Episode3.冬城燈華、廃病院での出来事
燈華が
燈華は紡に連れられ、街中のある廃ビルに来ていた。
二棟からなる廃ビルはバブルの名残と言えるもので、自殺者が多数出た為、現在は取り壊しが検討されている。
いえ、正確には検討されていたという過去形が正しい。取り壊そうとするとその度に必ず事故が起きた。
いつからか『呪われたビル』と呼ばれるようになったこの
ビルの中は埃まみれの空間、荒れ放題の内部は、燈華たちのようなか弱い女の子だけで進むにはとても安全とは言えないような場所。
「こんなところまで連れてきて何をするの?
埃だらけで空気は悪いし、荒れ放題で進みにくいし、なんだか気味悪いし――――
私としては早く帰って、そろそろ“魔弾”の次を教えて欲しいんだけど」
スカートに纏わり付く埃を払いつつ燈華は隣を歩く紡の反応を
撫で払うように服を叩く少女は燈華へと顔を向ける。
「
それから、気味が悪くて当然よ。ここには未だに自殺者の思念が残っているもの」
服を叩いていたのは
自殺者の思念などというおぞましいものですら、纏わり付く
白い
落ち着いていると言うよりは、興味がないといった方がしっくり来る無表情。
肌と対となる
茶味の強い瞳は、しっかりと燈華へ視線を向けている。
全体の雰囲気からは最近の女子高生と変らないものだが、よくそんな皮をずっと被っていられるものだと燈華は思う。
似合いすぎているのだ、怖いくらいに。
外国人であるはずなのに日本人としての違和感を持たせない。
初めからそう作られていたとさえ感じさせる違和感。
同性の燈華から見てさえ美しいと感じさせる彼女の名は
燈華と同い年の、魔術を教えてくれている日本に住む外国産の魔法使い。
「そんなこと言われなくても気付いているよ」
落ち着いた紡の反応に納得がいかず、頬を膨らませてみた。
自殺者の思念が残っていることは薄々だが気付いていた。
神秘に関る者として、いわく付きのものに触れる機会は少なくない。
遺跡などに遺されていた古代人の呪などは良く聞く話しだ。
油断せず、対処すれば問題などないが、実はまだ幽霊などに慣れていないどころか苦手なままである。
「今日ここに来たのはね、あなたの魔弾の性能を測るためよ。
最近ここだけ魔力の反応が大きいの。もしかしたら何か居座っているのかも知れないと私は考えているわ。
そこであなたの魔弾の試験と調査を兼ねてここを今日の練習場に選んだのよ。
未だに未練がましくしがみついていて、生者を呪うだけの死者の魂なんて、的にするには丁度良いでしょう?
あと、そろそろ幽霊程度には慣れて欲しいのだけど」
いつも
苦手なものはどうしても苦手なのだ。
「でも試験ってどうやるの?」
「それはね、あなたの魔弾であれを倒してもらおうと思って」
そう言って紡が指さした場所、隣の棟の屋上を見ると人型の何かが立っていた。
人型らしきものの目が光るとカタカタと音を立てて、こちらの棟へと進んできている。
「
「燈華、あれは私の持ち物じゃないわ。
あれは
「オート、マタ? 何よ、それ」
「オートマタ。日本語に直訳すると自動人形。
文字通り人の手を借りず、与えられた魔力のみを
本来であれば何かしら隠された機能があるはずだけど……それらしき物もなさそうね」
「その
燈華の脳裏を過ぎるのは良くない気配。同属の中でもあまり関りを持ちたくない部類の気配。
「十中八九こちら側の人間。そう、あなたが感じた通り相手は魔術師か、より専門的な知識と技術を極めた人形師のどちらかね。
町への不法侵入者の持ち物だし、あれを壊せば試験は合格ってことでいいわ。
あと、分かっているとは思うけど、私は手伝わないから」
紡と話しをしている間にもカタカタと何かの物音を立てる
割られた窓から響いて来る足音からは、速度は遅いが着実に距離を詰めていることを予測した。
別棟にいたはずの自動人形は既にこちら側の棟に侵入して来ている。
「人形はここで迎え撃つわ。紡から何かアドバイスってある?」
