第12話 さよならの延命

 ブラックホールに吸い込まれた物質は形状を保っていられない。高重力を受け素粒子レベルにまで分解されてしまうからだ。では、エネルギーそのものであるモモモはどうだろうか。


【モモモは頑丈だ。なんなく事象の地平面に到達できる】


(以後専門用語がバンバン出てくるが、理解しなくていい。僕もしていない)


「到達して、どうするのさ」


【事象の地平面の先に何があるのか、我々星人ですらハッキリと解明できていない。だが安心してくれ。野良のブラックホールと違い、今回のは私が作った人工天体だ。君が特異点へ突入する前に、ブラックホールを無害なモモモに分解する】


「分解して、どうするのさ」


【その頃になると船は惑星クジラ付近に辿り着いている計算だ。モモの肉体を再構築し、はれてタイムスリップの完了となる】


「タイムスリップして、どうするのさ」


 この場所でタイムスリップをしても意味がない。惑星クジラまでの距離という問題はなんら解決していない。


 UFOでブラックホールを牽引できるとも思えないし。船ごと吸い込まれておじゃんだろう。  


 タコワサはどうやってブラックホールを惑星クジラへ連れて行くつもりなのか?


【ブラックホールは動かせるよ。モモのとは別のブラックホールを作成し、ぶつけ合う。すれば互いは反発しあい、およそ光の十分の一の速度でぶっ飛ばすことができる。この速度は船よりはるかに遅い。進路の微調整は容易だ】

 

 ぶつけ合う……。

 頭の中でビリヤードがイメージされた。

 宇宙船地球号ならぬ、宇宙船ブラックホール号。

 力技だなぁ……。


「つまり僕は死なないってこと? にわかには信じられないな。だって素粒子レベルに分解されるんでしょ?」


【そのための融合だ。肉体が塵になっても、モモのモモモさえ生きていれば、いくらでも再構築できる。私と融合するにあたり、モモの肉体を隅々まで調査しよう。しみの一つでさえ正確に作り直すと約束するよ】


 ニキビとかそばかすとか卑屈な精神性とか、いらないものは無くしていいんだぜ。


「地球では『テセウスの船』というパラドックスが提唱されている」


【『船の部品を全て新品に交換したとき、その船は元の船と同じだといえるのか』。なるほど、面白い考えだ。では逆に尋ねるが、モモに出会う前の素敵な私と、君の勝手なイメージでタコにされた私。100%異なる物質だが、モモは新生児の私を甲斐甲斐しく育ててくれるのかい? 甘えていい?】


「たとえどんな姿になったとしても、皮肉なその口ぶりはタコワサだね」


【真面目に答えると、モモモは君たちの言語でいうところの『魂』と呼ばれるもの。魂が同一であるのなら、同一人物だと定義できる。ん? なぜ笑っている?】


「嬉しいんだ。僕もタコワサも、本質的には同じなんだね」


 地球生命とモモモ生命体。両者の在り方は違えど、同じ魂を共有している。


 コミュ障の僕にしてはすんなり喜びの言葉が出た。

 どうせ隠しても、彼には思考が読まれてしまう。なら黙るだけ無駄だ。

 この三ヶ月間で、かなり素直になれた自覚がある。


【同じだからこそ、私とモモのモモモを融合させることができる】


 言うとタコワサは僕に触れた。

 驚くことに彼の触手が溶け込んでくる。


「え!? もう融合するの!?」


【もったいぶる必要はないだろう。良き旅を】


 瞬間、タコワサと僕の意識が混濁した。間も無く気を失うだろう。


 だが、歯を食いしばりどうにか耐える。

 タコワサに伝えなければいけない言葉があるからだ。


 彼の意識が濃く流れ込む。なので理解する。

 不死に近い彼が、なぜ融合を急いだのか。


 別れを惜しんだからだ。

 数百万年の離別はタコワサであっても長い。さよならを引き延ばしにして、よほど悲しくなるのを避けたのだ。


 僕とタコワサの友情は、それほどに——。


「また会おう」

【あぁ、必ずだ】


 暗転。

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