第8話 奪われた心
「僕のせいで……。どうして。なぜそこまでして」
【たこ焼き……。無自覚失礼……。そうだな。そろそろ語らねばなるまいな。桃姫君。君の『価値』について】
UFOはただちに宇宙空間に散らばるモモモを回収した。生存スペースにも無事行き渡ったようだ。これで窒息の心配はない。
彼は話がしやすいよう、椅子と照明を想像してくれた。
【我々モモモ生命体は、惑星『クジラ』を故郷に持つ種だ。君ら流にいうのなら、『クジラ星人』になるのかな】
「クジラ?」
【かつて存在した、惑星サイズのモモモ生命体。その骸を『クジラ』と呼んでいるのだ。我々クジラ星人は、死体のモモモから発生した種族なわけ】
なるほど。だから『鯨骨生物群集』。
言葉は本来、海底に沈んだクジラの死体に群がる、数多の小さき命たちを指す。
莫大な質量を誇るクジラは、死後も栄養源として生命の拠り所となり、ある種の生態系を築くのだ。
同じことが宇宙でも起きているというのか。
【私たちの次なる目的地こそ、惑星『クジラ』だ。近い将来、自分の目で確かめることができるだろう】
へぇ〜! 普通に楽しみである。
宇宙の旅。『銀河鉄道999』みたい。
ワクワク。
【現在、我々クジラ星人は絶滅の危機に瀕している】
おっと?
急転直下、激オモのテーマである。
【本題の前にまず、モモモ生命体について言及しなければならない。我々モモモ生命体と、その他モモモ想像物を分つ大きな特徴こそ、元となったモモモが『色付き』か否かだ】
色は人間の目でも感じ取ることができるそうだ。
タコワサはわさびのような、とても綺麗なグリーン色をしている。彼曰く、僕に含まれるモモモは桃色の波長だそう。
【色付きモモモからしか生命体は産まれてこない。これに例外はなく、宇宙に漂うほぼすべてのモモモは無色透明の色なしモモモだ】
「なるほど。だから元に戻れないんだね?」
タコワサは事故以降も、なぜか可愛いままでいた。合点がいく。普通に素材不足なのだ。
【逆は可能なのだがな。色付きモモモからでも非生命体は作り出せる。だが色なしから生命体は不可能なのだ】
ううむ、先の船殻修理は、文字通り身を削った最後の手段だったわけか。
ほんと、申し訳ない。
【モモモ生命体は繁殖に生殖行為の必要がない。まだ生命になりきれていない色付きモモモを、強い『意思』が観測し続ける。『産まれてほしい。生きてほしい』。祈ることで初めて、誕生することができる種なのだ。すべてのモモモ生命体は、誰かに望まれ産まれてきた】
素敵。人間よりよっぽどロマンティックだ。
【そうでもないよ。今、惑星『クジラ』では空前絶後の『自殺ブーム』が起こっている】
「ブーム!?」
不穏な字面。
【これはモモモ生命体の種としての『強さ』に起因している。モモモ生命体は基本死なない。ご覧の通り、肉体をいくら欠損しようとも完全消滅しない限り、へっちゃらなのさ。モモモ自体が高エネルギーであるため、寿命換算で数百万年単位分、生存が可能になる】
「なるほど。人間みたいに簡単に死ねない奴らだから、自分で終わりにするしかないんだね」
イメージがしやすいね。
すべての不老不死の死因は、おそらく自殺だろう。
外的要因で死ねないのだから、自分で自分を咎めるしかない。
【モモモ生命体は、『誰にも観測されなくなった』とき、初めて死ぬことが許される。誰にも観測されないモモモは徐々に色を失い、最後には無色透明の亡骸だけが残る】
無色透明モモモからは生命が生まれてこない。
すなわちモモモ生命体の死だ。
【クジラ星人誕生からはや数万年。最古の者たちは生き続ける意味を見失い、続々と自殺を開始した。若者たちもそれにならい、互いの観測をやめた。こうなれば新たな命もなかなか産まれてこない。『どうせ死ぬのなら、産まれてこないほうがマシだ』。
なるほど。人間もそう変わらないな。
僕らだって同じだ。
少子高齢化。地球温暖化。つまりは緩やかな自殺である。
【私はそれが許せないんだ】
「なぜ?」
【私が『生きたい』と願っているから。何年でも、何億年でも。末長く生き続けたい。理由はこれといってない】
へぇ。まるでどこかの誰かさんのようだ。
【モモモ生命体は、自分を産んでくれた『観測者』の性質を濃く受け継ぐという噂がある。私を望んでくれた人は、さぞ生きたがりのやつだったに違いない】
タコワサが生き続けるのには、観測者である他者が必要不可欠だ。絶滅されては困る。だから対処する。当然の帰結ですね。
【旧態依然とした老人たちの価値観を覆すことは難しい。なので私は、イノベーションを起こしやすい『産まれたてモモモ生命体』に懸けることにした】
「さっき言ったじゃないか。出生率が低いって」
【それは現状観測者が、我々クジラ星人しかいないからだ】
「あー、なるほど。つまりクジラ星人依存でなく、僕が新たな観測者になることで——」
【残念だが桃姫君にそこまでは期待していないよ。モモモ生命体誕生には、百年単位の観測が必要になってくる。君一人では一体も産むことができず、寿命を迎えてしまうだろう】
「……」
【君を連れてきた理由は、とある者を見つけてほしいからだ】
「とある者?」
【モモモ生命体は、望まれないと産まれてこない。原則は始まりの生命であっても例外でない。この意味がわかるか?】
「うん。始まりのモモモ生命体を作った、とある者が確実にいたわけだ」
【始まりのワン。地球人風にいうのなら、『ミトコンドリア・アダム』とでもしよう。モモモ生命体の産みの親。こいつを見つけさえすれば、もう一度惑星『クジラ』を繁栄の星にすることができるかもしれない】
まじ? 希望的観測すぎない?
