第二章『追え! ミトコンドリア・アダム』編
第14話 笑顔になるまえのゆがみ
船に戻り、僕がいの一番にしたことはタコワサの複製だった。
彼の姿を追い求めるあまり、モモモが反応しタコワサと同じ形の肉塊を想像してしまったのだ。
魂なき肉に意思は宿らず。まるで死体かのように項垂れていた。
「ひっ」
引き攣った、笑顔になる前のゆがみ。
僕はなんてことをしてしまったのか。
こんなのは魂にたいする侮蔑だ。
タコワサの覚悟を辱める醜悪だ。
すぐに分解した。
涙が溢れる、両目を塞ぐ。そのせいで嘔吐を堰き止めることができなかった。
幸運なことに、時間だけは有り余っていたから、心置きなく絶望に溺れることができた。
僕のせいでタコワサが死んだ。
事実が杭となって胸を穿つ。
傷口から血がポトポトと流れる。出血が多いほど不思議と安心する。
罰せられた気がして、体重がドンドン軽くなって。
どれだけ抜けたら僕は死ねる?
つまらないことばかりをグルグルと考えてしまう。
タコワサの切実と、ミトコンドリア・アダムの期待を一身に背負い、一念発起するのがあるべき姿だ。
僕にできたのはただ沈んで落ちて病むだけ。
でも、大丈夫なのです。
絶望にもなれたころ、僕はようやく船を惑星クジラへとむけた。
悲しみはいっこうに晴れていない。ずっとずっと泣き通し。だが僕は、自分のことをさほど大切にしていない。
悲しいままに歩いて行ける。
船の操縦方法は理解していた。
タコワサとの融合にあたり、彼の知識があらかた頭に入っていたからだ。
タコワサデータバンクも、意識すれば引っ張ってこられた。
船は数百万年たった今でも十全の働きをした。
モモモスラスター噴射で凄まじい加速度を獲得する。
人体に影響はない。僕の身体はすでに半分モモモ生命体だ。おそらく呼吸も食事も必要ないのだろう。化け物じみている。
タコワサに近い存在になれて嬉しい反面、人間じゃなくなった自分に抱く気味悪さ。
対立が同居している。僕が不良品だからだろう。よほど不健康な魂だ。
「自己嫌悪もこれくらいにしておこう」
うっかりしているとすぐ落ちる。
浸っている場合ではない。僕の使命はタコワサを生き返らせること。
彼のためを思えば、自分の裂傷など無視できる。やることが定まった視界はややクリアになった。
タコワサとの別離から数十万年。
(人類などとっくに滅んでいるだろう。思うところはない)
船は惑星クジラのすぐそばまでやってきていた。
その気になればあと数日でたどり着く距離だ。だがまずは確かめる必要がある。
「右目、気持ち悪い」
タコワサメガネの比じゃない。より鮮明にモモモの粒が見えるようになっている。内包する凄まじいエネルギーによって、空間が湾曲する様までつぶさに観察できるほど。
試しに桃を作る。人間だったころに比べ遥かにスムーズかつ、正確な果実の想像に成功した。
こんなメンタルでも桃は美味い。
脳裏に宿るタコワサデータバンクと、モモモ観察眼が合わさり、おそらくタコワサレベルのモモモ操作が可能になっているのだ。
食料だけじゃない。衣服に家具、雑貨に花。実在するもので想像できない物質はもうないだろう。
「楽しいとか思っちゃう、僕が嫌いだな」
眼帯を想像し右目を隠す。
情報を遮断しなければ、酔ってしまいそうだったから。現実にも、自分にも。
「タコワサ、君に会いたいよ」
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