EpisodeEx.喫茶店での出来事『その弐』西園寺紡のあくる日の出来事その後

 燈華と分かれてから少し、店主マスターから借りた本の百十三ページ分くらいを読み進めるほどには時間が過ぎた頃。

 紡が座る席に近づいてくる者の気配に気づき、視線を本から上げる。

 そこには先ほどまで居た燈華とうかとの話題に上がっていた二人、冬城紫電とうじょうしでん冬城雪乃とうじょうせつのがいた。


「こんなところで会うとは。奇妙な縁もあるものだな、童話の魔法使い」

「あら、雷と雪、二人の魔法使いが私に何の用かしら?」

「ここに立ち寄ったのは偶然ですよ」

「相席してもよろしいかな?」

「構わないわよ」


 二人は対面に腰をかけ、水を運んできた給仕に注文をしている。

 ついでにと紡も追加の紅茶を注文する。


「さて、燈華とうかの魔力の残滓があるが、二人は何をしていたのかな?」


 値踏みするように雷の魔法使い冬城紫電が見つめてくる。

 紡を童話の魔法使いと認識してこのような態度を取れるモノは魔法使いを含めて珍しい。

 本当に、むかつくわ。


「特別、何かをしていた訳ではないわ。

 学校の帰りにたまたま会って、そのままお茶をしに来ただけよ」


 カップを傾ける動作ジェスチャー揶揄からかってみるけど、目に浮かぶ色は自身の孫にでも向けるような優しいもの。効果的ではないというより、意味がない。


「あの子はもう少し魔力の扱い方を身につけないとダメね。

 私たちほど隠せとは言わないけど、これでは足元をすくわれかねないわ」

「まあ、燈華も少しずつだが成長しているのだから、雪乃ゆきのさんもあまりきつく言うのは良くないよ」

紫電しでんさんが甘やかすから成長が遅いのかもしれないわ」


 付き合いたてのカップルじゃないのだから、せめて他人の前でくらいはやめて欲しいわね。

 別に悔しいとか羨ましいとかでは決してない。


「夫婦喧嘩なら他所でやってくれないかしら」


 魔法使いと言っても人だ。自身の家族には甘くなってしまうのかもしれない。

 雪乃さんの言うことも一理あるけど、紫電さんの言うことにも一理ある。

 二人の飴と鞭のバランスが燈華あの子には丁度良いのかもしれない。


「それで、二人は私に何か話しがあるの?