「そうね……見た感じかなり型の古い骨董品だったから、少なくとも魔術を使って来る事はないと思うわ。
油の臭いがしないから、無粋な近代兵器が仕込まれているってこともないでしょう。
おそらく、近づいて来て身体に仕込んだ刃物で刺すって所だと思うわ」
紡のアドバイスを聴き、燈華の戦闘方針は決まった。
それは今の燈華が行える魔術の中で最も得意とする方法。
幸いな事に今いる場所は見渡しがよく、かつ障害となる物と隠れる場所や逃げ場のない一直線の廊下である。
燈華の自信は確信へと変わる。
「私の持てる限り最高の技で、最強の一撃を。これに限るわね」
待ち構えて居たところに自動人形は現れた。
角を曲がり来る人形は頭を回転させ標的を探している。
カタカタと音を鳴らし、不気味に光る瞳は待ち構える燈華を捕らえた。
瞬間。
自動人形の足が割れ、中から車輪が飛び出した。自動人形は加速する。
「加速する事は想定内よ」
燈華は戦闘方針が決まった時から右腕全体に魔力を集めていた。
集められた魔力は既に現実において光という現象で形をなしている。
燈華は突き出した右手の先に術式陣を展開した。
集めた光は術式により加工される。
拳銃に見立てた陣へ術式を弾丸のように装填する。
あとは燈華の動作というトリガーを残して待機させる。
「消し飛びなさい」
握りしめた拳で陣を叩く。
一秒のロスもなく陣は与えられた命令に従い、装填された弾丸をターゲットに向かって打ち出す。
魔弾が自動人形に迫ろうとした時、自動人形は体のパーツを切り離し、分解する。
「そう、それが最善の策? 愚策ね。弾けなさい《クラスター》!」
一振りする腕の動作で機動するのは、魔弾に込めていた別の術式。
燈華の声に呼応し、魔弾は拡散し、自動人形へ炸裂する。
魔弾の直撃を受けた自動人形は瓦解し、青白い炎を吹き出した。
「案外脆いものね。紡、私の魔弾の点数は?」
「“クラスター”も使えるみたいだし、何より破壊できたから合格よ。ただ、油断するにはまだ早いわ」
紡から太鼓判を押され喜ぶ燈華の後ろを紡は指差す。
振り向くとそこには瓦解したはずの自動人形の頭だけが、青白い炎を吹き上げながら宙に浮んでいた。
『たいしたものだな。まさか一撃で破壊されるとは……少し甘く見ていたかな』
地の底から響くような言葉を発する自動人形の頭はまさに『喋る
髑髏の瞳に灯る青い炎は激しく燃え上がっている。
「私たちの命を狙っているのかしら?」
自身を鼓舞すべく高圧的な態度をとり、余裕を見せ、手に再び魔力を集め出す。隣の紡を見ると髑髏を執拗に観察している。
紡が本以外に興味を示すのは珍しい。喋る髑髏なんていうモノが、彼女の興味を引いたのかもしれないけど、メルヘンチックなものにしか興味がないと思っていたから驚きだ。
燈華の言葉を聞き髑髏は愉快そうにカタカタと音をたてて笑う。
『命を狙ったわけじゃない。お前の祖父から依頼を受けてお前を試しただけだ。
現にその自動人形の体の中には刃物の類は無かっただろ?』
燈華が調べようとするが、それを紡が制する。
「私が調べるわ。貴女は人形を見るのも今日が初めてだったんだから、じっとしてなさい」
紡が一冊の本を取りだして開くと、彼女の足元から小さな人型の何かが這い出てくる。紡が二三言人型に話しかけると人型は敬礼をして自動人形を調べだす。
緑色の人型が人形の中を開くと、そこには刃物は無く金属の筒が入っているだけ。人型から金属の筒を受け取った紡は少しだけ眺めて、筒を燈華に差し出す。
「ただの筒よ。何もないただの金属の筒」
紡の発言に拍子抜けし、集めていた魔力が霧散した。
燈華と紡のやり取りを見ていた髑髏の笑い声が廃墟に響く。
『お前たちのポカンとした顔、最高ムシャ』
「「むしゃ?」」
髑髏から聞える新しい声の違和感に紡と首をかしげる。
硬いものが叩かれる音が髑髏の口から響く。
『お前は黙っていろ、チビ武者。
ともかく、その筒の中に地図が入っている。一ヵ月後、地図に記した場所に来い』
「貴方の言葉は信じるに値するの?
