アランの決意
クロエの作った朝食を食べた後、学園に登校するための準備をする。本日は平日だ。
ブルースの浮気の件はもちろんだが、シャーロットの専属執事という通常業務の方も手を抜く訳にはいかない。浮気の件は通常業務の合間に行うつもりだった。
アランは使用人室にて自らも学園に向かう準備を整えると、次に屋敷の敷地内にある
シャーロットを部屋まで迎えに行こうかと思っていると、丁度良いタイミングで屋敷から制服姿に着替えた主人とクロエが現れた。
「お嬢様、もう学園に向かわれますか?」
「ええ、行きましょうか」
「かしこまりました」
それを聞いたアランは馬車の扉を開け、中に2人が入ったのを確認すると自らは操縦席に座り、馬に鞭打って馬車を発進させた。
学園までは馬車で15分程だ。
ある程度大きい貴族の家であれば、その家専属の御者がいたりするものだが、シャーロットにはいなかった。当主がわざとつけなかったのだ。
もっと言うと彼女についている使用人もアランとクロエの2人だけである。シャーロットの身辺の世話や屋敷の掃除、その他の業務は全て2人でこなしていた。
伯爵家の長女ともあろう者にどうして2人しか使用人がいないのか。
その理由はシャーロットが実家から冷遇されているためである。
彼女は当主の前妻の子だった。
マドレーヌ伯爵家当主ラッセルは最初男爵家の娘であるシャーロットの母と結婚した。しかし野心家のラッセルはこれを不服に思っていた。シャーロットの母の身分がそれほど高くなかったからだ。
シャーロットの母は彼女がまだ小さいうちに病気で亡くなった。当主はそれを良い事にすぐに後妻を娶った。今度は伯爵家の娘だった。
これが現在の伯爵夫人である。すぐに娘も生まれた。
当主の愛は当然後妻とその娘の方に注がれた。
それを受けて屋敷の使用人たちも徐々にシャーロットに対し、冷たく接するようになっていったのだ。
シャーロットは家で孤立してしまった。
アランとシャーロットが出会ったのはその頃だ。
両親の仕事を手伝っている最中に屋敷の窓からチラリとシャーロットの姿を見かけたのがきっかけだった。アラン5歳の時である。
彼女を初めて見た時「なんて綺麗な子なのだろう」とアランの心はときめいた。彼女の美貌は彼が今まで見てきた他の女の子と比べても、群を抜いて美しかったのだ。
幼い彼は無謀にもなんとか彼女と接触しようと試みた。だがそう簡単に接触などできるものではない。
ひとえに使用人と言っても格がある。
貴族の近くでその世話や主人の代行作業をするのは上級の使用人…他の貴族家から行儀見習いに来ていたり、家を継げなかった貴族の子弟がこれを担当する。
それに対し下級の使用人…こちらは掃除、洗濯、炊事などの雑用のような仕事をこなす平民だ。アランの一族はこちらであり、貴族の近くには中々近寄れなかった。
どうしてもシャーロットと話してみたかったアランは夜に彼女の部屋に忍び込んだ。
その頃の彼はまだ幼かったために無邪気で、恐れ知らずで、好奇心旺盛で…正義感の塊だった。
同時に当時流行っていた子供向けの小説…内容はとある使用人が主人に忠誠の限りを尽くすといったサクセスストーリーだが、その小説の影響を非常に受けていた。彼はそんな使用人に憧れていたのである。
故に部屋に忍び込んだ彼は開口一番シャーロットにこう言ったのだ。
「僕が一生、お嬢様をお守りいたします」
まさかあんな子供の頃の話を覚えているなんてなとアランは馬の手綱を操りながら自嘲した。
その後、なんやかんやあって彼女の世話係を決める際に彼はシャーロットから直々に専属執事に指名された。
平民…下級の使用人が専属執事に指名されるのは異例の事態であったが、伯爵夫人の「身分が低い娘の子は平民の使用人が相応しい」との一言により、アランがシャーロットの執事に決まった。
そして男1人だけでは着替えの時などに不便だろうという事で同じく平民の使用人だったクロエが専属メイドに任命された。
もう、あれから10年以上経っている。
アランも成長し、現実が見える年になった。当初はシャーロットの立場を良くしようと躍起になっていた彼も丸くなった。
…というよりもシャーロットを守るためには現実的な考えを身に付けざるを得なかったのだ。現実は物語のように甘くない。
物語は所詮物語だ。空想の産物。現実では滅多に起こりえない、もしくはありえないから物語になるのだと理解してしまった。
例えば…よくありがちな使用人と貴族令嬢のラブストーリー。
悪徳漢の婚約者から令嬢を守り、その過程で使用人が功績を立てて王から貴族に叙爵され、貴族令嬢とめでたく結婚…などというのは現実にはほぼあり得ない。
まず婚約破棄や婚約解消というのがそう簡単にできるものではないし、貴族に叙爵されるほどの功績が立てられる案件…王国を揺るがすほどの大事件など滅多に起きようもない。
所詮それらは物語なのだ。
そしてアランは主人公になれるほど、自分が優れた力も持っていないのを分かっていた。それに平民出身なので権力もない。大きな力の前ではどうする事も出来ないだたのちっぽけな存在。
だが、かといって全てを諦めた訳ではなかった。シャーロットに幸せになって欲しいのは本心だ。
だから自分の持ちうる全ての力を出して、出来る範囲で彼女を不幸から遠ざけるのだ。そう、心に決めていた。
そのためにはまず、公爵令息の浮気をどうにかしなければならない。
「お嬢様、クロエ! もうすぐ学園に着きますよ。降りる準備をなさって下さい」
彼は馬車の中の2人に声をかけながら、どこから攻めようかと頭の中で考えを巡らせた。相手は公爵家、一筋縄ではいかないだろう。
だが絶対に成し遂げなくてはならない。全ては主人と自分の一族のために
◇◇◇
主人公はサクセスストーリーに否定的ですが、ちゃんと活躍しますのでご安心を。
シャーロットと主人公の出会いについては別の話でまた深く掘り下げますのでお楽しみに。
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