Episode3.魔法連盟『その弐』ロンドンの地下に広がる大迷宮
ロンドンという町の地下には過去に掘られ、忘れ去られたトンネルが無尽蔵に張り巡らされている。
無秩序に無計画に、ロンドンという都市が完成する以前より掘られた穴が生み出すもう一つの町。
いつから呼ばれ出したのか幻の地下迷宮。
それは神秘を取り扱う魔法連盟にとっては都合の良い場所であった。
入り口を塞ぎ、特定の場所からのみ入れるように整えて以来、魔法連盟の本拠地となっている。
本拠地となって以降も手を加え続けられ、今では立派な都市としての機能を得るに至っている。
無論、神秘に関りを持たぬ者は立ち入る事が出来ず、稀に適正のあるものが迷い込むが、記憶を消し、元の日常へ戻すことが決まりである。
極稀に例外も存在するが、それは元の生活に戻すことが出来ないほど適応してしまう規格外が現れた時のみであり、概ね一般人は引き込まないのが通例だ。
世界中に現存する神秘の集うこのような場所は、厳重に秘匿され、管理されている。
流哉はロンドンの地下街を厳しい表情で闊歩する。
すれ違う人は皆、魔術師かそれに近い者達。神秘と呼ばれるものに触れ、それに各々の理由で関わることを選択した者達。
流也はその中でも取り分け特別であり、皆に避けられており、自ずと進みたい方向には道が出来ていく。
腫物を扱うように……いや、これは恐怖だ。
決して関わりあいになりたくないという堅い意思表示。
下手に関わりを持つことが自身の破滅を招くと、この組織に籍を置くものなら誰もが共通して持つ認識。
自身の手に負えるもの以上に手を出す愚か者は少ない。
この町は力あるモノが全てであり、強者の道理には逆らえない。
「この反応、何とかなる……わけないか」
ぼやく流也の目指す先には一際立派な建造物がある。
その建物を一言で表すなら『砦』が相応しいだろう。
そこは将来有望な魔術師の見習いが集う学び舎という名の研究施設である。
過去に一度だけ講義を覗いたこともあったが、それもその一度だけ。生徒として中に入ったことは片手で数えるくらいだ。
建造物内を通り抜けるように計算し作られた道を通り、この建築物が『砦』と呼ばれる
門から砦を潜り、目指す先に豪華な造りの建造物が見えてくる。
こちらは一言で表すなら『城』辺りが妥当であろう。
他の建物とは一線を画すように白い壁、豪華な装飾、そして権威を示すように存在する彫刻類の数。
此処が、此処こそが町の、連盟の中心だと、核であると姿形で示す。
ここが本日の目的地。
この地下迷宮をここまで発展させた地下ロンドン街を代表する組織。
ここは悪名高き魔法連盟の本拠地である。
白亜の建物の外壁は鏡のように映るすべてを反射し、中の様子を外から探ることはできない。
材質には古代のドワーフが作成したとされる古鏡と古壁を用いて作られており、その壁は見た目とは裏腹に堅牢であり、魔術であろうと物理的手段であろうと、現代に存在するあらゆる手段では破壊することができない。
しかし、例外は存在する。
何ものにも破壊されないと謳っているが、それは壁よりも神秘の強度が低いモノを無効化しているのに過ぎない。
壁の時代よりも前、神々が支配していた時代の魔術、もしくは魔法そのものへの耐性はなく、それらの使い手の前では脆く砕け散ってしまう定めにある。
故に、魔法使いや神の時代より続く古い家系の魔術師は、白亜の壁にとって天敵となる。
壁の内側から見られていることを知ったらどんな反応をするのだろうか。
壁に映る自身の姿を見ながら髪の毛のセットをしている年若い魔術師を見て、ふと思いをはせる。
きっと苦笑いを浮かべているに違いない。
壁の外からは鏡のように光を反射しているが、実は内側からは外の様子が丸見えになっている。
連盟自慢の白亜の壁はマジックミラーのようだと例えられるが、それはあながち間違いではない。
どれだけ素晴らしい効果があっても、真価を発揮していない時はマジックミラーと同じようなものだ。
ここに来たばかりの魔術師の多くは同じようなことをした経験があり、いわゆる通過儀礼となっている。きっとそれは年老いた魔術師も同じなのだろう。
壁の向こう側に苦笑いを浮かべる老魔術師を視界に捉えながら反射する己の姿がちらつく。
意識を切り替え、壁に映る自分の姿をしっかりと見つめなおす。
濡れている。
ずぶ濡れとまではいかないものの、ところどころに水滴が付着している。
気に食わない組織の連中に会うからといって、格好を気にしなくて良い理由にはならない。
むしろ付け入るスキを作らないことが大事なことなのだと祖母より教わった。
どうしたものかと立ち尽くしていると扉が開き、内部より受付の女性が近寄ってくる。
「カミシロ様、こちらをお使いください」
受付嬢らしき女性は手に携えたタオルを手渡し、一礼をする。
「ご用件はフォン様より承っております。代表の方々は既にお集まりになっています」
渡されたタオルに雨露を吸わせながら綺麗な礼だと思っていると、求めようと思っていた答えを的確に告げられる。
「そうか、では案内してくれ……お前はオレのことを番号で呼ばないんだな」
「カミシロ様は番号で呼ばれる事を快く思っていないとフォン様より伺っておりましたので」
受付嬢は流也に背を向け、客室へ案内すべくエントランスホールの中央まで進んだ。
ホールの中央にある受付カウンターまで来ると、カウンターテーブルが半分に割れ、また階段が現れる。
「どうぞカミシロ様。代表の方々がお待ちです」
「ああ、そして良い気遣いだった」
受付嬢は深々と頭を下げた。
待ち人に会う前に、いくつか頼みごとをしようと声をかけようと思ったが、それはやめておいた。
顔を合わせないように頭をさげ、礼儀正しく振舞っているように見える彼女の身体は僅かに震えていた。
目が合うことを恐れるあまり頭を上げることができないほど酷く怯える彼女に、これ以上の頼み事はしない方が良いだろうと思いなおしたからだ。
魔法使いへの恐怖を隠し、それを前にして気丈に振舞い、己の仕事を全うした彼女へは敬意すら感じる。
損な役割を引き受けざるを得なかった彼女へ同情はしない。それは強制であったとしても、ここへ立つと決めた彼女の意思を貶める行為に他ならないからだ。
頭を下げたままの姿を後目に流哉は階段を降り始めた。
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