「何年も昔の話でしょ? もうとっくに死んでいるかもしれないじゃん。まだ生きているっていう確証はあるの?」
【それは君が地球生命だからこそ出る発想だな。我々の生死感では、なかなか死を意識できないのだよ。まぁ、確かにとっくに死んでいるかもしれない。その時はその時だ。質より量でいく。地球から全人類をさらって、大規模な観測機にしてやる。プランBだ】
やっば。流石にジョークだよね。
「がぜん僕の役割が重要になってきたぞ……。その人を見つけるために、僕がいるんだよね?」
【ご名答。君ら地球人には、我々にない大きな長所が一つだけある】
一つだけ!?
「美味しいご飯が食べられる?」
【……。訂正しよう、二つだ】
「生殖行為ができる!!」
僕はした試しがないけれど。
【地球生命は『光』を知覚することができる】
なるほど。それがあったわ。
【我々はモモモしか視認できない。かつ宇宙にはモモモが無尽蔵に漂っている。つまりだ。モモモのカーテンが邪魔をして、我々では広い宇宙の先を見渡すことができないのだ】
「人力レーダーな訳ですか!!?」
視力1.0に期待しすぎなのでは?
【ミトコンドリア・アダムがどのような光量で、どんな外観をしているのか。皆目見当がつかない。が、君たち人類なれば、見つけることが可能かもしれない】
なるほど。大まかな話の流れは見えてきた。
タコワサは死にたくない。なのに、観測者たちはじき絶滅しようとしている→
阻止するには、たくさんのベイビーが必要で→
始まりの観測者、ミトコンドリア・アダムさんも必要で→
何某さんを見つけるのに、『光』を見ることができる地球人も必須。
『星を救う』
話が途端に大きくなってきた。
「でもそれって、僕である必要はあるの?」
【まだ言うか?】
「いや、僕が選ばれた理由に対して、とやかく言うつもりはもうないよ。ただどうしても気になってしまうんだ」
【続けて】
「タコワサの説明だと、光を見ることができる人間なら、誰でもいいってことになる。なのにどうして僕に固執する? まだ出発から1日も経っていない。僕なんか見捨てて、別の人をさらいに戻ればいいじゃないか」
何万年も生きているクジラ星人の時間感覚なら、1日くらいなんともないはずだ。
「どうしてそんな姿になるリスクを犯してまで……」
極論、タコワサは僕を見殺しにすれば良かった。なにせ彼は無酸素状態でも生きられるのだから。
僕が死んだあと、今回の失敗を教訓にして、次に活かせばいい。
「星の絶滅くらいじゃ、質問の答えになっていない。もう一度聞くよ。どうして僕を救ってくれたの?」
【はぁ。みなまで言わせるなよ。本当に君は面倒臭いやつだ。わずらわしい。わずらわしい!】
「うわ。びっくりした」
タコが机の上で踊っている。
【どうして会話の流れで気づけないんだ。このコミュ障め!】
意外だ。君はそんなにも激情をむき出しにできるのか。
【どうしてここまでぜんぶ、私の『照れ隠し』だって、気づけないのかなぁ……。君が友達いない理由、なんとなくわかるな】
「そこまで言う!?」
【桃姫君が『生きたい』と願っていた】
「ん」
【事故の瞬間、桃姫君の果てしない生への渇望が、私の脳宇宙に流れこんできた。思いの丈を知って、放っておけるわけないじゃないか。だって同じなんだもん。私だって、『生きたい』と強く祈っている。君に共感してしまった。つい、嬉しくなってしまったんだ。故郷の誰一人としてわかってくれなかったこの想い。ずっと孤独だった。たまらなく寂しかった。だからこそ私は君が嬉しかった】
その言葉は未来永劫、僕の宝物になった。
その言葉ひとつで、これから何が起きたとしても。
『生きたい』と思い続けられるような——。
【もうとっくに。君を見つけたあの瞬間から。桃姫くん。私は君の色が、たまらなく好きになってしまったんだ】
愛情だった。
【なので、さらってしまいました】
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