友人に知恵を借りる

 学園に着いたアランはシャーロットを貴族クラスに送り届けた後、クロエと共に使用人クラスがある方向へと向かっていた。


 この学園では貴族と使用人でカリキュラムが分かれており、クラスも別だ。貴族は貴族が学ぶべき内容、使用人は使用人が学ぶべき内容の授業を受ける。そして使用人の間でも更に執事とメイドでクラスが分かれる。


「アラン君、例の件どうにかなりそう? 私にできる事があったら何でも言ってね」


「ありがとうクロエ。もしもの時は力を借りるよ」


 例の件とはもちろん浮気の件だ。同僚の有難い言葉を受け取りつつ、彼女に一旦別れを告げて執事のクラスに入室する。


 ひとまず自分の席に荷物を置くと、アランは目的の人物を探して教室内を見渡した。


「ジム、おはよう」


「おう、アラン」


 アランが話しかけたのは【ジム・バーロ・ジェノワーズ】という名の少し浅黒い肌をした短髪の男だ。彼はシャーロットと仲の良い貴族令嬢の執事を務めており、その縁でアランも彼と仲良くしていた。


 ジムは有能で口も堅く、信用の出来る男だった。アランは彼に知恵を拝借しようと思っていた。


「今時間あるか? ちょっと相談したい事があるんだが」


「構わんよ。何だ?」


「ここではちょっと…」


「分かった。場所を移そう」


 察しの良い友人に感謝をしつつ、アランはジムと今は使われていない空き教室を目指した。


 ジムと空き教室に入ったアランは念のため教室の内カギをガチャリと閉め、他の誰も入れないようにした。他の者に話を聞かれたくないからだ。


 カギを閉めたアランにジムが怪訝な顔をする。


「おいおい、そこまでするって事はかなりめんどくさい話か?」


「実はな…」


 アランは現在自分たちの置かれている状況をジムに説明した。


「そりゃまためんどくさい事になってんなぁ…。婚約者の公爵令息が浮気。それにブチ切れたお前ん所の主人は婚約破棄をしたがっている。お前はそれをどうにか穏便に収めたい。やっかいだねぇ」


「分かってるとは思うが…この件は他言無用で頼む。お前を信用して相談したんだ」


「それはもちろんだ。というか、こんなの言いたくても言えねぇよ」


「で、だ。ブルース様の浮気を止めさせるにはどうすればいいと思う?」


 証拠を突き付け、率直に「浮気を止めて下さい」と言っても、素直に聞いてはくれないと思われる。むしろ開き直って激昂し、更に事態がややこしくなる可能性の方が高い。事は慎重に進めなくてはならない。


「そうさなぁ。俺ら下位の人間がどうこう言っても向こうは聞く耳持たないだろうしな。なんせ向こうは公爵家、その力は絶大だ。顰蹙ひんしゅくを買ってこちらの身が危うくなる可能性がある。…となると、グループで徒党を組んで公爵家に対抗するか、あるいは上位者を動かして説得して貰うかだが」


「…やっぱりそんな所か」


 ジムの返答はアランが考えていた事と概ね同じだった。


 グループで徒党を組んで公爵家に対抗するとは、自らの所属する政治派閥グループの力を借りたり、浮気という倫理的に褒められない悪行を嫌悪する貴族家を集め、複数の貴族家で徒党を組んで強大な公爵家に対抗するという事だ。


 簡単に言うとマドレーヌ伯爵家だけでは公爵家に敵わないので、複数の貴族家の助けを借りようのだ。1人より2人、2人より3人の理論である。


 だがこの選択肢は実質不可能に等しかった。


 何故なら自らの所属する政治派閥グループの力を借りようとするなら、必然的に実家…マドレーヌ家を頼る事になるからだ。当主が公爵家に全面降伏している以上、それは無理な話である。


 後半の倫理的に嫌悪する家で徒党を組んで対抗するというのも難しい。


 確かに「浮気」という行為に嫌悪感を抱く者は少なからずいるだろう。しかし嫌悪感を抱くという理由だけで、公爵家と敵対関係になる事を望む貴族家がいったいどれほどいるのか。


 貴族家は自らの利益に敏感だ。実際に自分の家に不利益が出たり、もしくは利益を享受できる何かが無いと、この問題に関係のない貴族家を動かす事は難しい。


「一応言っとくけど、うちのお嬢様の実家も多分動かねぇと思う。同情はしてくれると思うが」


 ジムは付け加えてそう言った。


 徒党を組んで対抗するという手段が取れないのであれば…後は上位者を味方につけて説得してもらうという方法しかない。


 フィナンシェ公爵家はこのパティシエール王国の中でも有数の公爵家だ。公爵家より格が上の家となると…。


「王家を動かすか…。これまた難しいな」


 アランは教室の天井の木目を見上げながらため息を吐いた。公爵家より上となると王家しかないない。平民のアランにとって、王族は雲の上の殿上人に等しかった。


 だが他の貴族家と徒党を組む方法よりかはまだ希望があるのも確かだった。


 王族は国の法律や倫理の制定者だ。なので腹の内では「他の貴族家の浮気騒動などどうでも良い」と思っていようと、ルールを破ろうとする者がいるなら対処せざるを得ない。


 王族がそれを黙認してしまうと国の法律や倫理が無茶苦茶になってしまうからである。


 それに王族が味方になる事で、こちらに味方する貴族家も出てくるかもしれない。


 問題は王族とどうコネクションを作るかだ。彼らは多忙故に「話がある」と言って、おいそれと会ってくれる相手ではない。マドレーヌ伯爵本人が行くならともかく、その娘や執事が行っても護衛に門前払いされるのがオチである。


「一番接触を取りやすい王族と言うと…」


「フィオナ殿下だな」


 【フィオナ・ラール・アンプロシア】王女殿下。彼女もこの貴族学園に通っている関係上、1番接触が取りやすい相手だ。チャンスがあるとすれば、彼女に接触を試みる事だった。


「…なんとかするしかないか」


「俺もできうる限りの事は協力するよ」


 弱音ばかり吐いてはいられない。アランは主人と一族のために行動すると決めたのだ。



◇◇◇


主人公は動き始める。

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