第5話 酸素を回せ!
空気の想像にはなかなか苦労させられた。
まず手始めに、モモモの性質変化を試したのだ。
生み出すは『桃』。僕が一番好きな食べ物です。
ふわりとした果皮を脳裏に思い浮かべる。産毛の触り心地がたまらないのだ。
中の果肉はみずみずしく、酸味の向こうに、とろけるほどの甘み。
ごくり。涎をのみしだく。
「うお! すごい!」
変化はすぐに起こった。
空気中に充満する泡が視線の先に集まっていく。
みるみるうちに桃の形が再現された。
モモモはエネルギーの塊だ。
タコワサいわく、エネルギーは物質へ交換可能だそう。(意味がわからない)
仕組みを彼はこう説明した。
(長い。多分話半分に聞いておいて大丈夫なやつ)
【核分裂や核融合。簡単に言えば、『物質』を『エネルギー』に変換するということ。例えば人類史に多大な被害をもたらした核兵器は、ウランやプルトニウムどうしをぶつけ合い、相消滅させることで驚異的な爆発力を獲得している。太陽も同じだ。炎が存在できない無酸素の宇宙空間において、なぜ恒星が輝きを放っているのか。高密度の水素が核融合反応によって、エネルギーに交換される。そのさい発生する熱が、あの光なのだ。事実、太陽は年々消費されている、およそ百億年後には消えて無くなるだろう。これらは『E=mc²』という式で成り立っており。イコールで結ばれているということは、逆もあり得るということだ】
むっず。
モモモむっず。
かくして出来上がった僕初の想像物質、『桃』をほうばる。
【想像力豊かだと自称するだけのことはある。まずまずの出来栄えだ】
「まっっっず」
無念だ。
まるで味がしない。粘土にかぶりついたかのよう。
見た目、色、食感。何から何まで桃そのものなのに、味だけがひたすらにまずかった。
【果実がどのような物質で構成されているのか、君は理解できているのか? 酸味があるということは、クエン酸が由来だろう。甘いということはフルクトースか。ビタミン類や食物繊維も豊富に含まれているように思う。あらゆる化学物質の集合が、桃という果実を形成しているわけだ。それらをイメージできず、まともに生み出せるはずがない】
つまり僕は、桃のような『ナニカ』を作ってしまったということ。
どうりで味がなく、おそらく栄養価も皆無だろう。
モモモは存外扱いづらいのだな。
【私は地球滞在時、ありとあらゆる知識を脳宇宙に記憶しておいた。君の望む通りの情報を提供できる。大いに役立ててくれ】
(新設定タコワサデータバンク登場。もはや驚きすらしない)
いうとタコワサは空中に文字を描いた。
モモモの性質変化を利用しているのだろう。
浮く程度の密度である、『文字の形をした塵』の想像だ。
文字は桃の成分表であった。
かなりの情報量、とてもではないが処理しきれない。
「もっと簡単なのはないの?」
【ならばこれはどう? 非常にシンプルな食品だ】
タコワサが示した文字は以下の通り。
・ブドウ糖。
・でんぷん。
・クエン酸。
以上だ。
【俗にいう『ラムネ』だな。炭水化物を分解せずとも、直接ブドウ糖を摂取できる優れものだ。桃姫はあまり知能が高くない。素早く脳に糖分を回してくれ】
うるせいやい。
僕はタコワサデータバンクを利用し、ラムネの成分について理解を深めた。
化学式、性質、人体への影響。
久しぶりの高校化学だった。
どうにかこうにか頭を捻って数時間。
何度もの失敗を経て、ようやく一粒のラムネを生み出すことに成功した。
「うんめぇぇぇ!!」
ちゃんと甘酸っぱい、慣れ親しんだラムネの味だ。
まさか地球を出て初めての(まともな)食事が、こんなオヤツになるとは思わなかった。だとも手ずから想像した努力の結晶は、べらぼうに美味かった。
ラムネ程度ではモモモの消費も少ないのだろう、いくらでも作ることができる。
パクパク。
美味しい桃を作るのはしばらく先になりそうだ。食品への理解をより深めれば、モモモレシピも充実していくことだろう。楽しみです。
同じ要領で、どうにか冒険に必須の『水分』も得ることができた。
いよいよ本題である。
僕にとって目下の死活問題。
『酸素』の想像だ。
先の実験の結果、モモモの扱いかたが多少わかった。
ラムネに比べれば、たかが『O原子2個』で構成される酸素分子など、簡単に作ることができるだろう。実際、5分ほどで想像には成功した。
生存には多量のO2が必要になる。
僕はモモモを随時酸素分子へ交換してく。
糖分のおかげだろう、より集中力が増しているように思う。
だが、しょせんは僕だ。
ちゃんとヘマをする。
僕はせっせこ『酸素』を生み出していたわけだが。
生存に必要なのは酸素だけじゃない、『空気』である。
空気は主に78%の窒素と、21%の酸素。あとはごく少量のガスと二酸化炭素で構成されている。
つまり僕は、酸素以外にも『窒素』を想像しなければいけず。
失念した。
愚かにもUFO船内の酸素濃度が、みるみる高くなっていく。
多すぎる酸素はかえって人体に有害だ。
酷い場合だと酸素中毒に陥る。
だが心配はいらない。僕はその前に、高濃度酸素の吸引で——。
【私は連れてくる者を間違えたかもしれない……】
「幸せ〜。気持ちいい〜。あひゃひゃひゃひゃ」
ハイになっていた。
紆余曲折あって、どうにか食糧、水分、空気問題は解決した。
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