この場所は霊気に満ち溢れている。燈華の破壊した人形に乗り移っても不思議じゃない」
紡が髑髏から漏れる焦りの声に疑問をぶつける。
確かに誰だかは分からないが、急にこんな
髑髏の笑い声は消え、炎の瞳と目が合う。
紡が一冊の本を取りだすのを合図に、燈華は霧散した魔力を再びかき集め陣を展開する。
『自殺した亡者の思念か。確かにそれが人形に宿る事は否定しない』
髑髏の眼の部分に灯っていた炎の瞳が消える。まるで瞬きをしているかのように、髑髏全体を包む蒼い炎は眼球のある部分だけ消えている。
燈華はトリガーを引くべく拳を引き、紡は本を静かに開く。
『だが、たかが自殺者の妄念如きが、この炎に近寄る事すら出来ないよ。この“蒼い炎”にはね』
「そんな小さな灯火、私の一撃で消し飛ばしてあげるわ」
瞬時に展開される魔法陣を拳で再び叩き割る。
砕け散る陣の破片が髑髏へと向かう。
髑髏を破壊せんと飛来する破片を、髑髏は何かアクションを起こすことなく纏う蒼い炎に触れる前に燃え尽きる。
「嘘でしょ、魔力の塊を燃やすなんて」
「魔力さえも焼き尽くす蒼い炎―――」
予期せぬ出来事にただただ髑髏を睨みつける事しかできなかった。髑髏の蒼い炎の瞳が再び灯ると徐々に蒼い炎が髑髏そのものを燃やし始める。
『一ヵ月後の満月の夜に会おう』
その言葉を最後に髑髏は宙で燃え尽きた。
残されたのは金属の筒と謎の粉だけ。
自動人形を焼き尽くしたこげ跡も灰さえも残ってはいない。
唯一残った謎の粉を採取するべく瓶を取りだすと同時に、室内に急な突風が発生し、粉を巻き上げ、窓を突き破り何処かへとさらっていく。
風から僅かに魔力を感じたような気がしたが、その感覚も確証に変わるよりも前に風と共に消える。
「ねぇ、紡。どう思うこれ」
紡の張り巡らせている魔力探知のセンサーにすらかかることなく発生した突風は高度な技術で、その使い手は燈華や紡よりも格が上ということになる。
要するに相手は魔法使い。とりわけ強力な魔法使いとなってしまう。
「多分だけど、言っていることは信じて良いと思う。その気があるのなら今さっきの風のように私に勘付かせることなく殺せるのだから。
私は私で調べることが出来たから早く帰りたいのだけど」
「そうね、夏が近いとはいえ、夜はまだ肌寒いし、早く帰りましょう」
紡の後を追うように燈華は廃ビル内を引き返す。
外に出て服の埃を払う。
紡は埃を払ったのかなと視線を向けると、魔法でちゃっかり綺麗にしており、帽子を被っている最中であった。
魔法使いが自分の為に魔法を使う事を燈華は否定しないし、魔法使いにとって自身の魔法とはそういうものだと知っている。
知っているけど……隣にいる友人の服を一緒に綺麗にしてくれてもいいのではと心の中で思う。
既に時計の針はテッペンを回っている。
終電は期待するだけ無駄。
当然、紡の家がある丘の上、住宅街のさらに上までの帰路は徒歩となる。
紡はスタスタと先を行く。
自身の運のなさを嘆きトボトボと後を追うが、立ち止まる紡にぶつかる。
「イタッ! 紡、急に立ち止まらないでよ」
「今日は……満月だったのね」
「明るいとは思っていたけど、満月だったかー。月をしっかり眺めたのっていつ以来かな」
月の光を一杯に浴び、月を眺め燈華は遠い過去へと思いを馳せる。
横にいるはずの紡を見ると、スタスタと先を行く姿に燈華は慌てて追いかける。
廃ビルを跡にする二人は、家路を急ぐ。
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