 わざわざ相席で座るなんて、嫌がらせなのかしら」

「用事があって君の家に向かう途中だったのは否定しないよ。

 燈華と一緒に帰らずにここに残ったのは、私たちが来るのが分かっていたからだろう?」

「ええ。私の張り巡らせている魔力の網の範囲内で、私を探るような動きをしているあなた達二人の魔力が引っ掛かったから」

「相変わらず広い索敵範囲ね」

「誉め言葉として受け取っておくわ」


 二人の思惑を探るために少しキツク当たる。

 紡の広げたセンサーの中に一際大きな二つの反応があった。

 小さな反応なら捨て置くけれど、自身に近い大きさの反応は無視できない。無視していいはずがない。

 少し見栄を張ったけど、概ね近い反応というのは間違いない。

 そんな二人が、紡に断りもなく紡の領域テリトリーに入った。これで何もないのであれば宣戦布告に等しい敵対行為だ。

 少しくらい嫌味を言ってもいいはずだ。


「燈華に会って、何を相談されたんだい?」

「私が相談をされたと仮定して、それを貴方たちに言う必要はあるの?」

「君が口止めされていないのなら教えて欲しいかな」

「まあ、口止めはされていないけれど……教えて良いとも言われてないわ」


 大切な孫娘である燈華のことが心配なのは分からなくもないけれど、紡も燈華と約束をしたからには簡単に喋るつもりはない。

 それに……タダで情報をあげるほど紡はお人よしじゃないわ。


「そうだね。口止めをされていないなら、交渉次第では教えてくれるのかい?」

「私をそのテーブルにつかせるだけのモノがあるのかしら」

「君が欲しそうなモノなら検討はつくが……足元を見られないか心配だよ」

「あら、失礼ね。そこまで性根が腐っていないわ」

「分かった。一冊だけ、君が望む本を譲る」

「もう一声欲しいところだけど、ここら辺が落としどころね。何事も欲張りすぎるのは良くないもの。

 燈華に頼まれたのは、魔術を教えて欲しいってことだけよ」

「なんで君が頼まれたんだい。私たちに頼めば良いのに」

「さあ。私には生憎とそこまで深く聞く気はなかったから」

「君は……いや、知っていても教えてはくれないか。

 そういうあり方はきっと燈華にとって心地良いものなのだろう」

「心地良いかどうかは知らないけど、燈華は私の大事な友達ですもの。

 私が特別扱いしてしまうのは仕方のないことよ」


 燈華は紡にとって数少ない友人の一人。

 多少特別扱いしたとしても、誰かに迷惑をかけている訳ではない。

 本来であれば、面倒で断るようなことも友達なら、友達だから聞いてしまう。その程度なのだから、誰かにとやかく言われる筋合いはない。


「君がそこまで言うとは、我が孫ながら末が恐ろしい。

 燈華の未来はおそらく明るいものではないだろう。君に気に入られてしまったのだから」

「……本当に失礼ね。でも、それを否定はしないわ。

 私という魔法使いの在り方はそういうモノなのだから」

「まあ、君に師事すると決めた燈華の眼は確かだということは証明できた。

 あの子が何を秘めているのか、それをきっと私たちには話さないだろうというのは容易に想像できる」

「そこに踏み込むのはマナー違反よ」

「我々のような化け物にマナーなどまだあったことに驚きだ」

「私に対してではなく、燈華に対してよ」


 女の子の秘めた思いを詮索するのはマナー違反だ。

 それが家族であれ、友人であれ、守らなければならないと紡は母から教わった。


 魔法使い同士の間では、腹の探り合いなんて言うのは挨拶とあまり変わらないから例外と言えるけど、燈華はまだこちら側に踏み込んではいない。

 まだ、あの子の秘密の思いはそのままにしておくべきでしょう。


「それで?

 私が望む本はいつ譲ってくれるのかしら」

「ふむ。そうだなぁ……もう一つ頼みごとを聞いてもらえないだろうか?

 約束の本はもちろん二冊にするから」

「……聞けることと聞けないことはあるわよ」

「簡単なお願いだよ。燈華を暫くの間そちらに住まわせてはもらえないか」

「紫電さん、私に相談もなく何を言い出すの?」

「これは燈華にとって必要なことだと思ったからだよ、雪乃さん」

「まだ、引き受けるとも何も言っていないわよ」

「君ならすぐに知ることになると思うから先に伝えるが、私たち二人は暫くの間この町を留守にする」

「滅多なことではこの町から離れないあなた達が珍しいわね」

「連盟に召喚されてしまってね。普段なら断るか無視するところなんだが……古い友人からの頼みもあって、今回はおとなしく従うことにしたんだ」

「難儀なことね……」


 二人がこの町から離れるというのはまさしく青天の霹靂へきれきだが、わずらわしいものは必要ないと切り捨ててきた紡には理解できない縁というのもあるのでしょう。

 理解したいとも、羨ましいとも思えないことだけど、もしかしたら紡と燈華のような関係なのかもしれないと思ったら、くだらないと切り捨てることはできなかった。


「さっきの話しだけど、本を二冊にしてくれるのなら引き受けてもいいわ」

「君ならそう言ってくれると思っていたよ。それで、何の本を私たちに臨むんだい?」

「一冊は『空と私』、もう一冊は『狂える瞳』。この二冊が欲しいわ」

「二冊とも普通の本だが……魔導書の類でなくて良いのかい?」

「二人の魔導書なんて私には使えないから無用のモノよ。

 それに今あげた二冊はただの本じゃないわ。戦前に絶版になってしまった本よ。

 故に現存する数が少なくて、古書店の店主に諦めた方が良いとまで言われたものなの。

 私、そこまで言われるとどうしても欲しくなるの。それに魔法使いなんだから欲しいものを諦めるなんて選択肢はないわ」

「いつになく饒舌じょうぜつだね」


 二人が若干引いているような気がしなくもないが、この二冊を所有している知り合いなんて目の前の二人くらいしか知らない。

 引かれようが構わない。欲しいものを手に入れられるのならそれくらい必要経費よ。


「まあ、こちらとしてはお願いをしている立場だから、君がそれで良いというのなら私たちは構わないよ。

 珍しい本なのは知っているから渡すのは複製品になってしまうけれど」

「中身が変わらないのなら複製品でも私は構わないわ」

「なら、この契約は締結したということでいいかな」

「正確に結ばれるのはモノが私のところに届いたらよ。それは譲れないわ」

「ロンドンに着き次第すぐに送るよ」

「楽しみに待っているわ」

「私からも燈華の事をお願いするわ。もう一冊の所有者は私だから、紫電さんの本と一緒に送るわ」


 二人は話しがまとまると、机の上にあった伝票を持ち、会計へと向かって行った。

 机の上には空になったカップが二つと、まだ食べかけのケーキと飲みかけの紅茶だけ。

 紡の注文したものだけが残っている。


 いつの間に二人はコーヒーを飲み干したのだろうか。話しをしている間は二人ともカップに口をつけてはいなかった。

 会話の間々に飲み進めていたのかしら?

 それと紡の分の伝票がない。さりげない動作で持っていかれたようだ。

 まあ、たまに会ってお茶をする時はいつも会計をもってくれていたから動作に反応できなかった。

 前に払うと言った時に『年上としての体裁を保たせてくれ』と言っていたから、今回もそういうことなのでしょう。

 対等な立場のハズだけど、積み重ねた経験と駆け抜けてきた時代の重さから、そう感じることが出来ない。

 既に立ち去ってしまった二人のしてやったという笑顔が浮かんで釈然しゃくぜんとしないけれど、紡にも祖父母がいたらこうなのかなとふと思ってしまった。


 少し冷め始めた紅茶を一飲みし、栞を挟んだ本を開く。

 明日からもう一人増えるのであろう居候の事を思うと、窓ガラスに映った自身の口元には少し笑みが浮かんでいた。

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