第10話 ともだち

「宇宙では味覚が薄れるんだって。だから宇宙食は濃い目の味付けにしてあるそうだけれど、僕は元来薄口が好きなんだよね」


【何が言いたい?】


「ついにだ。ついに理想の『桃』が完成した」


 ここまで本当に長かった。自然由来の甘みを出すために、さまざまな有機物を想像してきたが。なぜかいつも缶詰のように甘ったるい桃になってしまう。


 果実とは全ての素材が絶妙な塩梅で構成されている、複雑な化学物質の集合だ。


 うまく調整しないと、桃のようなナニカを量産することになる。


 理想的な桃に辿り着くまで、一月もかかってしまった。

 達成感はひとしおだ。


 もぐもぐ。うまい!!


【楽しんでいるところ申し訳ないが、こちらも進展だ。モモ、あれを見ろ】


 現在船は回転を止めていた。

 惑星軌道に乗りやすくするためだ。


 なので船内は無重力状態だが、僕はこの一ヶ月間何度も訓練を行ってきた。いまさらどおってことはない。バモスゼログラビティ!


「うわぁすげぇ」


 惑星とはズバリ、『火星』である。

 赤錆びた不毛の大地。

 ただそれだけの星を、人類は第二の故郷だと盲信している。


 火星、なーんもない。


 なぜこの星へやってきたのか。理由は明白だ。停泊するためである。


 UFOはこれより、太陽系を飛び出してタコワサの故郷、惑星『クジラ』へ向かうわけだが。


 そのためには方角や距離、軌道、速度など、さまざまな計算が必要になってくる。


 タコワサは計算式の簡略化のため、出発地点を火星に固定したいらしい。


【地球にはデブリや人工衛星が多すぎて、事故の危険性が高い。人間に存在が露見し、迎撃されても面倒だ。ならば近隣の火星を出発地に選ぶのは合理的だと言える】


 火星が近隣って。距離感覚が天文学的だなぁ。


 太陽系の脱出。そんなことが可能なのか訝しむも、この船はわずか一ヶ月で火星にたどり着けたのだ。心配は杞憂だろう。


 人類の叡智を総動員しても、今の技術では最短で半年もかかってしまう道程である。モモモってすげぇ。 

 

【理論上では亜光速まで出力することが可能だが、加速度が人体にどれほどの影響があるのかわからない。君を乗せている以上、旅は気長なものになるだろう】


「まじか」


 光速に近い速度。つまりは物質がもつ速さの限界だ。

 

 アインシュタインの理論がただしければ、物体は光速を超えることができないらしい。


【人類がミトコンドリア・アダムと同じく五次元世界を知覚できたのならば、あるいは光速を超えることも可能だったのだがな。我々モモモ生命体ですらせいぜい四次元までだ。無理な話か】


 ん? 四次元? 五次元? なんのこっちゃ。


「そういえば、クジラまでの軌道計算って、どうやってするの? コンピューターとか見当たらないけれど」


【私の暗算だが?】

「えぇ……」


【モモモ生命体は人類よりもはるかに高度な計算や記憶が可能なのだ。周囲のモモモにも演算を手伝わせることができるからな】


 そんなトンデモ脳を、タコワサは『脳宇宙』と呼んだ。


「クジラ星人パネエっす。完全に人類の上位互換じゃん」


【どうだろう。我々は君たちと違い、感受性に乏しい。どの色も希薄で淡いのだ。私はモモの愚かさがときどき羨ましく思うよ】


 褒めてねえよ、それ。


「計算、どのくらいかかるの?」

【半日といったところかな】


「その半日というのは、地球での半日? それとも火星での半日?」


【どちらであっても大差ないだろう。たかが十数分の誤差だ。細かいなぁ】


 火星の一日は24時間と37分だそう。


「そういえば、クジラ星人の一日はどのくらいの長さなの?」


【惑星クジラは自転周期と恒星我々の太陽の公転周期が同じで、常に一方向を向いている。地球と月のような関係だな】


 人類は地球から月の裏側を見ることができない。


【日の当たる場所は常に朝で、夜になることがない。そのため一日という概念は存在しない】


 なのに半日と、人類向けに分かりやすく表現してくれたわけだ。

 それを僕は無碍にした。やな奴。


 にしてもクジラ星人、当然と言えば当然だが、地球人とは何から何まで生態が違う。


 なのにこうして分かり合えている。素敵だね。


 実は僕、昨日からずっとドキドキしています。

 考えていた言葉がある。

 いつ言おうか。

 タイミングを血眼で探していた。


 キッカケなんて、見つかるはずないのに。

 なにせ僕、コミュ障だから。


 だから急に、突拍子なく——。


「ねぇタコワサ。クジラ星人に『友達』という考え方はあるの?」


 尋ねてしまう。


【あったら個人名を番号で呼んだりしないだろう】


 たしかに。


「なら……。なら、僕が初めての、と、友達なわけだ」

【格好つけるな。スカすならもっと上手くやれ。そして質問の答えはイエスだ】

「えへへ」


【では友として言わせてもらおう。モモ、昨日から君の考えは筒抜けだよ。悩みすぎ。こっちが恥ずかしくなるからやめてくれ】


 うぅ。鏡を見るまでもなく、僕の両頬は紅葉を散らしていることだろう。


 でも、でもね。

 僕だって、タコワサ。君の思考が流れてくるんだ。

 君たちクジラ星人は、感情の扱い方が下手っぴなんだよね。


 だからちっとも隠せていない。

 タコワサは大いに照れている。

 

 まったく。

 不器用な二人だ。

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さらわれたモモモ 海の字 @Umino777

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