第2話 あらわれたタコワサ
僕はどんな人間か。
一言で言い表すのなら。
やはり『つまらない男』になる。
勉強も部活も他者との交流も。
頑張ったことなんてついぞない。
苦しくならない範囲で、適度に流して生きてきた。
つまらない男だから、つまらない人生しか送れないのだ。
【たとえ君がつまらない奴だとしても、変わるチャンスは平等に与えられている】
「うお!!」
今宵、人生は転換点を迎えた。
僕は文字通りUFOにさらわれてしまったのだ。
まず驚いたのは周囲の景色だ。
どういう原理か。UFOの内部からは船殻が透けて見えるようで、眼下に街の夜景が広がっている。
船内に目立つものは一切置かれておらず、なので宙に立っているような錯覚を覚えてしまう。高所に気が動転して腰を抜かす。
【初めまして。私は
いよいよもってトンチキだ。
なぜか僕の名を知る宇宙人との邂逅。
不思議なことに、脳は彼の言葉を『言語』として認識していない。まるで『意思』そのものが頭へ直接流れ込んでくるかのようだ。
なので日本語を解さない宇宙人との、コミュニケーションが成立している。
文脈から察するに、彼は僕の思考を読んでいるのかもしれない。
【ご明察だ。私は君の思考を読み取ることができる】
わお。
「初めまして……」
僕ってば、なに律儀に挨拶してんの?
それどころじゃないだろうに。
彼(彼女?)は僕のことをじっと観察している。
そうとわかるのは、彼が大きな『目』を持っていたからだ。だが理解できる部位はそこだけ。
彼は人よりも何倍も大きな頭をしており、緑色の外皮がブヨブヨとたるんでいる。(巨大なよもぎ餅みたい)
その自重をどうやって支えているのか。数本の細長い触手だけが、頭から垂れ伸び起立している。
多少うす気味悪いが、とてもシンプルな外観だ。
様はまさに、見たまんまの
なぜ僕はこのタコ野郎にさらわれてしまったのだろう。
【我々に性別という概念はない。男性を指す『野郎』という表現は不適切だ。『タコさん』と訂正願いたい】
どんなこだわりだよ……。
いまのところ、タコワサ(タコワサビみたいな色だから)は僕に危害を加えてこない。
拉致監禁という重罪に目をつぶればだが。
僕の勝手なイメージでは、エイリアン・アブダクション→UFOに連れ去られた人間は、実験の末に殺されるか。体内にインプラント
どちらにせよタダで済むはずもなく。
なんとか身を起こして警戒を示す。
【心配しなくていい。私は君に害意がない。もちろん、君をさらったのには大いなる理由がある。しかし説明するには時間がかかりすぎてしまう。一つ明言できることがあるとすれば、君には権利がある】
「権利?」
【なにも聞かず地上へ戻るか。はたまた私と二人で、果てしない宇宙の旅へ出るか】
ドクン。心臓が一段大きく脈打った。
答えなど決まりきっている。腹の底から湧き上がる『YES!!』だ。
たとえ旅路がどれほど過酷であろうとも。
つまらない人生よりかは幾分楽しめそうだ。
地球の重力は、空っぽの僕には強すぎる。
【もちろん前者を選んでも、記憶を消すような小細工はしない。なんなら、スマホなる端末で私とのツーショットでも記録するといい。記念写真をSNSへ投稿して、イイネでも稼いで、承認欲求を満たしてもらって構わないぞ。地球にはそういった文化があることは調査済みだ】
えらく核心づいた調査ですね。
こいつ、かなり人間への理解があるぞ……。
僕はすぐに返事をすることができなかった。
胸中にわだかまる疑念のせいで、つい『さらってくれ』という本音を抑えてしまったのだ。
【『なぜつまらない僕が選ばれたのか』。ふん、後ろ向きな思考だな。確かに今回の旅路へ連れて行く人間は、桃姫君でなくても構わないよ。君が特別優れているわけでは決してない。安心しろ、君は自己評価通りの男だ】
そりゃどうも……。
【ただ、偶然さらわれたのが君だった。運が悪かっただけ、などと言うつもりも毛頭ない。桃姫君をさらったのには歴然とした理由があるんだ】
タコワサの触手が僕へ伸びた。
びっくりして身構えてしまうが、こいつに敵意がないことは、これまでの会話で理解している。
彼の感触が気になったのもあるし、友好的姿勢を示すため警戒を解く。
触手は僕にまとわりつき、へたり込む僕を起こしてくれた。
意外と冷たくて心地いいんだね……。
【私が君を選びたかったんだよ】
えらくキザなセリフだが、いかんせん見てくれがタコなせいで、絵面が面白いことになっている。
【まず第一に、地球に対して愛着がない人間のほうが好ましい。長い旅になる。帰ってこられる保証は申し訳ないがしてやれない】
地球に未練などない。守るべきものは皆無だ。唯一血のつながった母とはすでに絶縁関係にある。
残っているものがあるとすれば、無駄にかさんだ預金通帳の数字だけ。思い入れはない。
地球上から僕が消えたとしても、誰も悲しまないし、きっと探してくれさえしない。
自分で言ってて悲しくなってきたな……。
【そして第二に、良くも悪くも君の心は落ち着いている。高所にこそ生物的な恐怖心を見せたが、異星人である私や、宇宙船でさらわれたこの状況を受け入れている。そのメンタリティは今後なんども役に立つだろう】
もちろん驚きはある。だが疑問の方が強かった。
なぜこんなにも『楽しそう』な物語の担い手に、僕が選ばれてしまったのか。
もっと愉快なやつの方が適切でないのか。
ほら、いつだって僕は僕のことばかりだ。
僕が。僕は。僕だから。
きっと、宇宙の旅なんかよりもずっと。
僕は僕のことが嫌いだという気持ちのほうがでかい。
自己嫌悪の惑星だ。
【最たるは、やはり性質だろう。君はもっとも『生きている理由がない』人間群に属する。俗に言うモブというやつ】
言ってくれる……。
確かにそうだけれども。
【だが、面白いことにもっとも『生に執着している』人間でもある。一つ質問しよう。君は今まで一度でも、『死にたい』と願ったことがあるかい?】
「ない」
それだけは断言できた。
僕は死にたくなんてない。
理由はない。
感情すらいらない。
もっと根深く、最も原始的な生物としての欲求だ。
逆に聞くけど、生きるのに理由っているの?
『絶対に死にたくない』
できれば120歳まで生きたいし、願わくば不老不死になってみたい。
【つまりは普通のやつということ。地球生命としてあるべき形だ】
青春も、感動も、友情も、なにもない人生だった。
ただ僕は、それら願望を削ぎ落としたあとに残る、
【だが普通というのは、君が思っている以上に素晴らしいことだよ。死なないでいてくれる。これほど頼り甲斐のあるクルーはいない】
だから僕が選ばれた。
【次は君の番だ。桃姫君には選択肢がある】
地球か。宇宙か。
つまらない人生か。楽しそうなタコワサか。
これ、選択の余地あるの?
タコワサは言ってくれた。
『変わるチャンスは平等に与えられている』
生まれて初めて、誰かに選んでもらえた。
次は僕の番だ。
「僕はあなたがいい。あなたを選びます」
【さっさとそう言えばいいのに。めんどうくさいね、君】
僕はおそらく、宇宙人に呆れられた史上初の人間だ。
幾年ぶりだろう。
心が跳ねている。
長い旅が始まる。
さらわれたモモモ 海の字 @Umino777
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