第4話 きらりん! タコワサメガネ
【我々鯨骨生物群集は生存に呼吸が必要ない。なので空気なるものをうまく想像できないのだ。すまないが、イメージできないものを作り出すことは難しい】
広いとはいえ、完全密閉された船内。タコワサの計算では、残り数日で酸欠状態に陥るそうだ。
UFOは人間用に作られていない。
当然、酸素発生装置やエアタンクなどはなく。
呼吸ができているのは、地球滞在時、UFO内部に空気を取り込んでいたからにすぎない。
空気だけでなく、飲み物や食料も見当たらない。
可及的速やかにどうにかしなければ。
【解決策は一つ。桃姫君。君自身が作り出すことだ】
「そんなことが可能なのですか?」
【もちろん。だが多少の訓練が必要になる。なに、難しく考える必要はない。失敗すれば死ぬだけだ】
死に物狂いでやれということですか……。
だんだんタコワサの性格が見えてきた。
こいつ、けっこう雑な人だ。
無茶振りを平気でするし、無理強いするし、口悪い。
思いやりというものがない。
宇宙人に常識を求めるのもどうかと思うが。
【『タコワサ』などというふざけた名称を、許した覚えはないぞ?】
そして器も小さい。
【……。本題だ。私がどのように物質を創造しているのか。方法はすばり、『あるエネルギー』を物質へ《変換》しているのだ。カリギリ。ラスホテンシア。クスルスス。ケルミド。グランファガーレ。呼び名は様々だが、総じて言えるのはいまだ地球生命が発見できていない、未知のエネルギーだということ。ダークマターや、ダークエネルギー。地球ではそう呼称する科学者もいるそう。『あるエネルギー』は宇宙中に充満しており、こうしている今も私たちを取り巻いている】
はい先生。ちんぷんかんぷんです。
【言うより見るがやすし。実際に観察するといい】
彼は船殻を不透明のものに変えた。
真っ白い壁面だ。宇宙の深い闇が隠れ、かなりの安心感をもたらしてくれた。おかげで観察がしやすくなった。
【これをつけろ】
タコワサはなんと、自身の『目』を外した。まさかの脱着式だった。
……。
ぷぷ。
【なにを笑っている。早くつけるといい】
しばらく惚けてしまった。
『目』を外したタコワサがあまりにも滑稽だったから。
エイリアン的な、大きくて奇妙な目をしていたタコワサ。
外してみると、なんとつぶらでクリクリな瞳があらわになった。
まるで子犬のような眼差しである。
か、かわいい……。
危ない。ついギャップ萌えしそうになった。
【『目』は、光しか知覚できない地球生命にも、『あるエネルギー』を観測させるためのもの。実際には目視しているわけでなく、エネルギーが空間にもたらす『歪み』を捉えているのだが。『見えない』を見る。素晴らしいアイテムだ】
難しいことを言い始めたので、さっさと『タコワサメガネ』をかける。
おぉ、これはすごい。
先ほどまで何もなかった空間に、キラキラとした『泡』が出現した。
泡はそこらじゅうに漂っている。
手を伸ばし触れてみるも、掴むことはできなかった。
【君は人類史上初めて『あるエネルギー』を観測した人間になった。おめでとう】
「そりゃどうも」
僕からしたら、小さなシャボン玉がたくさん飛んでいて、『綺麗だなぁ』くらいにしか思えなかった。
「僕が第一発見者なら、僕に命名権があるわけだ。『あるエネルギー』じゃピンとこないから、こう名付けるとしよう」
新エネルギー・須百桃姫。
略して『モモモ』。
親しみやすいんでねえの?
【モモモのもつ特性の一つに、『観測者』が脳裏で思い描いた物質へ変化すると言うものがある】
タコワサがノってくれた。嬉しい。
【私が念じれば、モモモを『金銀財宝』へ変えることだってできる】
目を見開いた。
モモモの泡がより集まり、まじり、こねられ。きらめく宝石に変わったからだ。
【量子は『観測』されることで振る舞いを変えることが多々ある。二重スリット実験などが顕著だろう。あれはとどのつまり、モモモの性質変化に近しい結果なわけだ。モモモエネルギーが物質へ変換される仕組みは、地球生命随一の天才、アルベルト・アインシュタイン氏が確立した特殊相対性理論、E=mc²で説明できる。エネルギーは物質へ交換可能なのだ】
むずいむずい!!
ごたくはいい。つまりモモモは『どんな物にでもなりまっせ』とんでもエネルギーなわけですよ。
ぶったまげたぜ。
そしてなるほど。
「モモモを『空気』に変えることが、僕に課せられたミッションなわけだね」
【その通り。でも方法がわからないって? 心配しなくていい。桃姫君、君はすでにモモモの性質変化を成功させているのだよ】
ん? どういうこと?
【モモモは非常に高出力なエネルギーだ。事実、この船を構成する原材料であるどころか、動力源にもなっている】
UFOはモモモ製なわけですか。
だから念じるだけで壁面の材質を変えたり、変形したりすることができたのだ。
【私もモモモを主成分にした生命だ。必要なエネルギーもカロリーでなく、モモモ。なので地球生命とは違い食事や呼吸が必要ない。ここでは『モモモ生命体』とでも呼ぼう】
UFOとタコワサの違いは、生命かそうでないかだけ。
【目に見えない泡とは違い、船や私は物質とモモモの中間のような立ち位置にある。つまりタコワサメガネを使わなくとも視認でき、観測者が『強く念じる』ことで姿を変えることができる】
なるほど。
え? つまり?
【船がUFOなのも。私がこのようなタコさんであるのも。『君がそう念じた』結果なのだ】
なにが『漫画でも忌避するようなステレオタイプのUFO〜』だ。
なにが『みたまんまのタコ星人〜』だ。
それってばつまり、僕の想像力が『その程度』ってことじゃないのか。
なんか、ごめんね。
【悲観するな。これはすごいことだ。私は君の前で本来の姿を保っていられない。それほどに君の持つ『想像力』が《強い》ということだ。群を抜いてね。身に覚えがあるのではないか?】
確かに僕は人よりも想像力(妄想力とも言う)が強いほうだろう。
強いだけで、豊かではない。
実に僕らしいね。
今から恥ずかしい話をします。
僕は友達がいない。
幼少の頃から、一人つつましやかに生きてきた。
だからだろう、空想だけが友だった。
お空ではいつもドラゴンが泳いでいたし、棒切れは魔王を倒すための勇者の剣だった。水たまりを覗けば秘密の王国が隠されていて、世界は救済を求めていた。
(全部好きなアニメのシナリオ……)
仲のいい遊び相手もいた。
彼女は俗にいうイマジナリーフレンドだったわけだが。
成長し、彼女が《そう》であると気づいてなお、あえて消さずにずっと遊んでもらっている。
ねぇタコワサ。実は彼女ね、今も君の横にいるんだよ。
とっても可愛いんだ。笑顔が素敵で、僕の大好きな人なんだ。
【えぇ……】
決めた。
想像力がタコワサの姿も変えるのなら。
徐々にお前を可愛くしてやるぜ。
ちっちゃくして、もっとデフォルメをかけて。
マスコットに仕立て上げよう。
そっちのほうが仲良くできそうだ。
【マジか……】
心なしかタコワサ周りのモモモが震えていた。
怯えているようだった。
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