Episode7.祖父と孫。それぞれの場合

 二階に戻ると流哉りゅうやは部屋の前に人の気配を感じた。

 今までに何度となく感じてきた侵入者の気配だ。


「また断りもなく勝手に部屋へ入ろうとしたな。懲りねーな、ほんと」

「ワシはまだ、この部屋の中の物を諦めた訳ではない!」

「まあ、徒労に終わったのはその無様な姿を見ればわかる。いい加減諦めろ、ジジイ」


 自室の前で鎖に捕らえられている老人、神代かみしろ厳重朗げんじゅうろうを流哉の冷めた目が見下す。

 厳重朗が流哉の部屋に侵入を試みるのは既に何度もあった事だ。

 流哉の部屋となったそこは亡き祖母、神代月夜かみしろつくよが生前使用していた自室。彼女の遺した魔導器や、貴重な書物、植物の種等といった魔術の触媒が今も大切に保管されている。

 全て月夜が亡くなる前に流哉が直接譲り受けたものなのだが、この老人、祖父は未だに諦めず、流哉の隙を狙っては度々このような行動を起こしている。

 毎回部屋にかけられている侵入者撃退用の魔法によって身動きが取れなくなるのはお約束というやつで、毎回毎回嫌味を言うのも飽き飽きしている。

 流哉を睨みつける厳重朗は口火を切る。


「この部屋の中の道具は全て超が付く一級品、売れば大金を手にする事ができる!

 元々は月夜の持ち物だったもの、ワシが好きにする権利がある!

 早くこの鎖を解け、愚かな孫よ」


 勢い良く捲くし立てる厳重朗の今の台詞は毎度聞かされる身としては、心底呆れ果て、溜息と同時に肩を落とす。


「どうせそんなことだろうと思ったよ。

 残念ながら、ここにあるものはもう誰にも売れんし、誰も買い取ろうとは思わんさ」

「何故そんなことが言える!」


 ただ怒鳴り散らすだけの厳重朗に対し、流哉は二回目の溜息とともに手を振り下ろす。

 それを合図としてホールへと引き釣り出される。

 ホールへと鎖で引っ張られたことで怒りをあらわにする厳重朗が流哉をにらみあげてくる。


「何故か?

