第9話 仕事のあとのひとっぷろ

 アクシデントを共に乗り越えることで、以前よりも親密な関係になる。よくあることだ。


 宇宙人であっても同じらしい。


 僕とタコワサは妙に仲良くなった。

 タコワサ呼びにも怒らなくなったし、彼は僕を『モモ』と親しみを込めて呼んでくれた。


 信頼が言葉と共に、脳神経にも伝わってくる。

 産まれた星も、育った境遇も違うのに。

 不思議で、可笑しくて、実に愉快。


 つまり冒険はより楽しくなる。


 出立から三日目──。


『タコワサ。周囲の状況は?』

【半径0.05光年に目立った岩石は見当たらず。太陽嵐の予兆もないな。安心して命をかけてくれ】

『おーきーどーきー』


 現在僕は船外活動を行なっていた。

 つまりは真なる『宇宙』である。


 宇宙空間では音が響かないないため、声をあげても意味がない。だが僕らのコミュニケーションツールは念話だ。複雑な通信機器の必要はない。


 真空極寒であっても大丈夫、モモモ製宇宙服が守ってくれるから。

(外観は僕の希望で地球タイプのものにしてもらった。NASAのロゴも入れてある)


 EVAと言えば聞こえはいいが、やっていることは落ちたら即死の空中遊泳と大差ない。

 だが不思議と恐怖はなかった。


 周囲はベタ塗りの黒、現実味はなく。

 憧ればかりが先行して、普通に──。

『綺麗だなぁ』

 感動していた。


 片目にはタコワサメガネを装着してある。宵闇に漂う無数のモモモ泡がこれまた素敵だ。


 それにほら、透ける船の中。僕に触手を振る彼もいる。


 酸素補給のためのチューブ兼命綱が、僕と船とをしっかり繋ぎ止めているし。

 万一のことがあっても、タコワサがすぐに助けてくれるだろう。


【モモ、いつまで突っ立っているつもりだ。目的を忘れたのか?】

『ごめん、ボーッとしていた』


 目的は訓練だ。

 先の一件からもわかる通り、いついかなるとき問題が発生するかわからない。


 タコワサのおかげでどうにかなったものの、乗組員としていつまでも外様の客人であるわけにはいかない。


 救われた恩義もある。彼の役に立ちたい。知識と技術を早急に身につけなければ。


【任務の内容は以下だ。頭上のおもりまで登り、連結部を点検して来い。その際、ワイヤーに劣化・摩耗がないかも入念に確かめてくれ。物体の確認は、私より光を認識できる君の方が適任だ。任せたぞ】


 任せる。その一言がとても嬉しい。


 UFOがなぜ重力を獲得しているのか。

 船が常に振り回されているからだ。


 頭上のおもりを中心に、僕たちはグルグル回転している。なかなかの速度で。圧巻の光景である。

 

 遠心力。

 原理はバケツを回転させても、勢いが強ければ中の水が落ちてこないのと同じ。

 頭では理解していても、いつ吹き飛ばされないかとヒヤヒヤした。


 登り方は至ってシンプルだ。

 両手にはめた吸着グローブを駆使し、ワイヤーをよじ登っていく。

 

 はじめこそ慣れないスーツと、腕の負荷に四苦八苦させられたが。UFOから離れるほど、つまりおもりに近づくほど、重力は次第に緩やかになっていき。しまいにはほとんど力を入れずとも登ることができた。


『無重力だ、すげぇ』


 多少の気持ち悪さと高揚。


 水中に漂っているかのような。空中を落下しているかのような。

 体のどこに力を入れれば良いのかわからない、不気味な脱力感。

 重力に手放された、肉体の心許なさ。


 一方で点検作業は驚くほどスムーズに終了した。

 

 任務を終えたあとはお待ちかねの時間だ。


「ざっぶーん」


 入浴である。

 本来宇宙飛行において水分は貴重だ。

 だが僕たちはモモモでいくらでも作ることが可能なわけで、こうして大胆に扱える。

 排尿を濾過し、再利用する必要すらない。

 汗と垢を一息に押し流す。

 どうだNASA、羨ましいだろ。


 温めた水で容器を満たせば、即席湯船の完成だ。

 タコワサと至福の時を楽しむ。


「茹でダコになっちゃうね」

【ふへぇ】


 宇宙人からすれば、入浴は新感覚の娯楽のようだ。脳に彼のとろけきった幸せ物質が流れこんでくる。


 千年前から日本人が愛してやまないお風呂。その魅力が伝わったかな?


【悪い。少々感動した。我々星人は、長寿なわりに娯楽が少ないのだ。個体同士が没干渉のせいもある。独りぼっちではやれることが限られてしまうからね。だからちょっと驚いた】

「人間は短命でね。だから一生を使い切ろうと努力する。楽しむ努力さえすれば、千年だって飽きずに過ごせるって知っているのさ」


 肩までつかる。水嵩が増す。表面張力。ぼとぼと。

「なので娯楽が溢れています。君たちは違うんだね」


【自殺なんてものがブームになってしまうくらい、孤独な文化だ。それを抜きにしても我々は進んで他者と交流したがらない。なぜだかわかるかい? 我々星人は自身のモモモであっても観測できてしまう。そしたらね、見えてしまうんだよ。他者に影響され、単色だったモモモが濁っていく様を。まじまじと。それがたまらなく恐ろしいのだ】


 自分が自分以外の何者かになってしまうのが怖い。その気持ち、分かるな。


「人間だって同じさ。関わる人次第で何者にもなれる。独りで一生懸命育てた価値観を、誰かに『つまらない』と吐き捨てられるのは怖い」


 でも。


「タコワサ。君との出会いは僕にいい影響を与えているよ。僕のモモモは、これからもっと奇麗になりそう」

【……のぼせそうだ】


 こころなしかタコワサの表情が赤みがかっていた。

 ポカポカするね。


「お風呂気持ちいい」

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