Episode.暗躍する者達

 二人の少女が廃ビルを立ち去った頃。

 ビルの屋上の風景が揺らぎ一人の男が姿を現す。

 まるで、二人の少女を監視していたかのように。


「まさか拡散型の魔弾、“クラスター型の魔弾”を使えるようになっているとはね……少々読み間違えたみたいだな。

 まだまだ未熟者のお嬢さんって思っていたが、評価を改める必要があるようだ」


 黒いコートにその身を隠し、廃ビルの屋上でたたずむ男は、行われていた戦闘の様子から何かの判断をしている。


「それにしても……一億チョイの大金が、たった一晩で灰か。

 いや、灰すら残らず、が正解か。

 魔弾の技術はそれなり、威力の方もそれなりにはある。『魔法使い』どうこうは別として、その身に秘めた才能は確かだ」


 魔法連盟のシェニッツァーに依頼し、製作してもらった自動人形オートマタの燃えカスを回収する為に放った魔術の風が、自然と手の平に乗せた瓶の中へと納まるのを待ち封をする。

 廃ビルの屋上、風に黒いコートがなびく中、流哉は自動人形なんて使わずに別の方法を使えば良かったと瓶の中の粉を見ながら少し後悔していた。


「そうムシャ。ムシャを使えば余計なお金を使わなくて良かったムシャ。

 流也りゅうや月夜つくよもお金をもっと大切に使うムシャ」

「うるさいな。お前に言われなくても分かっているよ。

 そもそも、力試しにお前を使える訳ないだろう。簡単に決着がついたら何の判断もできないだろうが。

 それに、お前を出したら直ぐにつむぎにバレてたよ」


 コートのポケットから飛び出してきたお菓子の箱のようなものは、菓子の開け口のような口を動かして流暢りゅうちょうに喋り出す。


「話している途中で勝手にしゃべり出しやがって、紡に余計な情報を与えたかもしれだろうが。

 わざわざ姿をさらさず、オートマタなんて回りくどい方法を使ったっていうのに。

 まあ、これで燈華とうかが魔術を使うに相応しいと分かっただけでもよしとしよう。

 魔法に至るだけの運と実力があるのかは別の話しだが、魔法を得るだけの資格は十分にある」


 冬城とうじょうの老魔法使いの二人が手解きをしていないことは事前に知らされている。

 今夜、お遊びとはいえ自動人形を完全に破壊するだけの魔術の腕を燈華とうかは流哉に見せた。

 紡が入れ知恵をしたとしても、魔術の腕を独学で磨いたというのであれば、その才能を認めないほど耄碌もうろくしてはいない。

 環境を整え、腕を磨き、実戦で力を見せた。連盟の学舎まなびやで理論だけで全てを理解した分かった気になっている連中とは比べるまでもない。

 短期間で磨き上げたにしては、魔弾の腕は良い線をいっている。

 魔法使いと結んだ縁というものは、実力だけではどうしようもないもので、当人が生まれ持った運や星の巡り合わせとという部分の話しになる。

 実力は磨けば光る、運も持ち合わせている。後は魔法という奇跡を掴めるかどうかは燈華当人の問題だ。


「祖母さんがオレの為に手放した『月の瞳』は一億程度で手に入るとは思えないし、必要経費ってことでよしとしよう。

 大金叩いて作ったオートマタを灰すら残らないようにしたのはオレ自身ってことだし、よしとしよう」

「自分を誤魔化してもお金は返ってこないムシャ」

「うるさい」


 何度も己に言い聞かせるように呟き、しゃべる小箱をコートの内ポケットに押し込む。ついでに手に持った瓶もしまう。

 初夏のある夜、雲一つない夜空の下。

 流哉はかつて祖母と一緒に見上げた景色に今の星空を重ねる。

 当時ほどの感動も無ければ、ただただ脳裏に焼き付いた思い出だけがよみがえる。

 流也にとって星空というのは懐かしさに接続アクセスするための触媒なのかもしれない。


 ふと、隣の建物へと視線を向ける。


「虫けらの気配を感じたような気がするが……気のせいか」


 真夏の夜に一陣の風が吹く。

 流哉の纏うコートが風にはためき、その姿を覆う。

 風が止んだ時、そこには誰もいなかった。



 流哉りゅうやが姿を消してからわずかばかりの時間が経ち、彼が視線を向けた先の廃ビルの屋上のびついた扉がきしむ音を立てて開く。


「地図……ね、面白そうなことになってきた。

 こちらに気付いたのか分からないが、あの傲慢ごうまん不遜ふそんな魔法使いの裏をかくチャンスが巡ってくるとは、待ったかいがあるというものだ。

 待っていろ、リュウヤ・カミシロ。我らの怒り、思い知るがいい」


 髑髏が燃え尽き、燈華達が去った後、息を潜めていたナニモノかが動き出す。

 夜の街に三者三様の思惑が溶け込む。

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