子で呟いた。その顔はまるで玩具を与えられた少女のようで、普段の彼女はあまり見せない表情であった。今から向かう所がそれほど楽しみなのだろう。


 ちなみに現在アランが操っている馬車は人を運ぶ四輪馬車キャリッジではなく、物を運ぶ荷馬車ワゴンだ。食料を大量に買い込むのでこちらにしたのだが、本来貴族が乗るにはふさわしくない。


 アランは当初例の発狂事件の件もあるのでシャーロットをクロエに任せ、自分1人で買い出しに行こうと思っていた。

 

 しかしシャーロットは「私を置いて行かないで。あのクソババアと一緒に居るのは嫌!」と言って無理やり馬車の荷台に乗り込み、そこに鎮座して動かなかった。


 彼女は頑固者だ。こうなるとテコでも動かない。しょうがないのでアランは彼女も一緒に連れて行く事にした。


「異変があったらすぐに帰りますからね」


「わかってるわよー♪ ん? ねぇアラン。アレ校長先生じゃない?」


「え?」


 シャーロットにそう言われてアランは彼女の指さした方を見る。


 ハゲあがった頭に顔にはデカい黒子。その姿は紛れもなくシャーロットたちが通う貴族学園の校長【キーファ・ルーア・エクレア】であった。学園の式典などでは必ず壇上に立ち挨拶するので顔は知っていた。


 校長は馬車から降りると、店の人間に案内され、とあるクラブに入っていった。あそこは王都にあるクラブの中でもかなりの高級店だったはずだ。


 普段は品行方正で貴族の鏡…といった感じの校長だったと記憶しているが、そんな人間があのような場所に通っている事にアランは少し驚いた。


 しかし人には表の顔と裏の顔があるものだ。表の顔を維持するために、ストレス発散も兼ねてあのような場所に通うのも仕方のない事かと、アランは校長の行動に一定の理解を示した。


「アランも男の子だからああいう所に行きたいのかしら?」


「…行きませんよ」


 シャーロットが面白くなさそうな目でアランを見る。アランはそれを速攻で否定した。男の全てがああいう店に通いたいと思われるのは心外だ。


「…もし行ったらお仕置きだからね」


「…心得ました」



○○〇



 20分ほど馬車に揺られ、2人は商業区にあるとある店にやってきた。


『モンブラン雑貨店』


 王都の商業区の中でも中程度の規模を誇る商店で、今急成長を遂げている話題の店でもある。店の窓から店内を覗くと、沢山の客で繁盛していた。


 主に女性客が多く、中には貴族の使いで買い物に来ているであろうメイドや、執事と共に買い物に来ている貴族令嬢たちの姿も見えた。平民だけではなく貴族にも人気がある店なのである。


 ほんの2年前まで、この店は店主が1人で営む小さな雑貨店に過ぎなかった。ここ数年で一気に成長したのだ。


 アランは店の馬繋場に荷馬車を止め、シャーロットの手を引き彼女を荷台から降ろした。そして店の裏口に向かい、扉をノックして返答を待つ。


「はーい?」


「ドリーさん、アランです。お嬢様を連れて参りました」


「ああ、そういえば今日来るって言ってたね。今開けるよ」


 扉を開けて中から姿を現したのは、いかにも肝っ玉母ちゃんという見た目の壮年の女性だった。眼鏡をかけ、茶髪の髪をシニョンにまとめている。


 彼女の名は【ドリー・モンブラン】。この『モンブラン雑貨店』の店主である。


「シャーロット様、ようこそいらっしゃいました。さぁ、中へどうぞ。お茶をお入れします」


「ドリー、さっそくだけど今月の売り上げを見せて貰えるかしら?」


「かしこまりました。お嬢様の商品はどれも凄い売れ行きです」


 シャーロットにはちょっとした趣味があった。


 それは自分で美容品や香水を作る事である。


 彼女は実家で冷遇されていたため、美容品をあまり買い与えられなかった。故に自作に走ったという悲しい事情があるのだが…なにはともあれ、彼女は美容品を自作するのが趣味であった。


 彼女の実家であるマドレーヌ領が自然豊かな土地というのもそれを後押しした。伯爵邸近くの野山に行けば、様々な草花やハーブ類が山ほど生えていたのである。


 というか田舎のマドレーヌ領はそれくらいしか魅力がない。ポジティブな言い方をすれば自然豊か、ネガティブな言い方をすればクソ田舎である。当主ラッセルも領地を発展させるのに苦労しているようだ。


 幼い彼女は植物図鑑を片手に草花を採集し、錬成の魔法トゥランスミュテイションを用いて美容品や香水作りを始めた。


 最初こそ粗悪な品ができるだけであったが、凝り性の彼女はドンドン自分で新しい魔法式の理論や独自のアイデアでそれを精錬させていき、やがて高品質の品を生成できるようになったのである。

 

 そして彼女は自分の作る品が有名ブランドの品と比べ、質が勝るとも劣らない事に気が付いた。


 「これ、売れるんじゃない?」と。それがシャーロット15歳の時。


 16歳になり、領地を離れ王都の貴族学園に進学した彼女は早速動き始めた。自ら商業区の店に商品を置いてくれるようアプローチをかけたのである。


 それを受け入れてくれたのが当時はまだ小さい雑貨店の店長だったドリーだ。彼女はシャーロットの作る品の品質の高さを見抜き、業務提携を受け入れてくれたのだ。


 シャーロットは学業の合間の空いた時間で草花やハーブを錬成して香水や美容品を作り、それをアランが週1で店に卸している。


 ドリーの慧眼どおり、シャーロットの作る品は徐々に品質が良いと評判になり、売れ始めた。


 今では「シャーロット印」の商品と言えば、ちょっとした有名ブランド扱いで貴族たちからも予約がくるぐらいである。


 それに伴い、最初は小さかったドリーの店は中規模クラスの店に改築し、シャーロットはそこそこの収入を得るようになった。要するにかなり儲かっている。


 もちろんこれは当主ラッセルや他の者には誰にも言っていない。これが当主にバレると売り上げを没収されるのは想像に難くないからである。


 貴族学園に通う生徒たちの中にも「シャーロット印」の商品を使用している者がいるが、彼らはまさか「シャーロット印」の商品を作っているのが同じ学園に通うシャーロット・ルーア・マドレーヌだと気が付いている者はいないだろう。


 シャーロットはドリーから受け取った売上表を見ながら満足げに頷く。今回もかなり売れているようだ。


「うんうん、この商品は売れ行きがいいから増産決定ね。これはあまり売れていないようだから切ろうかしら?」


「それがよろしいかと。それとこちらは貴族様から承った予約票です。優先して生産して頂けると助かります」


「了解よ。フフッ、みんなが私の作った商品に酔いしれている。これほど嬉しい事はないわね。…あら?」


「どうされました?」


「これ」


 予約票を見ていたシャーロットが怪訝な声をあげた。アランもシャーロットの持つ予約票を横から見る。


 そこには貴族学園校長であるキーファ・ルーア・エクレアの名が記されていた。しかも香水各種30本と大量の予約だ。


 シャーロットは貴族に販売する分は貴族用といって(中身は平民に販売するものと一緒)通常より価格を釣り上げているので、全て合わせればかなりの額になる。


 先ほど高級クラブに入って行った校長の姿が脳裏によぎった。貴族学園の校長というのはかなり給料が良いらしい。アランはそう解釈し、その場では特に疑問を抱かなかった。



◇◇◇

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