 それは簡単なことだ。ここにある全ての魔導器の所有者がオレに変わったからだ」


 ホールに引きずり出され、更に階段を引きずり下ろされ、鎖で身動きを封じられ、もがく厳重朗を残し、流哉の部屋の入り口はただの壁へと変わる。

 まるで主以外の侵入者を拒むかのように。


「諦めん。絶対に諦めんぞ! 流哉りゅうや!」


 階段の下でただ叫ぶだけの厳重朗を流哉は家族として認めない。

 神秘に関った者としての最低限の責任を放棄した者を流哉は認めない。

 魔術や錬金術等、取り分け魔法に関った者は皆、神秘に関った責任を取ってきた。

 その責任を放棄することは許されないし、それが古くからの決まり。

 関ったが最後、神秘を墓場まで持って行くことを最低限の責任とされたのは遥か昔のことだ。

 昔から続く古いしきたりは、時が移り行くとともに自然と消えていったが、神秘の秘匿に関しては昔から形を変えず、現代まで関った者を縛り続けている。


「認めて欲しかったら、前世からやり直せ、愚か者」


 流哉の呟きは厳重朗に届くことはない。祖父を拒む部屋の結界はより強度を増すだけに終わる。

 扉の奥で溜息をつく流哉は荷解きが終わっていないことを思い出す。

 開けっぱなしのトランクから荷物が徐々に床に吐き出されていた。

 床の片隅に目をやるとそこには古ぼけた小箱が転がっている。

 それはコートの内ポケットに入るような小さな箱だ。


 ……こんなところに紛れ込んでいたのか。


その箱を拾い上げるとベッド脇のサイドボードの上に静かに置いた。


「おっと。大切な手紙を出しっぱなしだった」


 昨日サイドボードへ放り投げたままだった祖母からの手紙を拾い上げる。

 入れる物がないかと探すと、都合のいい事にトランクの中から木製の箱が吐き出された。

 木箱を拾い、マホガニー製の書斎机の上に設置する。

 手紙を箱の中へしまい、部屋を見渡す。

 荷物はまだまだ吐き出され続けている。

 荷解きは明日に持ち越すと決め、帰郷二日目も一日目と同じく寝て過ごすことを流哉は静かに決めた。



 一方、冬城とうじょう家では


「御爺様、話とはなんですか? これからつむぎと約束があるのですが」

「それなら話は早い。燈華とうか、これからお前は家を出て西園寺さいおんじの屋敷で暮らしなさい」


 祖父の対応に燈華は首をかしげた。

 祖父の口から紡の名前を聞くとは思わず、また話している内容も理解できない。


「どういうことですか?」

「燈華、私たちは暫く日本を離れなくてはならないんだ。

 その間、つむぎちゃんから部屋を貸すと申し出てくれてね。

 それに燈華は紡ちゃんに魔法を教えて欲しいと頼んだのだろう?」


 燈華は自分と紡しか知らない話しを祖父が知っていたことに内心驚いていた。

 燈華が紡に『魔法に関して教えてほしい』と頼んだのは今日の帰宅間際、偶然街の本屋で会い、喫茶店に寄り道をした時のことだったからである。


 紡が簡単に教える訳ないし、それに御爺様は今さっき帰って来たばかりのはず。どこで知ったのかしら?


 予期せぬ話しに燈華は考えを巡らせていたが、さっぱり検討が付かない。

 考え込む燈華だったが、祖父が優しげな微笑を浮かべ、自身の用意を進める手を止めて、頭を撫でてくれた。


「燈華、私は魔法使いであると同時にお前の祖父だ。

 お前が私たちから魔法を教えて貰えないと知って、次に白羽の矢を立てるのは紡ちゃんくらいしかいないことは分かっているよ。

 帰ってきたら決意に満ちた表情をしていたから余計にね」


 頭を撫でる祖父の推論を聞いて、燈華は考えていた内容を正確に言い当てられ、心の中を見透かされているのではないかと思う。

 燈華の顔を嬉しそうに見つめていた祖父の表情が直に曇る。


「今回はちと長い留守になりそうでな。家にお前一人にするのは不安だった。

 そこで紡ちゃんに連絡を取ったら部屋を貸すと申し出てくれたんだよ」

「長い留守と申されましたけど、どちらへ行かれるのですか、御爺様」

「連盟に呼び出されてしまってね。ロンドンまで出向かなくてはならんのだ」

「どのような要件なのですか?」

「大方私たちの『《魔法№マジック・ナンバー》をどうするか決めろ』って所でしょう。

 誰にも襲名させる気はないことを伝えに行くのよ」


 祖母が旅支度を終え、入ってくる。

 祖母の服装は、出番を終えそろそろ眠りに着こうとする冬物のコート姿。

 随分季節感を無視する格好だ。


「御婆様。ただ伝えに行くだけで長く留守にしなくてはならないのですか?」

「私たちの我侭わがままを聞いてくれている友人がいてね、少し借りを返さなくてはならないのよ。

 行ってくるわね、燈華とうか


 祖母は説明を終えるとまた部屋の奥へ戻って行った。

 祖母の姿を見送ると祖父は止めていた旅支度とカバンの整理を再開する。


「燈華、もう行かなくてはならない。お前も準備が終わり次第直ぐに向かいなさい。

 お前が家を出たら直ぐに私たち二人の魔法がかかるようにしたからね。

 あと、そこにある鎖を肌身離さず持っていなさい、きっとお前の役に立つはずだから。

 燈華、次に会う時は魔法使いとして会えることを願っているよ」


 祖父は駆け足でそう言い残すと、整理の終わったカバンを持ち、祖母の後を追うように部屋の奥へ入って行った。

 二人が入り終えた瞬間、襖がピシャリと閉まる。


「御爺様! 御婆様! 私はまだ尋ねたいことが――――」


 二人の後を追い、襖を開けるが、ソコに二人の姿はなかった。

 燈華はテーブルの上に置かれていた鎖を言われた通りに手にとり、自室へ向かう。



「私が家を出ると魔法がかかるって本当だったのね」


 燈華が支度を終え、外に出ると家が深い霧に包まれ、霧の中を進むと反対側に抜けるようになっていた。


「まあ、必要なものは持って出たし、とりあえず紡の屋敷を目指すとしますか」


 大きなトランクとカバンを引きずり、山を降りる。

 いつも降る坂道が、今日は少しだけ楽しく感じた。

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