第2話 あらわれたタコワサ

 僕はどんな人間か。

 

 一言で言い表すのなら。

 やはり『つまらない男』になる。


 勉強も部活も他者との交流も。

 頑張ったことなんてついぞない。


 苦しくならない範囲で、適度に流して生きてきた。

 つまらない男だから、つまらない人生しか送れないのだ。


【たとえ君がつまらない奴だとしても、変わるチャンスは平等に与えられている】


「うお!!」


 今宵、人生は転換点を迎えた。

 僕は文字通りUFOにさらわれてしまったのだ。


 まず驚いたのは周囲の景色だ。

 どういう原理か。UFOの内部からは船殻が透けて見えるようで、眼下に街の夜景が広がっている。


 船内に目立つものは一切置かれておらず、なので宙に立っているような錯覚を覚えてしまう。高所に気が動転して腰を抜かす。


【初めまして。私は鯨骨げいこつ生物群集個体番号1127。歓迎するよ、『須百 桃姫すもも ももひめ』君】

 

 いよいよもってトンチキだ。

 なぜか僕の名を知る宇宙人との邂逅。

 

 不思議なことに、脳は彼の言葉を『言語』として認識していない。まるで『意思』そのものが頭へ直接流れ込んでくるかのようだ。


 なので日本語を解さない宇宙人との、コミュニケーションが成立している。

 文脈から察するに、彼は僕の思考を読んでいるのかもしれない。


【ご明察だ。私は君の思考を読み取ることができる】


 わお。


「初めまして……」

 

 僕ってば、なに律儀に挨拶してんの?

 それどころじゃないだろうに。


 彼(彼女?)は僕のことをじっと観察している。

 そうとわかるのは、彼が大きな『目』を持っていたからだ。だが理解できる部位はそこだけ。


 彼は人よりも何倍も大きな頭をしており、緑色の外皮がブヨブヨとたるんでいる。(巨大なよもぎ餅みたい)


 その自重をどうやって支えているのか。数本の細長い触手だけが、頭から垂れ伸び起立している。


 多少うす気味悪いが、とてもシンプルな外観だ。

 様はまさに、見たまんまの火星人タコ星人である。


 なぜ僕はこのタコ野郎にさらわれてしまったのだろう。


【我々に性別という概念はない。男性を指す『野郎』という表現は不適切だ。『タコさん』と訂正願いたい】


 どんなこだわりだよ……。


 いまのところ、タコワサ(タコワサビみたいな色だから)は僕に危害を加えてこない。

 拉致監禁という重罪に目をつぶればだが。


 僕の勝手なイメージでは、エイリアン・アブダクション→UFOに連れ去られた人間は、実験の末に殺されるか。体内にインプラント何某なにがしを埋め込まれて放出される。


 どちらにせよタダで済むはずもなく。

 なんとか身を起こして警戒を示す。


【心配しなくていい。私は君に害意がない。もちろん、君をさらったのには大いなる理由がある。しかし説明するには時間がかかりすぎてしまう。一つ明言できることがあるとすれば、君には権利がある】


「権利?」


【なにも聞かず地上へ戻るか。はたまた私と二人で、果てしない宇宙の旅へ出るか】


 ドクン。心臓が一段大きく脈打った。

 答えなど決まりきっている。腹の底から湧き上がる『YES!!』だ。

 

 たとえ旅路がどれほど過酷であろうとも。

 つまらない人生よりかは幾分楽しめそうだ。

 

 地球の重力は、空っぽの僕には強すぎる。


【もちろん前者を選んでも、記憶を消すような小細工はしない。なんなら、スマホなる端末で私とのツーショットでも記録するといい。記念写真をSNSへ投稿して、イイネでも稼いで、承認欲求を満たしてもらって構わないぞ。地球にはそういった文化があることは調査済みだ】


 えらく核心づいた調査ですね。

 こいつ、かなり人間への理解があるぞ……。

 

