Episode6.魔法使いの契約
居間を出て、一日振りにロビーへ戻ると中央の扉へ歩みを進める。
この家、月読館の内部はかなり複雑な造りになっている。
別館こそないものの、どの場所へ行くにもその分岐点となる場所には“必ず扉が三つある”という造りになっている。
ロビーという分岐点にある中央の扉の先は、来客を待たせている応接間へ続いている。
「待たせてしまったようで、すみません」
応接間の扉を開けてすぐに流哉はまず謝罪の言葉を述べる。
部屋の中には五十代くらいと思われる初老の夫妻、
流哉が入ってきたことに気付くと初老の男性が応える。
「いや、こちらこそ無理を言っているのは分かっているつもりだよ、
私達の為にわざわざ日本に帰ってきてくれてありがとう。
本来であればこちらがロンドンへ行くのが筋だが……」
「ずいぶんと見た目が歳に近づきましたね、
大丈夫ですよ、お二人がロンドンへ来られた方が騒ぎになるので。
帰ってくる時に少々連盟の代表連中に嫌味を言われたくらいですので、気にしないでください」
客間は深みのある紅いクロスに覆われた木製のテーブル、そのテーブルを挟んで高級な皮のソファーが向かい合うよう置かれ、ソファーの間に木製の椅子とシンプルな構成である。
そこで紅茶を口にしている老夫婦が今回、流哉に依頼を持ちかけた。《魔法№雪雷》の二人である。
「
「雪乃さん。その前に今回の話しですが、依頼内容と代価が釣り合わない場合、依頼を断らせていただきます。
この条件を飲んで頂けるのでしたら、私は依頼の話しを聞きます」
初老の女性、雪乃の話しを
流哉は椅子に浅く腰をかけ、紅茶を口にする。
「それは分かっているよ、流哉君。
もともと
彼女の遺産は全て君が正当に受け継いだものだ。
今回の依頼に関する対価として提示したものは、私個人が昔に月夜さんから頂いたものだよ」
隣に座る紫電の言葉は嘘偽りのない心からの言葉という事は、この老人の雰囲気が物語っている。
流哉はズボンにつけた鎖を外しテーブルの上に置き、ソファーに深く腰を落ち着ける。
「依頼の話しを聞きましょう。お二人がオレに求める契約とやらの話しを」
契約という言葉を口にした瞬間、客間の中に異様な雰囲気が満ちる。
これから始まるのは知人同士の他愛もない世間話しでも、普通の契約の話しでもない。
魔法使いが魔法使いへ、互いの立場に差のない事を明確にした上での契約の話し。
この契約は時に命より重い罰を背負うこともある。
故に嘘偽りがないことを互いに読み続ける。
信頼し合う関係にあろうと、隙を作らず、
「依頼とは私たちの孫娘、
「単刀直入に申します。
初老の夫婦はそう言うとテーブルの上に手の平サイズの
差し出された箱を「拝見します」と言い受け取り、開け、中身を確かめる。
箱の中に入っていたのは青い宝石。石の中に三日月型の白い模様が浮ぶものだった。
「月夜さんから頂いた『月の瞳』です。私たちの依頼を受けていただけないか、流哉君」
雪と雷の魔法使いが提示した依頼の対価は亡き祖母の持ち物だったものの一つ。
宝石に見えるが、祖母の所持していた魔導器の一つで、名を『月の瞳』。
月の満ち欠けに反応して中の模様を変える程度の代物。簡単に言ってしまえば、魔術や魔法に関わりのあるものでなく、ただのインテリア同然の代物だ。
しかし、流哉が探し求めている祖母の持ち物の一つでもあった。
「祖母さんの残したもので、私が探している物が依頼の対価の品ですか。
納得させ、譲歩を引き出すのには最高のカードですね」
二人の顔に期待の色が満ちていく。
流哉の次の言葉を聞くまでは。
「しかし、この対価で結べる契約の内容としては、“燈華に魔法を扱うだけの才能と能力があるかを見極める事”くらいですかね。
それ以上の事は彼女自身が決めることですよ、魔法とは本来そういうものでしょう?」
魔法使いにとって最も初歩的だが、重要な事を二人に確かめるように問う。
魔法使いに教えを請う事自体は決して禁止されている訳ではない。当事者の望む対価さえ払えるのであれば気まぐれに弟子にする事もある。
しかし、今回二人が流哉に対して求めているのは魔法そのものを授ける事である。
魔法が将来使えるようになるのではなく、今すぐ『魔法使い』にしろという事である。
『魔法使い』とはなろうと思ってなれるものではない。
恵まれた才能、奇跡を逃さない運の良さ、そして自身の抱く幻想に形を与えられるかである。
全ての条件が揃った上で、最後に自身の決断が最良であったのなら、魔法はその者の前に具現化する。
我々『魔法使い』とはそうやって現れるものだから。
「流哉君の言うとおり、最後の決断は燈華自身にさせるべきだな」
紫電は流哉の問いかけに頷き、最後の判断は孫に
雪乃も異論は無いらしく、紫電の言葉に頷く。
「しかし、これでは釣り合わない。こちらに利がありすぎる。
貰いすぎは気味が悪いし、バランスも悪い。
代わりといっては何ですが、この鎖を受け取ってもらえませんか?
この鎖を私が契約を放棄しない証として」
「いいのかい? この鎖は『戒めの戒律』じゃないか。
契約の強制力を具現化したような魔導器そのものと言っていい。
流哉君、君は何故そこまでできるんだい?」
流哉の申し出に紫電が問いかける。
契約を破棄しない証にと差し出したものは、流也が部屋を出るときにつけてきた幾何学模様の掘り込まれた鎖。
魔導器『戒めの戒律』と呼ばれるそれは、絶対の信頼の元でしか提示することの出来ない条件。
相手に対する最大の敬意の証。
自身に対する戒めだけを強くする理由を初老の男性は問いかけている。
「紫電さん、オレは相手に求める以上に自身に対して、契約というものを重んじているんですよ。
正統な条件の下、結ばれた契約は必ず守る。それがオレの魔法使いとしてのあり方ですから」
流哉は己に対する絶対の自信を口にする。
制約と契約、魔法使いに必要な最低条件の具現。
神秘に携わる者達にとって最古の絶対事項の番人。
最強と謳われる若き魔法使いの意思の表れとして。
「流哉さんの決意、しかと受け止めました。あなた、今回は私たちの負けね」
「そうだね、流哉君の決意、確かに聞き届けた。
燈華にもそう伝えよう。依頼を受けてくれてありがとう、流哉君」
「そうだ、最後に一つ頼みがあります。燈華には今回の話をしないで欲しい」
二人が立ち去ろうとするのを流哉が呼び止める。
「それはなぜかしら? 流哉君」
「見極める試験があると知って、無理をして欲しくないからですよ。
無理をして自分の実力以上の事をする必要はないですし、何より引き際を見極められないようでは神秘に関る資格はありませんよ」
「わかった。そんなことをする必要はないと思うが、全て流哉君に任せるよ」
「ありがとうございます。結果は後日知らせます」
依頼の話しが纏まり、帰り支度をする
見送る為に玄関へと赴くと、冬城の翁が流哉を手招きし、二言、三言耳打ちをする。
頷く流哉の姿に満足そうに頷くと冬城の二人は帰っていく。
二人を最後まで見送ると流哉は自室へと踵を返した。
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