 僕はすぐに返事をすることができなかった。

 胸中にわだかまる疑念のせいで、つい『さらってくれ』という本音を抑えてしまったのだ。


【『なぜつまらない僕が選ばれたのか』。ふん、後ろ向きな思考だな。確かに今回の旅路へ連れて行く人間は、桃姫君でなくても構わないよ。君が特別優れているわけでは決してない。安心しろ、君は自己評価通りの男だ】


 そりゃどうも……。

 

【ただ、偶然さらわれたのが君だった。運が悪かっただけ、などと言うつもりも毛頭ない。桃姫君をさらったのには歴然とした理由があるんだ】


 タコワサの触手が僕へ伸びた。

 びっくりして身構えてしまうが、こいつに敵意がないことは、これまでの会話で理解している。


 彼の感触が気になったのもあるし、友好的姿勢を示すため警戒を解く。


 触手は僕にまとわりつき、へたり込む僕を起こしてくれた。


 意外と冷たくて心地いいんだね……。


【私が君を選びたかったんだよ】


 えらくキザなセリフだが、いかんせん見てくれがタコなせいで、絵面が面白いことになっている。


【まず第一に、地球に対して愛着がない人間のほうが好ましい。長い旅になる。帰ってこられる保証は申し訳ないがしてやれない】


 地球に未練などない。守るべきものは皆無だ。唯一血のつながった母とはすでに絶縁関係にある。


 残っているものがあるとすれば、無駄にかさんだ預金通帳の数字だけ。思い入れはない。


 地球上から僕が消えたとしても、誰も悲しまないし、きっと探してくれさえしない。


 自分で言ってて悲しくなってきたな……。


【そして第二に、良くも悪くも君の心は落ち着いている。高所にこそ生物的な恐怖心を見せたが、異星人である私や、宇宙船でさらわれたこの状況を受け入れている。そのメンタリティは今後なんども役に立つだろう】


 もちろん驚きはある。だが疑問の方が強かった。


 なぜこんなにも『楽しそう』な物語の担い手に、僕が選ばれてしまったのか。


 もっと愉快なやつの方が適切でないのか。


 ほら、いつだって僕は僕のことばかりだ。

 僕が。僕は。僕だから。

 きっと、宇宙の旅なんかよりもずっと。

 僕は僕のことが嫌いだという気持ちのほうがでかい。


 自己嫌悪の惑星だ。


【最たるは、やはり性質だろう。君はもっとも『生きている理由がない』人間群に属する。俗に言うモブというやつ】


 言ってくれる……。

 確かにそうだけれども。


【だが、面白いことにもっとも『生に執着している』人間でもある。一つ質問しよう。君は今まで一度でも、『死にたい』と願ったことがあるかい?】


「ない」


 それだけは断言できた。

 僕は死にたくなんてない。


 理由はない。

 感情すらいらない。

 

 もっと根深く、最も原始的な生物としての欲求だ。

 逆に聞くけど、生きるのに理由っているの?


『絶対に死にたくない』


 できれば120歳まで生きたいし、願わくば不老不死になってみたい。


【つまりは普通のやつということ。地球生命としてあるべき形だ】


 青春も、感動も、友情も、なにもない人生だった。


 ただ僕は、それら願望を削ぎ落としたあとに残る、残骸生存欲求を大切にしているだけ。


【だが普通というのは、君が思っている以上に素晴らしいことだよ。死なないでいてくれる。これほど頼り甲斐のあるクルーはいない】


 だから僕が選ばれた。


【次は君の番だ。桃姫君には選択肢がある】


 地球か。宇宙か。

 つまらない人生か。楽しそうなタコワサか。

 

 これ、選択の余地あるの?


 タコワサは言ってくれた。

『変わるチャンスは平等に与えられている』


 生まれて初めて、誰かに選んでもらえた。

 次は僕の番だ。


「僕はあなたがいい。あなたを選びます」


【さっさとそう言えばいいのに。めんどうくさいね、君】


 僕はおそらく、宇宙人に呆れられた史上初の人間だ。


 幾年ぶりだろう。

 心が跳ねている。

 長い旅が始まる。

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さらわれたモモモ 海の字 @Umino777

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